18 強がり
城の中に用意して貰った一室で湯浴みを済ませた私は、呼んでもらっていた父ダヴェンポート侯爵と会っていた。兄は現在、遠方に出掛けているそうだ。
「……ジャイルズ公爵令嬢の言葉は、特に問題ないだろう」
向かい合って座っていたお父様は私からの言葉を聞き、顎に手を当ててそう言った。
「けれど、お父様」
眉を寄せた私は、そういう訳にはいかないだろうと思った。
数多くの貴族たちが周囲に居るとわかっていながら、あんな風に『自分の方が婚約者に相応しい』と公言するなんて、普通に考えればあり得ない。
「リディアが気にすることはない。ナターシャ嬢とリディアで、最終的に婚約者を選ばれたのは、実はレンブラント殿下本人なんだ。ナターシャ嬢のお気持ちを考えてそれは公的には明かされていないが、レンブラント殿下が望まれた事なのだから、何の問題もないだろう」
余裕の笑みを浮かべて、お父様は私に頷いた。
「……え」
確かに婚約者を最終的に選んだのが、レンブラント様ご本人であるならば、彼女の主張は見当違いになってしまう。
「殿下がリディアが気に入らないというのならば、もっと早くに王族側から婚約者の交代が言い渡されているはずだろう。それがこれまでにないと言うことであれば、レンブラント殿下はリディアとこのまま結婚する意志があると言うことだ。ジャイルズ公爵令嬢が何を言おうと、それは変わらない」
「ええ。それは確かに、そうですが……」
私が一番に心配している事は、公衆の面前でダヴェンポート侯爵家の顔に泥を塗られてしまったと言うことだ。
「リディアが心配していることは、わかっている……しかし、ジャイルズ公爵は少し前にお話したところ、とても好意的だったし、もしこれを知っているのであれば、それなりの態度だっただろう。リディアを待っている間に使用人にも話を聞いたところ、ナターシャ様が独断でした事だ。領地戦といった、最悪の事態にはならないはずだ」
「そうなのですね。お父様……」
私が心配した想像通りの事は起こり得ないと聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
良かったわ。領地戦になればどうしても戦闘員以外にも被害を出してしまうし、ジャイルズ公爵家は騎士団を数多く擁すると聞いていたから。
「ああ。リディア。あのようなことになって心配であっただろうが、お前が何かを悩む必要はない……しかし、お茶会でケーキを倒されてしまうとは……犯人の姿を見なかったのか?」
「ええ。見ていないわ。驚いてしまって、動揺してしまったの。けれど、ナターシャ様にああ言われて、私がお父様とお兄様に会いに、あの場所を通る事は知っていると思うから……」
私は敢えて、ここで言葉を濁した。おそらく、ナターシャ様の手の者だとは思うけれど、それを断定出来る要素が少な過ぎる。
「……ナターシャ嬢が何をしようが、どちらにしても、結婚する相手であるレンブラント殿下の意に沿わぬ事であれば、叶わぬ事。お前が気にする必要もないだろう」
ナターシャ様が私たちが不仲であると誤解した事も、これまでを考えれば仕方がない。
「私たちがもっと距離を縮めれば良いのですわね。お父様。婚約者同士だと言うのに、ずっと距離を置いていましたもの」
そんな誤解だって、これから二人で話し合えばすぐに解決する事だわ。
これまでのレンブラント様に感じていた気持ちの経緯であるとか、私の今の素直な気持ちとか。
「……いや、そうとは限らないのではないか。上の二人が済んでからになるだろうし、結婚式はまだ先になる。このままの関係で居れば良いではないか」
「まあ、お父様ったら」
これまでに考えていた最悪の事態は避けられそうだと思い、私はお父様へと微笑んだ。
◇◆◇
「リディア……大丈夫?」
「イーディス! ありがとう。大丈夫よ。お父様に聞けば、それほど悪い事態でもなさそうだもの」
使用人が行って帰るならば、馬車をすぐ出せる自分の方が早いと替えのドレスを取りに行ってくれていた親友に私は微笑んだ。
「ええ。私も、そう思うわ」
持って来てくれたドレスを近くに居た使用人に預けて貰い、私は早速着付けて貰うことにした。
「あら……どうして?」
下着は無事だった私は頭からドレスを被り、コルセットを締めてもらう事にした。イーディスは近くにあったソファへと座って、意味ありげな様子で微笑んだ。
「だって! リディアにケーキを倒されたと知ったレンブラント殿下の怒りの表情を見れば、貴女と彼が上手くいっていないなんて思う人は居ないはずよ! それは私だけではなくて、あの場に居た全員が理解したと思うわ」
「まあ……」
レンブラント様が怒る姿を見たことがない私は、彼女の言葉に驚いてしまった。
「状況的に考えて、あれはどう考えてもジャイルズ公爵令嬢の差し金だもの。そんなジャイルズ公爵令嬢が婚約者に成り代わりたいと望んだところで、レンブラント殿下ご本人に拒否されてしまうわ」
「……イーディスもそう思う?」
やはり、あの状況では誰でもそう思ってしまうのだろう。
「ええ。私も駆け寄ろうかと思ったけれど、自分が騒がせたと思って振り返って皆にカーテシーをしたわね。立派だったわ。リディア」
「ありがとう。イーディス」
咄嗟の事態で精一杯の強がりではあったけれど、イーディスに褒められてあれをして良かったと思った。
「そんなリディアを婚約者に持って、レンブラント殿下が不満に思うはずなどないと思うのに……ジャイルズ公爵令嬢も可哀想だわ。だって、これって絶対に勝ち目のない戦いだもの」
「そうかしら……わからないわ。人の気持ちなんて、変わってしまうもの」
私の言葉を聞いて不思議そうな表情を浮かべたイーディスの頭上にある数字は『100』だ。
けれど、エミールの時のように、みるみる下がってしまう数字だってある。当たり前のことかもしれないけれど、私はこの好感度が下がることだってあり得ると知ってしまっていた。




