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16 婚約者候補

 本日は城内で開催されるお茶会で、レンブラント様の母上である王妃様の主催であるから、私たち二人の出席は避けられない。


 レンブラント様の兄二人、王太子と第二王子も婚約者を伴って参加していた。


 お茶会とは言っても、王族主催の大々的なものだ。参加者は気心が知れた面々だけではないので、私たちも話題には気を使う。


「……リディア。本当に、能力(ギフト)の件は何もなかったのだね?」


 レンブラント様は、顔を近づけて私に耳打ちをした。


 この前、神殿が教えてくれた能力(ギフト)について『その人の健康である指数だった』と言う嘘で、なんとか切り抜けることが出来た。


 けれど、あの時の私は思いもよらぬ真実を知り完全に動揺してしまっていたし、レンブラント様だって、そんな私を見て、これはおかしい何かあると思っていたはずだ。


 私側の都合で申し訳ないけれど、まだ彼にそれを伝える訳にはいかない。


「ええ。レンブラント様。私の心配事は、何もなくなりました」


 私はいつものように素っ気ない態度ながらも、義務はちゃんと果たしてくれる婚約者の傍で機嫌良く微笑んで頷いた。


「そうか……」


 レンブラント様は眉を寄せてふいっと顔を背けたけれど、彼の頭上には最高値の好感度『100』がふよふよと浮かんでいる。


 こうして私に冷たい態度を取っていたとしても、私の事を好きでいてくれるなら、特に問題はないだろうと思えた。


 ……もうすぐレンブラント様にすべてを告白をしなければならないと思えば、どうしても緊張してしまう。


 けれど、それをしなければ、私たちは関係を進めることが出来ないと思う。


 私が父兄に愛しているからと誰かから暑苦しく接されることが本当に嫌で、冷たい態度を取っていたレンブラント様に好意を持ってしまっていた事。


 それに、能力(ギフト)の勘違いにより、私はレンブラント様の事が誰にも取られたくないくらいに好きだと気がついたと言うこと。


「リディア……母上に、挨拶をして来るよ」


 レンブラント様が立ち上がりながらそう言ったので、私は頷いてお茶を飲んだ。


 こういった席で王族だけが集まる時間があることは、恒例だ。彼らはあまりにも多忙過ぎて、気がつけばひと月会わないことだってあるらしい。


 家族にもろくろく会えないなんて大変だけど、それが国を治めるということなのかもしれない。


「あら。ダヴェンポート侯爵令嬢……お久しぶりですわ」


 私はやけに低い声を聞いて顔を上げ、慌てて笑顔を作った。


「ナターシャ様。ごきげんよう」


 上品な縦巻きを二つに分けて頭の上部で括り、赤いリボンでまとめていた。勝ち気そうな顔は美しいけれど、その目には紛れもなく私への悪意が見える。


 彼女はナターシャ・ジャイルズ公爵令嬢で、我がダヴェンポート侯爵家よりも格上のジャイルズ公爵家のお方。


 実はレンブラント様の婚約者は、彼女が選ばれるのではないかと思われていたけれど、結局は私が選ばれたのだ。


 私は当時初対面だった彼女から睨まれてしまい、何事かと思っていたら、そういう経緯だったらしい。


 誰がどういった理由で選んだなどは、当たり前だけれど選ばれた立場の私たちに明かされる事はない。


 けれど、そう言う気持ちが理屈では説明出来ない事だって今は知っている。


 つまり、私は彼女にはあまり好かれてはいないし、この先何があったとしても好かれる事はない。


 立場的なものは仕方がないと知っているので、そこを我慢出来ない彼女が悪いとは言い切れない。


 私だって同じような立場ならば、そうしてしまうかもしれないからだ。


「あら……相変わらず、レンブラント様とあまり仲が良くないのではないかしら?」


「いいえ。そのような事実は、全くございませんわ」


 私はお茶を飲みながら、落ち着いて答えた。けれど、そんな態度が気に食わなかったのかもしれない。


 いいえ。きっと……何を言っても何をしても、気に食わないのだろうけれど。


「ですが、貴女は殿下に一定の距離を取り、二人の関係があまり上手く行っているようには思えないのですが」


 ナターシャ様の目にはそう映っていても、私側にだって言い分はある。


 レンブラント様は私に対し最高に好意を持ってくれているし、きっと彼の冷たく見えるような態度にも何か理由はあるのだろうと今なら思える。


 けれど、まだレンブラント様本人も知らない事を、まさかこんな公衆の面前で彼女に伝える訳にもいかない。


「……いえ……私たち二人は、婚約者として上手くやっておりますわ」


 どう切り抜けようと悩みぎこちなく微笑んだ私を見て、ナターシャ様は不機嫌そうに顔を顰めた。


「あら。私には、とてもそのようには思えないわ。レンブラント様にはリディア様よりも、この私の方が殿下の婚約者として、相応しいのではないかしら?」


 それを聞いて私は思わず息を呑んだし、見ない振り聞こえない振りをしていた周囲の人たちだってそうだろう。


 だって……これは、私への宣戦布告に他ならないからだ。


「ナターシャ様。それは……取り消してください」


 ここで……彼女が公言してしまったなら、私たちの家同士の問題になってしまうし、婚約者レンブラント様の王家まで、巻き込んでしまう。


「ええ。これは、貴女の思う意味に取って下さって結構よ。ダヴェンポート侯爵令嬢。レンブラント様も貴女には素っ気ない態度を続けているようですし、きっと、私の事を気に入ってくださるでしょう」


 挑戦的に私を見つめる彼女に何も言えず、私たち二人は無言のまま見つめあった。


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