14 空返事(Side Rembrandt)
「レンブラント様。もうそろそろ、婚約者リディア様のお誕生日ですね」
侍従アンドレは、良く気がつく。
執務室で書類の山に向かっていた僕に、忘れていないのかという意味で声を掛けたらしい。
外交問題で日々変わっていく情勢の中、情報の波に押されて忘れてしまう事も多いので、彼が確認してくれて助かったことも多い。
とは言え、婚約者リディアの誕生日について、この僕が忘れるはずがない。
「ああ。そうだ……少し時間が空く時に、贈り物を買いに行きたいのだが」
「……商人をこちらに呼びませんか。その方が時間は短縮出来ますし」
外出すれば護衛の手配などどうしても手間と時間がかかるので、アンドレは渋い表情になった。
「出来るだけ多くの商品の中から、彼女に喜んでもらえるものを選びたいんだ。流石に店ごと城に持って来いとは言えないだろう」
リディアに相応しく喜んでもらえるものを自らが選んで贈りたいと言えば、アンドレは肩を竦めて頷いた。
「それは、その通りですね。装飾品はともかく、花屋は大変でしょう。では、明日一時間ほど空き時間がございますので、そこで外出の手配をしておきます」
「頼む。しかし、まるで嫌がらせのように、彼女の誕生日に会談をぶつけて来たんだな……」
国同士の重要条約についての重要な内容だったので断れないし、先方がこの日しかないと言えば、仕事を調整せざるを得なかった。
「ええ。わかりやすい嫌がらせでしょうね。殿下がこの前に我が国に有利な条件での条約を推し進めたので、その報復だと思われますが」
僕の言った通りだろうと頷いたアンドレは年齢は若いが、幼い頃から神童と称えられ、今では王族である僕の侍従だ。
おそらく、父上や兄上は将来彼を宰相に据えるつもりで、こうして様々な業務を今経験させられているのだろう。
「甘んじて、受け入れるしかあるまい。それも僕の仕事だからな」
しかし、今年は十七歳でリディアが能力を貰う年だ。僕の能力は割と特殊らしいのだが、彼女はどうなのだろうと気になってしまう気持ちはある。
出来れば、その話を最初に語り合うのは、僕が良いと思ってしまうが……。
「……殿下。王族は特別に能力が十歳で発顕して『好きな相手の好感度が上がる時、周囲が輝いて見える』であることを、いつリディア様に知らせるつもりなんですか? 私はあまり良くないと思います。それに、これは人間関係の試験で不正をしていると同じことですよ」
真面目なアンドレは説教くさいところがあり、僕は彼の年齢をたまに疑わしく思う時がある。
「……もうすぐ、彼女に伝えるつもりだよ。アンドレ」
苦笑してそう言った僕の机の上に、次に決裁する書類を置いて、アンドレは目を眇めた。
「当分は、告白しないおつもりでしょう。いけませんよ。空返事は」
以前、僕が婚約者リディアに対する態度はなっていないと怒られて、能力について白状させられたという経緯がある。
アンドレも婚約者からの冷たい態度に喜ぶリディアについては『私には理解出来ない考えを持つお方もたくさんいらっしゃいますから』と、言葉を濁していたが、思いもしなかったに違いない。
「……仕方ないだろう。僕の能力がなければ、リディアが冷たく接されて喜ぶ女の子だとは、絶対に知れなかったはずだ」
僕は幼い頃に婚約者のダヴェンポート侯爵令嬢だと紹介された時に、すぐに彼女に好意を持った。彼女もそうだと思う。
目が合った瞬間に、彼女の周囲がきらめいて見えたから。
可愛らしいリディアは幼い頃に母を亡くしているせいか、少し大人びたところがあり、婚約者である僕からも距離を取っていた。
そういった彼女の思いが理解できずどうにか距離を縮めようと思ったが、わかりやすく優しくしても贈り物をあげても、彼女からの好感度は上がらなかった。
僕が持つ女の子から好意が上がる瞬間がわかる能力も、便利なようで不便なのだ。ときめく方法は教えてくれる訳でもない。
そして、出会ってすぐの時に僕は、睡眠不足の上で多忙過ぎて気が回らなかった事があり、リディアに『疲れているから、少し黙っていてくれ』と伝えた事がある。
……しまったと思った。すぐにしんとしたこの場を、なんとか取り繕う言葉を何か出さねばと。
しかし、リディアの周囲はきらめき、失態をした僕にときめいていることが知れた。
その時から、冷たい態度を取ったり素っ気なく対応したりすれば、リディアの周囲はきらきらして見えた。
僕には理解しがたいが、それは事実なのだ。
婚約者リディアに好かれたい僕は、彼女が望む通り喜んでもらえる通りに、冷たく接していた。
しかし、それはリディアに対し本来取りたい態度でもなかったので、実際のところ僕自身の欲はずっと抑圧されていた。
出来ればもっと優しくしてあげたいし、婚約者なのだから、ある程度の接触だって許されても良いと思う。
だが、彼女の喜ぶことは、そうではなかったのだ。
リディアは少しだけ、変わっている女の子なのかもしれない。
彼女の父ダヴェンポート侯爵と兄である令息ジョセフは、リディアのことを真正面から溺愛しているようで、とても羨ましい。
彼らのそういった対応をリディアは望んでいない様子を見るたびに、僕は祖先である白の魔女が与えてくれた能力を持っている事を感謝してしまうのだ。
婚約者リディアが望むならば僕は望む対応をすべきだし、適切な距離を保ち素っ気なくしていれば彼女は僕にときめくようだから、そうするべきなのかも知れない。
だが、このままでは永遠に言いたいことも言えずに、僕たち二人の仲は変わらないままなのではないかと、正直思い悩んでしまうこともあった。
何かがきっかけで変われば良いと思いつつ、今一歩踏み出せないままで何年も同じことで悩んでいる。
それは、親に決められた婚約者であるリディアの事を好きになり、嫌われたくないと思っているからに違いなく、自分のしたい事を曲げてまでも、彼女の意向に沿うべきだと思っているからだ。




