13 発熱
夜会から帰る途中、いつものようにレンブラント様と二人で馬車に向かって歩いていた。
彼はこれまでと同じように義務感ありありの素っ気ない態度で、その美麗な無表情の上には『100』の数字。
これよね……これさえなければ、何の憂いもなく婚約者のレンブラント様と結婚して……何も疑問に思わなかったはずなのに……。
……ううん。違うわ……何も変わらないままで、本当に良かったの?
実際のところ、これまでのレンブラント様の冷たい態度は、私にとって都合が良かった。
だって、常にこうして適度な距離感を持って接してくれているならば、胸が苦しくなってしまうくらい彼のことを考えなくても良いし……もし、レンブラント様からわかりやすく迫られてしまったなら……。
「リディア」
……そうよ。こんな風に。
不意に気がつけばかなり近い距離にあった彼の整った顔を見て、私は咄嗟に反応出来なかった。
……だって、これまでにこんな風に迫られる事はなかったし、考え事をしていたせいか、非現実的にさえ見えてしまったのだ。
あまりにも驚いてしまい何も言えない私に、レンブラント様は顔を顰めていた。
「君は、最近どう考えても様子がおかしい。元気がないし、何かで悩んでいるようだ。僕たちは婚約者同士なのだから、何かあれば話して欲しい」
「そっ……それは、その」
レンブラント様は元気がない様子を心配してくださっただけで、特に他意はないとはわかっている。
けれど、なかなか私の頭が回転しない。追いつかない。
こんなにも彼が近くに居るなんて、今まではないことだったからだ。
「……この前から、どう考えてもおかしい。もしかしたら、君の能力で、何か心配事でもあるのか?」
その言葉が図星だった私は、思わず頷いてしまった。
……しまったとは思ったけれど、ここまで彼にとってしてみれば謎の行動が多いことは事実だし、これはもうレンブラント様には隠しきれないだろうと思った。
真摯な視線を放つ青い瞳を見れば、ここで嘘をつくことは躊躇われた。
「その……実は神殿で能力判定の儀式を受けて、とある能力だと内容を知らされたのですが、それが間違いかもしれないと気がついて……そのことで、悩んでいたのです」
「神官から伝えられた判定内容が、もしかしたら、間違いだったかもしれないと? そんなことが……」
「ええ。実は私は今、誰かを見れば頭上に数字が浮かんでいるように見えるのです。けれど、そんな状況にあるとは思えない兄の数値の話をすると、それは間違いだったのではないかと気がついたのです」
「……僕の頭上にも、数字があるのか?」
レンブラント様は不思議そうにして、空を見上げた。
ちょうど浮いている数字が視界の邪魔をしているように私には見えるけれど、本人にはそれは見えないのだから何の支障もないはず。
「ええ……その……そうです。ですが、今までそうだと思って居た能力が、全く違ったものだったかもしれないと知ったので、勘違いかもしれないと思うことも多く、最近はその事で頭が一杯になっておりました」
これは、全くの嘘ではない。
実際のところ、レンブラント様に他の女性が居るのではないかと慌ててしまい、ただ普通に働いているだけだった彼のことを尾行したりしていたのだ。
今思い直すと、自分の行動が本当に恥ずかしい。
けれど、これらをすべて赤裸々に語ってしまうことは躊躇われた。
レンブラント様は不思議そうな表情を浮かべながらも、私の下手な説明に納得してくれたようだ。
「神殿に問い合わせをした方が良いのかも知れない。あれは、判定のための三つの水晶に出て来る図形と能力の書かれた本にある説明を照らし合わせるものだったはずだったな」
レンブラント様は遠い目をして、その時の光景を思い返しているようだ。彼には、それは二年前の出来事だものね。
「あ……レンブラント様。それは、既に問い合わせ済みなのですわ。もうそろそろ、私の元へと返信が届くと思うのですが」
神殿は私たちの住む王都から、それほど遠くない距離にある。
けれど、神官たちだって手紙の対応ばかりをしている訳でもないし、私の問い合わせについての返信が遅くなっても仕方ないだろう。
「そうか……リディアも災難だったが、もうすぐ正確な能力が判明するのならば、それで安心することが出来るだろう」
「……はい」
いつになく優しい態度を見せるレンブラント様に、嬉しくなって私は微笑んだ。彼は目を細めて笑顔を返してくれた。
そして、ここ二週間ほど謎な行動を取っていた事に対し、レンブラント様も納得してくださっただろうとほっと安心して息をついた。
城の廊下を歩きながら話をしていたら、馬車止めまで辿り付き、私を待っていたダヴェンポート侯爵家の御者が一通の手紙を差し出した。
「え。これは……?」
「最近、お嬢様が待っていらっしゃった神殿からの手紙です。お急ぎだからと、こちらまでお持ちしました」
これまで、私が何度も『神殿からの手紙は届いてないかしら?』と気にしていたから、気を利かせてくれた執事が御者に託けてくれたらしい。
「……ああ。これは丁度良い。リディア。良かったな。これまで気になっていただろうから、すぐに開くと良い。僕も気になる」
「はい!」
レンブラント様の言葉に私は頷いて、すぐに手紙の封を開けた。
「あら……やはり、私は間違えて伝えられていたようです。謝罪してくれていますね」
手紙の出だしの言葉は平謝りと言える謝罪の言葉の連続だったので、私はやはりそうだったとレンブラント様を見て微笑んだ。
「それで、リディアの本当の能力の内容は何なんだ?」
「あ……はい。そうですね。えっと、私への……こ」
好感度を示す数値でした……?
私はパッと、レンブラント様の顔を見た。いいえ。実際には、彼の頭上にある数字を確認した。
そこには、最高値『100』が、ふよふよと浮いていた。
数字が見えるようになってこれまでに、レンブラント様以外に最高値を示していた人たちを思い返した。
……イーディス。幼い頃からの親友なのだから、私のことを好きで居てくれてもおかしくないわよね。
……お父様。亡き母にそっくりな私を愛してくれていることは、間違いない。
……お兄様。お父様と全く同じ理由で。
私の顔に熱が上がっていく。頬が熱い。顔が全体的に熱くなって……。
「リディア……どうかしたのか?」
途中で言葉を止めてしまった私を見て、レンブラント様は疑問に思ったようだ。
神殿からの手紙を胸に当てて、首を横に振った。言えない。言える訳がない。
私に冷たい婚約者、レンブラント様は……私に……最高に好意を持ってくれているというの……?




