英雄ポロネーズ (改)
香織ちゃんの演奏は、ピアノの事がわからない俺にも、
ダメっぽい残念な演奏に聞こえた。
中間部分で、左手がオクターブで速い連続する16分音符で、伴奏する箇所で、
健人は,香織ちゃんの演奏をとめた。
「ストップ、香織ちゃん。そのオクターブの弾き方じゃ、左手が
故障しちゃうよ」
香織ちゃんは、むくれたが、自分でも限界と思ったようだ。
ため息をつき、”ここは、いくらやっても上手くいかない”
健人が言うように、弾き方に問題があるのなら、練習方法が間違ってるに違いない。
他の女子二人も、なんだか無口だ。
微妙な雰囲気の中、俺は香織ちゃんを見て、聞いてみた。
「香織ちゃんは、なぜ、この曲を選んだんだい?それとも先生に指定された曲かい?」
好きで選んだ曲だとしたら、ちょっと苦しくて不機嫌そうだったけど。」
「私はこの曲が好き。先生から”ショパンの好きな曲を1曲選んで”って
言われたから・・・」
楽譜を見せてもらうと、幾何学模様のようでクラクラした。
トランペットは、単音だから、こういうのには俺は慣れてないんだ。
詳しくはわからないけれど、彼女の演奏は少し聞いただけでも、もう十分だった。
康子先生は、彼女の指導方針をどうだったのか。
(する気がない ってのもありだな)
2年の4人は、無言だ。友達がいの、ないやつらだ。
同じピアノ科なら、なんかアドバイスしてやれよ。
そこで、救いの女神がドアをノックした。
不思議そうな顔をして、セリナちゃんが練習室に入って来た。
「カイトが練習室とってあるの知ってたから、来たんだけど・・紹介してくれる?」
セリナちゃん、ちょっと戸惑ってる。だよな。俺を入れて5人で、話しもしてる
様子がないんじゃ。
「ごめんごめん。僕も会ったばかりだけど、3人ともピアノ科の2年生。
男子は武田健人といって、俺と同じアパートに住んでる。
彼とこの香織ちゃんって子は、伊藤康子先生の生徒だ」
残り二人は俺も知らないので、自己紹介。
「こちらは、コンクールで、僕のトランペットの伴奏をしてくれる、
セリナちゃん。ピアノ科4年」
”康子先生ねえ・・・”セリナちゃんが、ため息をつく。
「お願いです。セリナ先輩。香織ちゃん、康子先生にひどい事いわれて、
指導もしてもらえない。大学に訴える事も考えるくらい、香織ちゃん、
落ち込んでるんです。何か、アドバイスもらえませんか?」
健人もずうずうしいというか、思い込みはげしいよな。
初対面の先輩に。しかも、香織ちゃんは、落ち込んるわけじゃない。
むしろ、苛立ってるように、俺にはおもえるんだが。
セリナちゃんは、香織ちゃんに、英雄ポロネーズを演奏させた。
でも彼女は、今度も最後まで弾けなかった。
「”暗い顔で、こんな華やかな曲は弾けないわよ”とか、言われたんでしょ。
康子先生に。私も似たような事言われて、いじめられたから。
でも、今、再確認できた。私の時は、指導も半分は入っていた。
香織ちゃん。弾いていて楽しかった?むしろ苦しかったでしょ。
この曲は、テクニック的に超ムズだし、音楽的にも見落としそうな所が一杯。
このまま、このテンポでこの曲を弾き続けたら、手を壊してしまう。
私も同じだったから、わかる。
香織ちゃん、脱力ができてないのよ。
必要のない部分に、力が目いっぱいはいってる。
この曲を弾くには、力不足。」
セリナちゃん、”力不足”って言いきった。でも香織ちゃんも負けていなかった。
「でも先生は、好きな曲って言ったから。高校の時も途中まで弾けてたし
1年の時から自分で練習してる。たまたま今日は、最後まで弾けなかった。
緊張して、手が疲れたからで・・」
ピアノ科女子は、気が強いんだな。迫力ある。
「セリナ先輩の助言はハッキリクッキリですね・・・。僕はとても言えなかった。」
健人のやつ、香織ちゃんの欠点、わかってて、言わなかったな。
今度は、セリナちゃんに、問題丸投げかよ。
「康子先生は、暗い顔するくらい余裕がないのなら、もっと易しい曲を選べと
言ってるの。手を壊す元になったら、大変だから。だから指導もしない。
まったく、先生は、言葉が足りなすぎ。生徒は苦労するわ」
なるほど~。森岡先生のようなわかりやすい指導をしてくれる
先生ばかりじゃないんだな。
それでも康子先生の、謎解き指導もやりすぎだ。
「カイト、急で悪いんだけど、今日の演奏会で、開演前のチラシ入れ係り
になったの。手伝ってくれないかな?」
もちろん、喜んで手伝うとも、セリナちゃん。
演奏会のプログラムに、他の演奏会の広告のチラシを入れるのは、
俺も楽団でよくやった。
俺とセリナちゃん二人は、すぐ練習室を出た。
後は4人で、なんとかすればいいさな。
「セリナちゃん、いいのかい?なんだか、急に”鬼の先輩役”
をしてもらったようで、申し訳ない」
「いい。私もさっき言ったように、再確認できた。
あの子、リズムがあってないのに、てんで気づいてなかった。
音も間違えて覚えてる所があった。
練習が雑すぎるんだ。
まあ、今なら、あの子に人の意見を聞く態度があれば、なんとかなるかも・・・」
セリナちゃん、思案気だ。彼女が香織ちゃんの心配をする必要は、
これっぽっちもないけど、似たような体験をしたから気になるのかもな。
気の強さは、人の意見を聞かない頑固さと同じ。
まあ、時と場合によるけど、先生の指導には従うべきだろう
(康子先生の指導、わからなすぎだ)
後ろから、健人が追ってきた。
「セリナ先輩~。俺、康子先生に”タコちゃん”としかよばれないんです。
これも何かの指導ですか~?」
二人の所を邪魔するな。ばか健人。お前はタコで充分だ。
セリナちゃんに、事情を話すと、彼女、大笑いした。
はは、こんなに無邪気な彼女もはじめて見た。




