次に会った時には
会社の建物の脇に設置してある自動販売機の前で、片山はいちごミルクを手に、仕事中ではあるが、ひと時、物思いにふけった。
「……あんな簡単に、やってしまうとはな……」
独り言をつぶやいた片山は、改めて課長の事を思い出した。
自分があれだけ悩まされ、苦しめられていたあの鼻毛を、課長はいともあっさりと、一言で屠ったのだ。「鼻毛出てるよ」と言うだけで。
鼻毛の事を言う……それは、片山が自分には出来ないと諦めていた事であった。言ってしまえば気まずくなるのではないかと、片山はそれを心配していた。
しかし、立場が上とはいえ、課長はいとも簡単に、爽やかにそれをやってのけた。
片山はそんな課長を、もの凄い人だと何故か感心した。
ああも見事に他人の鼻毛を屠るあの課長は、もしかすると人を超えた存在になっているのではないかという錯覚さえ、片山は感じた。
(それはそれとして……)
片山は、いちごミルクを飲みながら、また別の事を思っていた。
(思えば、不憫なやつだった……)
それは、あの鼻毛の直美子のことを考えて浮かんだ思いであった。
片山の頭の中には、決して美人ではないが、元気に働く気立ての良い若い女で、健気に掃除や洗濯を頑張っている、漫画日本昔ばなしに出てくるような、そんな女性が浮かんでいた。
(こうなってしまうんだったら……もう少し優しくしてやれば良かった)
片山は、あの鼻毛の直美子を嫌った事を、少し後悔した。
もう少し、温かい目で見てやればよかった。
もう少し、一緒の短い時間を、せめて楽しく過ごせるように心掛ければよかった。
そう思いながらいちごミルクを飲み切った片山は、隣に置いてあるゴミ箱に空のペットボトルを押し込むと、再び職場の自分の机へと戻って行った。
(もし、また奥田係長の鼻毛が出てくる、そんな時が来るとしたら……)
片山は、歩きながら思った。
(今度は……いや、今度こそ……優しく見守ってあげよう)
そう決意し、知らず知らずのうちに拳を握りしめる片山を、職場の同僚が、どうしたんだこいつ? といった顔で見ていたのであった。
おしまい
なぜこれを書こうと思ったのか、それは何となくです。
読んでくれて、ありがとうございました。




