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直美子、捨てられる

 朝礼での連絡事項等を各担当が伝え、もう今日の朝礼も終わるというその時、社員に向かい合うようにして立っていた課長が、不意に奥田係長の顔に注目した。


「……?」


 課長は、奥田係長の顔に何やら違和感を感じたようで、じっと彼の顔を見ていた。が、すぐに何かに気付いた様子で、プッと小さく笑った。


 片山は、その時の課長の様子を、一部始終見ていた。


(課長……気付いたのか……?)


 朝礼が終わったあと、課長は奥田係長の所までやって来た。元々課長の方がすらっとして背が高いのだが、奥田係長の横に立つと、更にそれが際立つ。


 年の割にはダンディな課長は、奥田係長に向かって、ヒソヒソと耳打ちした。途端に奥田係長の顔色が変わる。


「あっ……鼻毛っ?」


 そう声に出してしまった奥田係長に、課長は爽やかに微笑みながら答えた。


「はっはっ……せっかくこっそり教えてあげたのに、声に出したら駄目じゃないか、オクちゃん」


 この、オクちゃんという言い方は、課長が奥田係長を呼ぶときのあだ名である。課長はいつも、奥田係長の事をこのように呼んでいた。


 課長から鼻毛の事を指摘された奥田係長は、慌てて鼻に手をやると、伸びている鼻毛の直美子の存在をその指先で確認した。


(あっ……)


 片山が、奥田係長のその反応に、声にこそ出さないものの驚きの表情を浮かべていると、奥田係長は、そのまま鼻毛を引き抜き、そのままゴミ箱に捨ててしまった。


(な、直美子!)


 片山は、自分で自分の感情が分からなかった。


 これは……一体何と言えば良いのか……せっかく知り合えた人が急に亡くなったような、或いは、長年のライバルが突如引退してしまったかのような、なんとも表現し難い喪失感を、片山は感じたのである。


「いやあ、恥ずかしい……。鼻毛が出てたなんて」


「僕も最初、鼻毛と分からなかったよ。凄い長く出てるんだからね。初めて見たとき、ゴミでも付いてるのかと思ったよ」


 奥田係長と課長のそのような会話も、片山の耳には入ってこなかった。


(直美子……そんな……急に居なくなるなんて……)


 片山は、その時確かに、衝撃を受けていたのである。


――


 その日の仕事は、順調だった。


 それは、片山が鼻毛の直美子の事を忘れようと、仕事に集中したせいだったからかも知れない。


「あら〜。今日は何だか張り切ってるじゃない? 片山さん、何か良い事でもあったの?」


 ニヤッと笑いながら聞いてきた麗子に、片山はただ弱々しく微笑んで、「ええ、まあ……」と答えるのみであった。


 その後少し経って、片山はふと席を立ち、会社の前の自動販売機の所に行った。


 自動販売機にコインを入れ、いつも買っているいちごミルクのボタンを押した片山は、先程の、あの鼻毛が捨てられた瞬間を、自動販売機の取り出し口に手を入れながら思い出していた。


(こんな風に別れてしまうとはな……)


 片山は、ペットボトルのキャップを回しながら、そう思っていたのであった。

次くらいで完結

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