7年の間に変わるもの2
数日後、やっと城へ行く許可が下りた。城内の一室に案内され、迎えが来てくれるのを待つ。ジェラルドに久しぶりに会う。7年以上ぶり。ジェラルドも変わったのかな。当然皆変わってるよね。リーリア様も、ソフィアもラルゴも、皆結婚して……。
そこまで考えてふと気がついた。もしかして、ジェラルドももう結婚してる? そう思ったら、ぎゅっと胸が締め付けられる想いがして、ジェラルドに会いたいのに、会うのが怖い気分がした。
どれくらい待っただろう。扉が空く音がして、反射的に顔をあげた。
「マリア……久しぶりだね。とても、会いたかったよ」
今にも泣きそうな笑顔でそう言ったのは、ソフィアだった。儚げで気だる気な美貌はそのままに、でも苦労が滲む年の取り方と憂いを帯びた瞳が、壊れそうな繊細な美をさらに際立たせている。
「遅くなりましたが……ご結婚おめでとうございます。お二人の想いが通じたって、つい数日前に知って……とても嬉しかったです」
「ありがとう……。うん、そうだね。私もまさか、自分が皇太子妃になれるとは思ってなかったよ。ラルゴと結婚できたのは嬉しいけど……あまり素直に喜べないのは、残念かな」
不安に揺れるソフィアの手をとって、両手で包み込む。
「ラルゴ殿下の……お加減が悪いとお聞きしました」
「うん、そうなんだ。ラルゴもね、マリアに会いたいって言ってたんだ。だから一緒に来てくれる? 本当はジェラルドも一緒に……と、思ってたけど、アイツは今凄い忙しくて、時間作れなかったんだよね。同じ城に住んでるのに、私も話する時間なかなか作れないくらいで」
私に会う時間も作れない程、ジェラルドが仕事で忙しいというのが、信じられなかった。あの「働きたくない」が口癖の男が……。まあ、緊急事態だし、仕方が無いのだけど、会えないのは寂しい。
そのままソフィアに案内され城を歩く。久しぶりだったけど、ここは全然変わらないな。ラルゴの専属茶師として働いてた頃の記憶が蘇ってきてせつなくなる。
何度も通ったラルゴの部屋について、その部屋を見て、ああ……何も変わらないな……と、思った。たった一つを除いて。
ラルゴはベッドに横たわって寝ていた。昔に比べてさらにやつれて、顔色が悪くて、死人だと言われれば信じてしまいそうな程、弱々しい。
ソフィアがそっと近づいて、ラルゴの頬に触れる。そうしたら、ゆっくりとラルゴが目を開けて、弱々しい笑みを浮かべた。
「起こしちゃった?」
「いや……起きてたよ。ずっとベットから起き上がれないから、寝飽きて退屈してた。ソフィアの顔を見てる方が嬉しい」
ラルゴの声が、掠れて、一言口にする度に、息苦しそうな呼吸音が聞こえて、痛々しさに思わず目を背けたくなる。
「ラルゴ……マリアがね。来てくれたんだ」
そういってソフィアが私を手招きする。ラルゴは私を見て懐かし気に目を細めた。
「久しぶり……だな。色々噂は聞いている。凄い活躍ぶりだと」
なんと言葉を返せばいいのかわからない。久しぶりに人に会った時に言う常套句、「変わらないね」とか「元気?」とかそんな言葉、今のラルゴに言えるわけがない。しかもこんなに具合が悪くなった事を、つい数日前まで知らなかったのだ。
なんとか思考を駆け巡らせ、言葉を紡ぎだす。
「ご結婚……おめでとうございます」
「ああ……ありがとう。ソフィアと結婚する事は夢だったから、こうして側で、支えてもらえるのは嬉しい」
そう言いながら……同時に、悔しそうに唇を振るわせた。ソフィアと結婚するという夢は叶った。でもその引き換えに、皇帝になるという夢がなくなった。ラルゴの複雑な心境を思うと胸が痛い。
「久しぶりに……マリアの茶が飲みたい。入れてくれないか? また茶は体に悪いって怒るか?」
シニカルな笑みを浮かべたラルゴに対して、首を横に振った。たぶん……ラルゴもソフィアも私の魔法の事は知らない。私の魔法の効果がどの程度なのかもわからないし、二人をぬか喜びさせたくなくて、黙々とお茶を入れた。
いくら治癒の茶だといっても、これだけ弱った病人の胃では、濃い茶は淹れられない。胃に負担をかけないように、少し低温でとても薄くいれた。
私が紅茶を淹れて戻ってくると、ソフィアがラルゴに手をかして、上半身を起こした所だった。ソフィアがティーカップを手に取って、そっとラルゴの口へと運ぶ。
「美味いな……こんなに美味かったか? お茶を飲むのが久しぶりだからか、マリアがいれてくれたからか」
慌ててむせないようにと、慎重に慎重に飲んで、1杯飲みきった所で、疲れ果てたように横たわる。
「少し……眠くなってきた」
そう言って、ラルゴは穏やかな微笑みを浮かべて目を閉じた。先ほどよりほのかに顔色が良くなった気がする。そのままそっと寝かせてあげようという事で、ソフィアと一緒に部屋をでた。
「ジェラルドから、マリアがしばらくラルゴにお茶を淹れてくれるって聞いてたんだ。最近は食欲もだいぶ落ちてたけど、マリアのお茶ならきっと喜んで飲んでくれるよ。それでちょっとでもラルゴの気が休まれば嬉しいな。ありがとう、マリア」
今にも泣き崩れそうなソフィアの痛々しさに、胸をつかれる。愛する夫があそこまで病んで、今にも死んでしまいそうな状況というのは、どれほど心労に絶えないか。しかもソフィアは元々下級貴族で型破りな人だ。皇室なんて息苦しい場所で暮らす事も気疲れするだろう。
「……うぅ」
ソフィアが口元を押さえて、踞ったので慌てて体を支える。
「だ、だいじょうぶですか?」
「う、うん。平気。もう安定期に入ってるのに……久しぶりに悪阻がきたな……」
え……と、驚いて目を見開くと、儚い微笑みを浮かべて、ソフィアがお腹を撫でた。
「うん。ラルゴの子がここにいるんだよ。もうじき産まれてくる。ラルゴには少しでも長生きして、この子の成長を見てもらいたいな……」
儚い微笑みを浮かべるソフィアの目にひとしずくの涙。どれだけ不安で心細い事だろう。それでも一生懸命耐えようとするソフィアの体を、そっと抱きしめた。私の胸の中で声を出して泣くソフィアの為に、できる限りの事をしたい。




