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7年の間に変わるもの1

 ジェラルドから今日届いた手紙。いつもの近況報告の手紙だと思い、何気なくあけて読む。そこに書かれてたのは簡潔な言葉。


『ごめん、マリア。君の仕事は邪魔したくなかったけど、どうしてもマリアの力が必要なんだ。アルブムに戻ってきて助けてくれない?』


 この7年で、そんな事を言われたのは初めてだ。アルブムに行けば、リドニー宰相に目をつけられるかもしれない。それを一番気にしていたジェラルドがアルブムに来て欲しいという。よほどの事があったのかもしれない。

 とても胸騒ぎがする。でもこの7年アルブムの人達に沢山助けてもらったし、お礼も言いに行きたい。ジェラルドが魔法の件はどうにかすると書いてあったし、覚悟を決めて行くしか無い。

 不安を心に抱いたまま、私はアルブムへ向かった。


 私を呼び寄せたのはジェラルドだというのに、少しだけ自宅で待ってて欲しいと言われ、オズウェルド家の屋敷に滞在する。

 城にはまだ入れないし、行かれる所からお礼にいかないとね。そう思って一番にリーリア様のお屋敷を尋ねた。


「久しぶりね。マリア。手紙ではずっとやりとりしてたけど、なかなか顔を見せないなんて。わたくしにたいして無礼だわ。たまには顔を見せにいらっしゃい」


 上から目線なのに、私への気遣いに溢れて優しい、そんな不器用なリーリア様が、変わらなくてほっとする。昔に比べて大人っぽく落ち着いたけど、より威厳に満ちた美しさになっていて、さすがリーリア様と思った。


「ははうえ……このひと、だれ?」


 たどたどしい、愛らしい声が足下から聞こえ見下ろすと、私のスカートの裾を掴む男の子。3歳児くらい? 金髪の髪と、天使のように美しい美貌がリーリア様そっくりだ。


「ま、まさか……リーリア様のお子様ですか?」

「そうよ。あら、言ってなかったかしら? 婿を取ってクレメンテ家の跡継ぎは夫に任せてるのよ」


 任せると言っても、妻のリーリア様にも公爵家の夫人としての仕事もあり、子育てもあり、その合間を縫って私の為に色々便宜を図ってくれていたそうだ。


「お忙しいのに、私の為にすみません」

「いいのよ。私も貴方の作る新しい紅茶に興味があるもの。カンネの紅茶も実に見事だったわ。ロンドヴィルムとはまた違った味わいで。早くあれがアルブムで売れるようにしたいわね」


 息子を抱きしめながら、嬉しそうにリーリア様が微笑む。その柔らかな笑みが、ああ……母親になったんだな……という感じがして、7年という月日の重みを改めて感じた。


「まさか……マリアはまだ結婚してないの?」

「え、ええ……まあ。仕事が忙しいし、楽しいし、結婚はいいかな……と。紅茶と結婚すれば」


 リーリア様は声をあげて笑いながら「マリアらしいわね」と言ってくれた。一生独身宣言しても、私らしいと認めてもらえるなら嬉しい。


「まあ……この年だと、結婚してて当然でしょうかね。ソフィア様もご結婚されたんですか?」


 私がそう尋ねると、とても驚いて、信じられないという言葉を口にした。息子から手を離し召使いを呼んで下がらせる。こほんと咳払いをしてじろりと睨む。


「マリア……いくらアルブムに来なかったとはいえ、帝国領内にはいたのよね?」

「ええ……まあ。国外に行く事もありましたが、帝国内で仕事してる事の方が多かったですね」

「それで……噂くらい聞いてないの? ラルゴ殿下とご結婚されて、今ではソフィアは皇太子妃よ」


 思わず座ってた椅子から転げ落ちそうになる程驚いた。ソフィアやジェラルドと手紙のやり取りはしてたのに、一切聞いてない。

 でも、ラルゴとソフィアが愛し合ってたのは知ってたし、身分差を超えて結ばれたなら、とても嬉しい事だ。よかった……と、ほっとする。


「まあ……あれだけの身分差。異例中の異例、特別な事情もあったから、皇太子の結婚とは思えない程、質素に行ったけれど……だからといって、皇太子の結婚を知らないとは。本当にマリアはお茶以外の事は何も知らないのね」


 呆れられても無理は無い。皇太子の結婚なんて大事、帝国のどこかで耳にしてて当然。仕事ばかりに気をとられて、世間のニュースに疎すぎた。


「特別な事情って……何かあったんですか?」


 私の言葉に、リーリア様は表情を曇らせて言いよどんだ。いつだって単刀直入、明朗快活なリーリア様らしくない。


「マリア……今までずっとよりつかなかったのに、急にアルブムに来たのはどうして?」

「えっと……ジェラルドにどうしても助けて欲しいって言われて……」


 私の言葉にますますリーリア様の影が濃くなる。


「マリアの魔法に頼らないと行けない程、追いつめられた状態なのね。……お労しい」

「それって……どういう事ですか?」


 リーリア様は扇子で口元を隠して、私から目をそらして、答えた。


「ラルゴ殿下の体調が思わしくないの。もう何年も前から。今ではほとんど公務はジェラルド殿下に任せて静養されていると聞いてるわ。ソフィアなんて下級貴族と結婚ができたのも、皇帝になる程生きられない……だったら本人の意思を尊重してもいいだろう。そういう見方があったからよ」


 思わず目眩がした。私がアルブムにいた頃から、ラルゴの体調が悪そうだとは思っていた。それでも……あれだけ皇帝になる事にこだわっていたラルゴが、ジェラルドに仕事を任せて休まないといけない程……だなんて。

 リーリア様もお忙しそうだったので、のんびりお茶する時間もなく早々に帰宅した。

 私が呼ばれた意味がわかった。私の魔法でラルゴの延命をする。それが私に与えられた新しい使命なんだ。

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