振り返ればヤツがいる
カンネで紅茶の仕事に一生をかけると決めてから7年の月日が経った。
7年というと、とても長く感じるが、私にとっては本当にあっという間だった。
ロンドヴィルムとカンネを何度も行き来して、それぞれの産地に問題が無いか、今何の支援が必要か確認し、集めた資金を的確に分配してく。
リーリア様に謝罪して、アルブムへの紅茶輸出を減らし、その分ロンドヴィルムにやってくる商人に頼み込んで、他国で紅茶を販売してもらった。時には商人の紹介で私自身が売り込みにも行った。
そのおかげで、ガイナディア帝国産の紅茶の評判は他国へじわじわと広がっている。
カンネでの紅茶生産も、まだ商業ベースには量が少ない物の、リーリア様の舌を満足させられる試作品ができるまでになった。近々アルブムに出荷予定だ。私の「茶師の姫君」の知名度がアルブムでも信用され「あの茶師の姫君の新作の紅茶なら」と、販売前から話題になっているらしい。これならカンネの紅茶が売れない事はないだろう。
他国での評判と、カンネでのお茶作りの実績をレポートにして、何度も何度も、リドニー宰相に意見陳述を行い、ついにガイナディア帝国全ての茶産地に、紅茶生産普及の為の補助金が出される事になった。
帝国の新たな輸出品として、国の利益になると、認めてもらえたのだ。
私の魔法について、リドニー宰相に何か言われるかと思ったが、今の所動きは無い。この7年、私は一度もアルブムに行ってないから、ジェラルドに手紙で聞いてみた。どんな価値があるかもわからない魔法にこだわるより、紅茶という新しい産業を興して、帝国の利益を作り出そうとしている、私の働きを評価してくれてるようだ。
まあ……魔法を諦めたわけではなく、どんな魔法なのか、知る機会を虎視眈々と狙ってるんだろうけど……。
「茶師の姫君。調子はどうかね。たまにはわしとのんびりお茶でも飲んでくれんかのう」
ウェイドがにこにこ笑いながら、のほほんと遊びにやってくる。昔は「お嬢ちゃん」と言ってたのに、いつの間にか私の力を認めてくれたようで「茶師の姫君」と言ってくれるようになった。
カンネに滞在する間は、時々こうしてのんびりお茶を飲んで、何も考えずに、ぼーっとする時間を持っている。
「焦ってばかりじゃいかんよう。のんびり、のんびり、いこうじゃないか。大丈夫。わしもまだまだ元気で働くからのう」
そういうウェイドの腰は7年前よりずっと曲がってて、体力的にもう山登りも厳しい。最近は紅茶工場で技術指導がメインだとか。
茶畑での生産や、畑の改良はヨハンが頑張ってる。時にはヨハンとウェイドが意見交換をして、良質なお茶を大量に作るため、日々努力を重ねているようだ。
「ウェイドさん、あまり無理しないでくださいね。ウェイドさんには、まだまだ活躍してもらわなきゃいけないんですから。頼りにしてますよ」
「ほほほ。流石茶師の姫君。爺使いも荒いのう。まあ……ロンドヴィルムの人材も育って、わしの息子が今度カンネに来られる事になったから、少しづつ仕事を引き継いで行くつもりじゃ。それが最後まで終わらないと、おちおち死んでもいられんのう」
「あ……茶師の姫君。また師匠とお茶ですか? 僕も呼んでくださいよ」
ヨハンがちょっと拗ねながらやってきた。ウェイドとヨハン、三人でお茶をする。最近ちょっとヨハンを避けてからな……。ウェイドが一緒ならいいけど、二人きりになると、隙あらば私を口説こうとするから。
「だって……茶師の姫君だって、もうとっくに婚期を逃してるんだから、早く結婚した方が良いと思うんですよね。僕ならお茶作りの良きパートナーになれますよ」
婚期を逃してるとか余計なお世話だ。まあ……否定はできない。私も20代半ば。もはやアラサーだ。この年で未婚というのは、この世界の感覚で言えば、間違いなく「行き遅れ」
もう……いいもん。私は紅茶と結婚するから。一生独身でもかまうもんか。最近そんな開き直りの境地だ。
そんな激動の7年の間、ジェラルドとはお互い、手紙のやりとりだけは続いてた。私が仕事の愚痴を零せば「大変だね」って慰めてくれるけど、私の仕事に全然口出しはしない。
あまり干渉したくないって、私が海外に行く時に、アドバイスをもらう程度。昔世界を放浪してただけあって、皇子の癖に現地情報に詳しいって不思議。あの国に行くならこれ食べなきゃって、美味しい物情報をくれるのが密かな楽しみだ。
ジェラルドと、ラルゴと、ソフィア。この3人の仲は今は良好で、ジェラルドもラルゴの仕事を手伝ってるらしい。三人が仲良くやってるならよかったと、ほっと胸を撫で下ろす。
『兄上の手伝いをしつつ、できるだけ手を抜いてるけどね。本当は働きたくないし』
と、ジェラルドは言ってる。ジェラルドの働きたくない発言はいつもの事だけど、それがラルゴの邪魔にならない為の遠慮の結果なのか、本当に本人に働く気がないのか……よくわからない。それでもジェラルドはジェラルドなりに頑張ってて、私も私で頑張ってて、そうやって遠く離れても励ましあって、それだけで私は満足してた。
時々あのジェラルドの情けない笑顔を見ながら、またお茶が飲みたいと思う時もあった。仕事が忙し過ぎて疲れきった時、一人でいるのが寂しくなった時、隣にいてただ話したいな……って。でもそんな事もう無理かも。
だから寂しくなったら手紙を送る。なんでもない些細な日常を書いて送っているだけなのに、戻ってくるジェラルドの手紙は楽しそうで。きっと手紙の向こうでへらっと笑ってるんだろうなって思ったら、元気が沸いてきた。手紙を読みながら紅茶を飲むと、ジェラルドと一緒にお茶してる様な気分になった。
もう……それだけで良い。本当に住む世界が違ってしまったから。
ジェラルドと私は、違う道を歩んでる。遠く離れても、手紙で繋がるけど、その道が交わる事はないんだ。
4章終了
5章に続く




