カンネへ4
カンネについてから1ヶ月たった。そろそろ建築中の工場が完成するらしい……という所まで来て、ウェイドはヨハンに座学での勉強を始めた。
「紅茶は緑茶と違って木陰が好きなんじゃ。だから茶の木の側に日陰を作る別の木が欲しい。でも何の木でもいいわけじゃない。サイレスの葉は、紅茶を育てるのに最適な滋養がある」
「なるほど……サイレスの木から落ちた葉が、茶畑の土地を育てる肥料になる。実に合理的な手法です。カンネに既にある畑の中にも、サイレスを移植して、紅茶用に育ててみましょう」
ウェイドとヨハンが熱心に勉強しているのを、私は見学しながらぼんやり考えていた。ウェイドはこれだけ色々教えているのに、私はカンネに来て1ヶ月。ほとんど何もしていない。
私は自分が何も知らなかったのだと言う現実を、知っただけで、この土地の人に何も与えられてない。私が来た意味ってあるんだろうか。私がやるべき事はなんなのだろうか……と、途方に暮れた。
二人の座学が終わり、昼休憩……という頃に、街から巨大な荷物が運ばれてきた。
「マリア様宛にお届け物です」
この荷物が私宛? 差出人はソフィア。驚いて空けてみると、製茶道具が入っていた。相変わらず無意味な刃物付きである。ウェイドも刃物を外せば、役に立ちそうだと言ってたから良いものなんだろう。
『マリアへ。元気でやってる? ジェラルドにカンネで茶作りしてるって聞いたんだ。新しい製茶道具作ってみたから、現場で使ってみて、感想もらえないかな? ちょっとでも、マリアの役にたつと良いんだけど』
手紙を見てじわっと涙が溢れて、手紙の文字が滲む。ああ……本当に私は、色んな人のおかげでこうして紅茶作りを続けられるんだな。
リーリア様は農家に支援金を、皇帝陛下達は補助金を、そしてソフィアは製茶器具を。皆が自分でできる事を、できる範囲でやってる。その積み重ねの上で、紅茶ができあがっていくのだ。
「お嬢ちゃん……やっとわかったかいのう。お茶は一人では作れん。皆の協力が必要なんじゃ。お嬢ちゃん一人はりきっても仕方が無いんじゃよ」
ウェイドの言葉が深く心に落ちて行く。紅茶を作ったのは私だって、どこかで自惚れてただろうか? 自分一人で何でもできる気になっていたんじゃないだろうか?
「お嬢ちゃんしっかりするんじゃ!」
びしっとウェイドに叱られた。その後ウェイドは好々爺という笑みを浮かべてのんびり語る。
「お嬢ちゃんが紅茶を作った時にはびっくりしたもんじゃ。こんな新しいお茶があったのかと。さらにそれを売りに行くんだとアルブムに行った時も驚いた。まさか皇帝陛下の心を掴む程、紅茶の価値を認めさせられるとは思わなんだ。お嬢ちゃんに他の誰にもできない才能がある事は確かじゃ。お嬢ちゃんは、お嬢ちゃんにできる事をやる。わしもわしができる事をやる。そうやって、のんびりやってこうじゃないか」
そう……自分ができる事を最大限頑張るしか無いんだ。落ち込んで泣いてる暇があったら、自分に何ができるか考えろ。ウェイドが言うように、世界中に紅茶を普及させるなら、私の一生の時間全部かけてもまだ足りない。立ち止まってる時間ももったいない。
それからしばらく考えて、今の所私ができる事は、コネを駆使して生産者の環境を整える事だなと思った。カンネでの紅茶作りは相当時間がかかる。その間ウェイドはずっとカンネに留まる事になるだろう。他の産地にも職人を派遣するとなると、ロンドヴィルムの人材不足が深刻な事になる。
なりふりかまっていられない。私は色んな人に手紙を書きまくった。
ソフィアには、色々な製茶器具の試作の感想を手紙で送り、改良してもらっている。
リーリア様には貴族の中でお茶に興味がある人に、支援者になってもらえる人はいないかと相談し、もしいたらロンドヴィルムの、茶職人を育てる支援基金に寄付して欲しいと頼んだ。
ジェラルドを通じてリドニー宰相に、茶生産地での現状を報告し、必要な支援とそれにかかる費用について、意見陳述を送った。国の補助金がでるようになれば、少なくとも帝国国内での紅茶生産はもっと勢いづく。
リドニー宰相が私の魔法について、興味を持ってるのは確かだし、あの人が「言う事聞いてやるから、アルブムに帰ってきて国の役にたて」と言われればそれまでかもしれない。それでも……それを恐れていたら、もう何もできない。
まずは帝国国内で紅茶を沢山作る。その足場を固めよう。そして今度は他国の首都に紅茶を持って行く。アルブムの時のようにその国で紅茶を売り込むのだ。コネのない他国でどこまでできるかわからない。
でも……紅茶を売り込み、興味を持ってもらえれば、買ってくれる消費者が増える。興味を持った貴族や商人が金銭的支援をしてくれるかもしれない。
私ができる事は、紅茶の価値を伝え、消費を拡大し、コネクションを作って、生産者の環境を作る資金を調達する。とても難しいけど、他にできる人はいない。私が一生かけてやってやる。




