旅は道連れ<修正あり>
父の執務室の中で、私はソファの方をちらちら見つつ父と向かい合いっていた。今は腕輪をとって私自身の姿でいる。この姿に戻るのは久しぶりだ。
「余所の茶所に行っても良いと、許可をいただけたのは嬉しいし……茶作りの普及だから茶園の職人を連れて行く……というのもわかりますが……」
私は視線をソファに移し言葉を濁す。ソファには背を丸めてうたた寝をしている老人がいた。丸顔で短く刈り込んだ白髪が目立つ小柄な老人だ。
「え……っと、ウェイドさん?」
声をかけてみるが返事はない。寝ているのか、耳が遠くて聞こえてないのか、それすらもわからない。
「他にもっと若い人はいなかったのですか? 長距離旅行にご老人は辛いと思うのですが」
聞こえてない……と思い、遠慮がちに父に問うた。
「ロンドヴェルムの茶生産も忙しい時期だ。現役の職人に抜けられては困る。ウェイドは今は引退してるが、長年茶作りをしてきたベテランだ。技術と経験はあるし、人に指導するには向いていると思うぞ」
そう父は言いつつも、目線をウェイドからそらしている。父もやはり不安はあるのだろう。
「マリア嬢ちゃん。心配せんでも大丈夫じゃよ……。わしは丈夫なのが取り柄じゃからな。旅行くらいなんとでもなる」
突然ぶつぶつとウェイドが声をだしたので、私はびくりと体を震わせた。起きてたのか。聞こえてもいたらしい。
「若い頃は外国に行って茶作りも学んだのじゃ。また旅に出られるのは嬉しいのぅ……」
人懐っこい丸い目を細めて昔語りを始める。その姿は気の良い好々爺……という風情だった。
どうにもテンポが合わない。これから旅の供として同行するのに非常に不安だ。キースが一緒なら心強いのだが、今はキースも領主の仕事の手伝いで出歩けない。この老人と2人旅になるのだ。
長い昔語りの途中でふと言葉が途切れ、また寝てしまったのだろうか……と思った所で、きょろりと私の方を見た。
「それで……最初は何処にいくんじゃい?」
一瞬目が鋭く光り、まるで何かを試されているようなそんな気分になった。ただの気の良い好々爺……というわけでもないのかもしれない。
「カンネに行こうと思ってます」
「ほう……カンネか。世界でも有名な茶所じゃな。どうして最初がそこなんじゃ?」
「カンネのお茶の最上級品は、青々しい香りと強い渋みが特徴で、味は淡い。ロンドヴェルムとはまったく別の方向性の味だから。ロンドヴェルムの紅茶と差別化できると思って。それに……」
カンネはガイナディア帝国領内最南の島国だ。島の中央に大きな山脈があり、その山の高度や東西からの季節風の影響で、それほど大きくない島の中で、個性の違う色々なお茶ができる。個性の違う色々なお茶で紅茶作りを試せば、より紅茶にあう茶を見つけられるのではないかと思ったのだ。
私はウェイドに自分の狙いを丁寧に説明をしていく。ウェイドはうんうんと頷きつつ、眉間にしわを寄せて口をもごもごさせている。なんとなく不満そうだった。
「難しい事はようわからんが……紅茶というお茶を世界に広める為に、カンネが良いと……お嬢ちゃんは思ってるんじゃな? わしはお嬢ちゃんに協力する様に、旦那様に言われてるからな。どこにでもついていくぞ」
なんだかひっかかる言い方である。何か問題があるならはっきり言ってほしかった。
「カンネに行く事に何か問題でもあるのでしょうか?」
「口で説明するより、実際に行って見せた方が早いじゃろう。まあ……何事も勉強じゃな。わしもお嬢ちゃんも、まだまだこれからじゃ」
とてもこれから……と言える年齢に見えないのだが、失礼なので言えなかった。
私はウェイドさんと一緒で大丈夫かと不安だし、ウェイドさんもまた私の事を不安に思っている。ウェイドはいつも私を「お嬢ちゃん」と呼び子供扱いする。一人前と見なされないのは悔しい。
これから供に旅をするというのに大丈夫だろうか?
また目をつむってうたた寝を開始したウェイドを眺めながら私は途方にくれた。




