迷い道
その後リーリア様に聞いた話も信じられない事ばかりだった。あの皇室茶会を気に入った王妃様が、あの日茶会にでた菓子やお茶の話を、広く貴族達に広めたそうだ。その結果、砂糖菓子やバタークリームを使った菓子が大流行。珈琲の価値も見直され、貴族の中には飲む人間も増えてきた。
今まで伝統と作法にこだわった茶会が主流だったが、新しい趣向の茶会を開こうという貴族も増えた。
たった一回のお茶会が貴族のお茶会文化を大きく変えたのだと。
「紅茶という新しいお茶を作り、わざわざ自分の作ったお茶を売り込みにくるなんて新しい手法。ブレンドという斬新な試み、そしてあの茶会。貴方のする事は今までのお茶になかった事ばかりよ。お茶革命だわ。私は貴方がこれから何をしていくのか。どんな新しい事をしてくれるのか、楽しみなの」
そう言ってリーリア様は帰っていった。私は自分がやりたい事をただやってきただけだったのに。振り返ればすごい大きな影響を色んな人に及ぼしてきたのだと……今更ながらに気がついた。
そしてせっかく前世の記憶があるのなら、あちらでは当たり前で、こちらにはない物をもっと広めて行ってもいいのではないか。
例えば、リーリア様の言う様に、今は専業化している、生産から消費者までのお茶の流れを、全体から俯瞰してみて行動する。コンサルタントやマネージャー的な仕事があってもいいんじゃないか。お茶をもっと広める為に何かプロデュースをしてもいいかもしれない。広く浅く色んな形でお茶に関われる仕事は、私に一番あった仕事に感じた。
今までロンドヴェルムのお茶を売る事だけを考えてきたけど、紅茶を世界に広めて、お茶の魅力をもっとこの世界に広げてみたい。その為には何をしたらいいだろうか? 私はしばらくその企画を考えるのに没頭した。
最近暇で退屈して沈んでいた気持ちが一気に晴れて行く気がする。
やっぱり私は仕事が好きで、こうやって新しい事に挑戦し続けるのが楽しいな……と心から思う。
父がロンドヴェルムに帰る頃には、大まかながら企画書ができあがったので、キースと共に話を聞いてもらう事にした。
「ロンドヴェルムで紅茶の祭りをしようと思うの」
今の所紅茶の製茶技術はロンドヴェルムだけに限られている。それを他の茶所の職人に開放し、紅茶作りの産地を増やす。紅茶の製茶方法を教える代わりに、茶の栽培に関する知識を教わる。これによりロンドヴェルムが長期的に大量に茶を生産できる環境を作る。
その上で各産地でできた紅茶を集めて、ロンドヴェルムで祭りを行い、各産地が紅茶の味を競い合う。そういう企画だ。
「せっかくの新しい紅茶という製法を他の産地に教えてしまったら……ロンドヴェルムの紅茶が売れなくなるのではないか?」
父の心配を私は首を振って答えた。
「ロンドヴェルムの紅茶の生産には限りがある。どれだけ増やしてもせいぜいアルブムの消費を満たすくらい。今は国内にしか知られてない紅茶を海外にまで普及させ、世界中にロンドヴェルムのお茶が販売できる様になれば販売も安定します。それに茶は産地毎に味は変わる。他の産地が紅茶を作り始めても差別化はできます」
紅茶の祭りをロンドヴェルムで行う事は、紅茶の知名度をあげる事と、各国の紅茶を比較する事でより良い紅茶を作る為の競争の場を提供できる事。差別化により各産地の個性をアピールできるなら、各産地の生産者同士が協力できるのではないか。
「この企画を行うには、各産地の生産者の理解と協力が必要になります。だから……私自身が他国の産地にいって、紅茶の製法を教えながら交流を深めてコネクションを作り……」
「それはダメだ」
ここまで大人しく話を聞いていたキースが、私の言葉を遮る様にキツく言った。
「マリアが他国に行くのは危険だと前から話している」
「それはそうだけど……今の所リドニー宰相から何も動きは無いし、逆に海外にいってしまった方が私も目立たないでしょう」
そう……予想以上にリドニー宰相の動きは大人しかった。慌てて探しまわる様な事もしてないし、ロンドヴェルムに人もよこさない。ジェラルドから父宛に届いた手紙によれば、リドニー宰相も恐れているのではないかと。
私の茶にどんな力があるのか、詳細な情報はわからない。ただ……他国に力が流出すれば、帝国にとって不利益になる可能性が高いだろう。で……あれば、今は無理矢理手に入れる事よりも、この情報を知られない様に他国の目を引かぬ様にする方が重要だと。
それならば他国に行く方が、リドニー宰相も下手に強引な手段で、私を連れ戻して目立つ事は避ける。私が自分で作ったお茶を他国に持ち出さなければ、この力を知られる事はない。
そう……説明したのに、どれだけ言葉を尽くしてもキースは納得してくれなかった。
「マリアはロンドヴェルムでお茶を作っていればいいじゃないか。どうしてここを離れなきゃいけないんだ。マリアはロンドヴェルムと茶とどっちが大事なんだ!」
キースの言葉は仕事と自分とどっちが大事か! そう詰め寄られる様に聞こえた。そしてその言葉がずしりと重みを伴って私を襲い、目眩がする様なショックを受けた。
「……わかった。ちょっと頭を冷やしてくる」
そう告げて私は部屋を飛び出す。キースも慌ててついて来て、廊下で追いつかれた。
「マ……待ってくれ」
思わず本当の名前を人前で言いそうになる程、慌ててキースは私を引き止めようと手を伸ばした。私はその手を振りほどいて告げた。
「……今は1人にさせて」
言葉と共に涙がこぼれ落ちた。キースも何も言えなかった。




