秘められた力
久しぶりの我が家なのにな……と、溜息一つ。正体を隠した私は客人として客室に案内され、その部屋で父が来るのを待っていた。
キースが外国からつれて来た客人……という事になってるらしい。キース以外の使用人にも知られない様にというのは、随分念入りだ。
ノックする間も惜しいという感じで、ノックと同時に扉が開いた。久しぶりの父の姿を見るとぎゅっと胸が締め付けられる。随分と痩せて顔色も悪くなった。疲れの色が見える父は笑顔を浮かべて私を抱きしめた。
「よく……無事で帰ってきてくれた」
父の震える声を間近で聞いて、心配をかけてしまった事に申し訳なさを感じる。それでも……どうしても気になる事を先送りにできない。
「ジェラルドが、お父様に事情を聞けと言ってたの。教えてくれませんか?」
「……そうだな。その話が先だな。ジェラルド殿から先に手紙が届いていて事情はだいたいわかった。話すから座りなさい」
父はそう言って溜息を零しソファへと座った。向き合って座ると、父は真剣な顔で私をまっすぐに見つめ切りだす。
「マリア……お前は気づいてないだろうが、お前には魔法の力がある。天性の才能だな」
「はぁ……?」
あまりに突拍子のない話に、思わず気の抜けた声が出た。ジェラルドが風の力を操った様に、私も何かできるというのだろうか? そんな不思議な力見た事もないのだが……。
「気づくのは難しいだろうな。特定の条件でしか発揮されない、特殊でしかし誰にもできない力が、マリアの紅茶には宿っている」
「私の……紅茶が?」
「ああ、正確にいうなら、マリアが茶作りから行ったお茶だけにその力が宿り、その力を十分に発揮できるのは、マリア自身が入れた場合だけだ。お茶にわずかな魔力を帯びるが、魔法が使える物しか感じ取れないから、普通の人は気づかない。実はな……私にも多少魔法の才能があるのだ。それで気がついた」
「お父様が? 魔法……? 知らなかった」
「魔法と言っても……せいぜい明日の天気が7割くらいの確率でわかる……程度のささやかなものだが」
父は天気予報士だった……意外な真実。100%でない所が、微妙に使えなさを感じる。そういえば……父が出かける時は、あまり雨に濡れてる姿を見た事がない気がする。
「たいした魔法ではないが、それでも魔力を感じる事はできる。だから初めてマリアの茶を飲んだ時、驚いた。そしてその魔力がどんな力なのか、密かに試してみたのだ。色々実験を重ねてやっとわかった。マリアの紅茶には治癒の力が備わっている」
「治癒? ……それって、怪我が治ったりとかそういう?」
「ああ……。私が入れただけでも、疲労回復や睡眠不足の解消にもなったが、マリアが入れてくれた時は目覚ましかった。足の小指を折って医者から「全治1ヶ月」と言われた時、マリアの入れたお茶を飲んだら1日で治った」
父はいつのまに足の小指を折ってたのだろう……。気づかない程早いうちに治ったのならいいのだが。それが自分の力だとはにわかに信じがたい。親のひいき目なんじゃないかな……と思ったり。
「私だけではないぞ。ジェラルド殿も言っていた。マリアのお茶には力が宿っていると。心身が疲労していたのに癒されて、満たされるのを実感したと」
「ジェラルドも気づいてたの……?」
「ああ……気づいて、そして言っていた。これが知れ渡ったら大変な事になるから、できるだけ隠し通した方がいいと」
大変な事ってなんだろう? 実感がわかないが、人の怪我が治るような凄い力なら役に立つと思うのだが。
「役に立ちすぎるのだ。世界中探しても治癒の力を持つ者は稀だ。しかもジェラルド殿が言うには紅茶を他者が入れた場合でも疲労軽減効果があるのなら、本人がその場にいなくても問題なく、備蓄も可能。ここまで都合のよい魔法は聞いた事がないと」
確かに……どれだけ偉大な魔法使いでも、本人が目の前にいなければ助けてもらえないのだし、私の紅茶が広く行き渡っていろんな人の役に立つならそれは凄い事だ。
「ここまですごくなると……マリア、お前はどうなると思う?」
「……どうなるのでしょう?」
父は躊躇う様に一度口を閉じ、眉をしかめた。その渋い顔を見てると嫌な予感しかしない。
「人間であれば誰しも生き延びたいし、生きる手段があればどんな手を使ってでも手に入れようとするだろう。……つまりお前の身柄の奪い合いで下手すると戦争だって起こりかねない。国が知ったなら保護という名の元拘束され、一生治癒の茶づくりの為に、強制的に働かされ続けるのではないか……と。つまりお前が自由に生きる未来もなくなる」
目の前が真っ暗になる気がした。私のお茶が美味しくて、それで欲しいと言ってもらえるなら嬉しいが、治癒の力が欲しいだけなら、味などどうでも良いだろう。いかにたくさん、魔法の効果が高いお茶が量産できるか。ただ……効率の為に働かされる人生。考えただけでぞっとする。
「ジェラルド殿は言っていた。例えどれだけ多くの人の命が助かるとしても、マリアが自由に働けなくなる人生はダメだと。マリアが自分のやりたい事をやりたいようにできる。そういう自由を護りたいと」
体の芯が熱くなるのを感じた。ジェラルドがそこまで私の自由を考えていてくれたなんて……嬉しすぎる。
「リドニー宰相も……魔法の力をお持ちだそうだ。マリアのお茶を飲んで気づかれた。しかも……ジェラルド殿が隠していた事に怪しんでいると。アルブムに留まっていたらすぐにどんな魔法か気づかれて……そしてマリアの自由がなくなるだろう……とな」
ああ……それであのお茶会で私が作った紅茶を入れた事、あんなに驚いてたのか。あのしたたかなリドニー宰相に知れたら間違いなく監禁されて、国家の為に無理矢理働かされる事は目に見えている。
「ここで正体を隠していてもいずれ居場所を突き止められるかもしれない。そうなる前に……マリア。お前の人生、これからどうするか、自分で考えて自分の意思で決めなさい。後悔のないように」
父の言葉がずしりと心にのしかかる。私の人生をどうするか。そんな簡単に答えはだせない重大事なのに、あまり時間がなさそうだ。私は現実逃避したくなった。
「とりあえず……お茶を飲ませてください。落ち着いて考えたいの」
お茶でリラックス……が、本当に治癒効果があるなんて、誰も考えないよね。普通。




