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ワーキングウーマン

 普段のリドニー宰相を知る人達にとっては、意外なほどしんみりとした語り口だった。そしてアンネの確信的な自殺に皆驚きが隠せない。

 皇帝も大きく目を見開いて言った。


「内通者の件は聞いていたが、アンネ・ウィズリーがそのような遺言を残していたのは知らなかった」

「お伝えしない方が良いと判断しました。わしは官吏としてアンネの覚悟を理解しましたが、アンネに親しい皇室一家の方々には、「なぜ命をかけてまで……」とお思いになるでしょう」


 アンネ様の自殺の理由を知っても、彼女の覚悟を聞いても、やっぱり自殺しか方法がなかったのか? と私でも思ってしまう。ましてアンネ様ともっと仲が良かった人達からしてみれば、納得できない事だったに違いない。


「皇帝陛下……。アンネ様が実力だけでなく、覚悟も官吏として立派であったと、ご理解いただけたでしょうか? これでも「女は官吏に向かない」と思われますか?」


 私は自分の身分をわきまえないと知りながら、あえて皇帝陛下に挑むようにそう言った。皇帝はゆっくり思考するように、あごひげを撫でて考えている。


「アンネ・ウィズリーは、確かに優秀であった。それは確かだ。だが彼女に特別な才能があっただけで、女が皆そうだとは言えまい」

「男性だって優秀な方も、そうでない方もいます。重要なのは才能ではなく、教育だと思います。この国の富裕層や貴族の女性は、最低限読み書きができて、簡単な小説が読める程度の教養しか身につけません。女性が賢い事を良しとしないからです。でも教育無くして才能は発揮されません」


 私は次に入れる紅茶の茶葉が入った茶箱を手に取って言った。


「私は下級貴族といえども、一応貴族の家に産まれました。しかし父は私が何かをする事を止めた事はありません。茶の研究の為に農業書を読む事も、自分の畑を持ち自ら農夫に混じって茶摘みする事も、止めずに自由にしてくれました。だから私は茶を作る事に没頭し、この『紅茶』という新しい茶を作る事ができました。私に生まれ持った才能があったからではなく、父が自由に学ばせてくれて、努力した積み重ねだと思っています」


 皇帝は真剣な表情で話を聞いていた。アンネの死の真相を聞いたからこそ、彼女を高く評価したからこそ、聞く価値があると感じたのだろう。


「アンネ様も皇太子殿下達と供に、男性と同じだけの教育を受けました。そしてアンネ様自身が意欲を持って学ぶ事を努力しました。女性の教育に力を入れて、良い人材を育成する事はこの国の将来をより良くすると私は信じています」


 皇帝は最後まで私の話を聞いた後、かすかに微笑んで言った。


「なぜこの茶会に私を呼んだのか、疑問に思っていたのだが、その訴えをしたかったからか。アンネという少女の死の真相を暴き、それを持って女の教育問題の陳情までする……。マリア・オズウェルド。お前もなかなか策士だな。興味深い意見だ。検討しよう」


 私は心の中でガッツポーズをあげた。

 アンネ様が何故自殺したのか。その理由を知っていたわけではない。

 ただ私はアンネ様が意欲を持って働いてた事、才能があった事は知っていた。だから何か理由があると思ったし、アンネ様が死んだ事で、女性の官吏登用の道が消えてしまうのは、きっとアンネ様も悲しむと思ったのだ。

 アンネ様の自殺の理由が解明できて、アンネ様の才能を理解してもらえたら、アンネ様の努力が無駄ではなくなる。きっとその方が死んだアンネ様も喜ぶそう思ったのだ。

 その目標が達成できて嬉しかった。


 そして……もう一つの目標だ。

 ジェラルド、ラルゴ様、ソフィア様の三人は、アンネ様の死の真相を受け止めきれない様子で、呆然としていた。

 私はその三人に近づいて言った。


「私はこのお三方が、アンネ様の自殺を「誤解して」すれ違っていると感じていました。ジェラルド殿下。貴方は愛するアンネ様が死んだ責任は、ラルゴ殿下にあると感じていませんでしたか?」


 ジェラルドは無言で小さく頷いた。


「ソフィア様。貴方もジェラルド殿下と同じ事を感じつつ、同時にラルゴ殿下の事も信じたかった。だから迷っていた。そうではありませんか?」


 ソフィア様も小さく頷いた。


「ラルゴ殿下。貴方はアンネ様の一番近くにいたからこそ、自殺を止められなかった事に罪悪感を感じていたのでは? だからアンネ様の姉であるソフィア様に会う事が後ろめたかったし、ジェラルド殿下への後ろめたさを隠す為にわざとキツくあたった。そうではありませんか?」


 ラルゴ様も小さく頷いた。


 三人とも大切な人を失った悲しみを、埋めきれずに誰かを責めたり、迷ったり、自分を責める事しかできなかったのだ。


「誰が悪かったわけでもない。アンネ様は自分の意志と覚悟で自殺を決めた。でもアンネ様が死んだ後、仲が良かったはずの3人が、バラバラになった事は、アンネ様が一番悲しんでいると思うのです。今すぐもとのように……とはいかないでしょうけど、少しづつお互いを信じて、また仲良く過ごす道を歩めませんか?」


 三人とも微妙な表情でお互いを見つめあった。まだ三人とも真実を受け止めきれないし、そう簡単に解決する問題ではない。

 ただ……。三人が反発せずに私の話を聞いてくれるのは、私の言葉に納得できる所があるからだと思う。それなら時間をかければ、また三人が仲良くなれる道はあるだろう。


 私はそれだけで満足して、にっこり微笑んでお茶を入れ始めた。


「お茶会最後のお茶をお入れ致します。この都ではまだ新しく、なじみが無いかもしれませんが、私の作り上げた紅茶をお楽しみください」


 私は皆の心が穏やかになるように、想いをこめて紅茶を入れた。香り豊かに、しっかり味を引き出し、茶葉の能力を最大限に生かす。その為に丁寧に入れた。

 各自の席に配られると、私は丁寧におじぎをした。


「まだまだ未熟ではありますが、新しいお茶の味を知り、今後の更なる発展を見届けていただければと思います」


 皆色々複雑な思いはあるだろうけれど、過去より未来。これからを見つめて欲しい。そう願いをこめた一杯。それを皆口にした。


「上手いな……。香りが良い」

「そうですわね。陛下。味がしっかりしてるから、ミルクをいれても美味しいでしょうね」


 皇帝夫妻は和やかに紅茶を楽しんでいる。それにほっとしていたら、かたりと荒々しくカップを置く音が聞こえて振り向いた。

 ジェラルドがなぜかすごい睨んでいた。なぜ?


「マリア……これは、マリアの畑で、マリアが作った紅茶だよね」

「ええ……。お茶会の締めには、自分の作品を皆様に見ていただこうと……」


「父上に淹れるなって言われてなかった?」


 ジェラルドに言われて、確かに父が淹れるなと言っていたのを思い出した。ただなぜなのかわからなかったし、自分が出したかったから、それが悪いことだと思わなかった。ジェラルドがなぜ怒りだすのかわからない。


 戸惑う私の耳にリドニー宰相の言葉が入ってくる。


「これは大変興味深い……。ジェラルド殿下はとんでもないものを隠しておいでだったのですなぁ」


 リドニー宰相の言葉を、理解できていたのは、その時ジェラルドだけだった。

 今までアンネ様や皇室のごたごたに、自分が巻き込まれていた。そう思っていたのだが、まさか自分が次のトラブルの中心になるとは、この時想いもしなかったのだ。


3章終了

4章に続く

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