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宰相の微笑

 私は話をしながら、軽食のサンドウィッチやパイを運び、それにあわせた緑茶を提供した。皇帝が好む産地の茶葉を選び、そのお茶の香りを損ねぬように、軽食にも工夫を凝らした。

 しかし皆話にのめり込むあまり、誰も手を付けていなかった。


「お茶が冷めてしまうので、どうぞお召し上がりください」


 私がそう言うとはっと気がついたように、皇帝夫妻やリドニー宰相はお茶に口をつけた。


「ふむ……。香りが良いな。いつもより、香りがたっている気がする。入れ方が良いのかな」

「恐れ入ります。皇帝陛下」


 私は丁寧におじぎをして、ちらりとジェラルド達のテーブルを見た。三人ともまだお茶にも手を付けず、俯いて青白い顔をしていた。

 三人とも何かを言いかけて、口をつぐみ、そう繰り返して、言葉を無くしている。それでもソフィア様は勇気を振り絞って言った。


「アンネは……そのカンパニーヌ領の反乱を苦にして自殺したの? 自分の判断が人を殺した。親しかった人が死んだ。その事実を受け止めきれなかったの……?」


 ジェラルドもラルゴも口にはしなかったが、同じ事を考えたようだ。まっすぐにリドニーの方を見つめている。しかしリドニーは若者達の視線などまったく気にも止めずに、お茶を飲んでいた。

 私は代わりにソフィア様に言った。


「私はアンネ様とお会いした事はありません。でも皆様に話を聞く限り、とても芯が強く、官吏になりたいと、非常にしっかり目的意識を持った方だと感じました。そんな方が自分のミスを苦に自殺すると思いますか?」


 ソフィア様は迷った後恐る恐る答えた。


「アンネは……大人しそうに見えるけど、私よりもずっと強い子だった。頑固で、強情で、こうと決めたら、最後まで譲らなかった。とても強い子だったよ」


 私はソフィア様の妹への愛を感じてせつなくなった。


「私も茶師として、殿下の下で仕事をして、自分の仕事に誇りを持っています。女が城勤めの仕事をするのは、とても強い意志がないとできない事だと思います。だから私はアンネ様に共感してしまうんです」


 私はそう言ってソフィア様を慰めた後、リドニー宰相の方を向いて言った。


「私が先日宰相にお聞きした話はここまでです。しかしお話を聞いて疑問を持ちました。それで少々調べさせていただきました」

「ほう……疑問か?」


 リドニー宰相は面白そうな目で私を見つめる。好々爺とした雰囲気は崩さず、しかしまったく油断を感じさせない。


「アンネ様も疑問に思ったはずです。なぜ反乱鎮圧に衛兵が派遣されたのか。私も軍隊に詳しくなかったので、この国の軍の組織と、あの反乱に派遣された兵の所属を調べさせていただきました」


 私はゆっくりとリドニー宰相に近づく。座っている宰相を見下ろすようにじっくりと眺め、空になったカップにお茶を注ぐ。本来和やかにくつろぐはずのお茶の時間が、まるで戦場のようにピリピリとした緊張感に包まれた。


「この国の兵士というのは2つの組織に別れているのですね。城を守る衛兵や都の治安を守る憲兵。これは皇帝陛下の直轄軍。そして帝国軍事面の最高責任者、将軍の管轄である帝国軍。あの反乱に派遣された兵士はすべて直轄軍に所属する兵士だけでした。何か帝国軍を動かせない理由があったのでしょうか?」


 私はできるだけ穏やかに言葉を紡いだ。微笑もたたえて、しかし一歩も引かずに宰相をじっと見つめ、どういう反応をするのか、しっかり観察した。

 するとリドニー宰相は愉快そうに笑いだした。


「いや……。ただの茶師とは思えぬ、鋭い観察力じゃな。少ない情報からその結論にたどり着いたのは、賞賛に値する。茶師など辞めて、わしの秘書でもやらぬか?」


 冗談まじりに宰相は茶化したが、私は微笑みつつも無言で宰相を見つめ返した。


「理由はお答えいただけないのでしょうか?」


 リドニー宰相は困ったように首をすくめてから、皇帝陛下の様子をうかがうように、視線を向けた。


「かまわぬ。もう終わった事だ。この場の者が聞いた所で、問題にはならぬだろう。話すが良い」


 リドニー宰相は「仰せのままに」と皇帝の言葉を受けて私に向き直った。


「おぬしの推測通り。あの時期帝国軍が動かせない事情があった。だから直轄軍の中から無理矢理兵をかき集めて、カンパニーヌ領に派遣したのじゃ。アンネという娘も同じ事に気がついた様じゃ。そしてその理由まで感づいた様じゃな」


 そこでリドニー宰相は、初めて余裕の笑みを消して、少しだけ寂しい目をした。


「アンネ・ティモシーといったか……。惜しい人材を無くしたと思う。生きていれば、良い官吏になったであろう。男であったなら、わしの後継者として育ててみたかった。……あの様な死に方をさせてしまったのは、わしとしても後悔している」


 影の皇帝とまで言われた宰相に、そこまで言わせたアンネの存在に、皆が驚きながら宰相を見つめた。


「遺書はなかった……という事になっていたな。しかし遺書はあったのだ。わし宛にな」

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