皇室茶会開幕
秋晴れの美しい空の下、城の一角にある花園に美しくテーブルセッティングが施されていた。周りには秋薔薇の木々が並ぶ。
室内ではなく外で野点にする。それもまた茶会の演出だった。もし雨だったら室内に変えなければ行けなかったが、晴れてよかった。
日よけの大きな傘も席の側にセッティング。茶道の野点のイメージで朱色の傘だ。テーブルクロスの濃紺と華やかな彩りの花やナプキンと合わさってとても華やかだ。
身分の低い者から着席する決まり。ソフィア様は一番に来て、緊張な表情で着席した。いつものマイペースでのんきな様子とうって変わって、何かに怯えるような様子だ。無理もない。明らかに他の招待客の中で格下なのだ。
「ソフィア様、ようこそお越し下さいました」
「マリア……」
今にも泣きそうな情けない表情で私を見上げる。そのソフィアの目には期待の気持ちがこもっていた。
「アンネの事で話があるんだよね。だから私も招かれた。私は全部受け止めるよ。だから教えて。あの子のすべてを」
緊張で震えるソフィア様の手をとって、私はできるだけ優しく声をかけた。
「ええ……。私はアンネ様の呪縛を解きます。皆に幸せになって欲しいのですよ。今日参加する全員に。もちろんソフィア様も」
ソフィア様を勇気づけてから、私は茶会の準備に戻った。その後参加者が少しづつ到着し、最後に皇帝夫妻が着席した。
「茶会を始めよ」
皇帝が威厳にみちた言葉で命じる。私は最大限の敬意を混めたお辞儀をして、茶会を始めた。この茶会の為に私を手伝う召使いも用意されていた。その人達とは事前にしっかり打ち合わせをしていたので、まったく動揺する事もなく、彼らは菓子を客に配り始めた。
それを横目にみつつ、私は最初の茶にとりかかる。とても緊張した。もちろん皇帝一族を招く茶会というのもあるが、入れるのがかなり特殊なお茶だからだ。
大きめのボールの口に、少しだけ注ぎ口がついている。そこにスプーンで粉末の茶をすくっていれる。ボールにお湯をそそいで、金属の泡立て器のような道具でかき混ぜる。
その動作一つ一つを完璧に美しく。それはまるで日本の茶道を思わせる所作だった。
抹茶。この世界にも粉の茶にお湯を入れて混ぜ合わせる、茶道のような茶の文化が「あった」。過去形に近い。粉茶が流行っていたのは100年以上も昔の事で、廃れてしまった文化だった。ただ建国から数百年というこの帝国の皇族は、古いしきたりや文化を継承する象徴であった。
今や廃れた粉茶の文化も、皇室家では伝統行事の際に、淹れられることもある由緒正しき淹れ方なのだ。
だから参加者の誰も粉茶を入れる事を不審に思わなかった。
「まあ……これは美しいですわ」
皇后が小さく驚いて瞳を輝かせた。配られた菓子は季節の薔薇や紅葉の葉をかたどった砂糖菓子。原材料はほとんど砂糖だから、味にひねりはない。
その分見た目に華やかで美しい形を作ってもらうように、菓子職人と打ち合わせて今日作り上げてきたのだ。
私も茶道の知識はあまりない。精々文化祭で茶道部が出店でだした抹茶を飲んだ程度だ。その時抹茶と一緒に出されたのが干菓子だ。
干菓子は落雁とか、砂糖のかたまりのようなお菓子が多い。小さく、しかし季節にあわせて様々なバリエーションにとんだ美しい菓子。高校生の私も感動したからよく覚えている。
この国の菓子は焼き菓子を中心に見た目が地味なものが多い。だからこういう目で楽しむ菓子は珍しいだろう。
「先に菓子をお召し上がりください。手で直に菓子を取ってどうぞ。すぐにお茶もお配りします」
私は混ぜた茶をティーカップに注ぎながら言った。抹茶をティーカップに注ぐのは妙な気分だったが、これがこの国の文化だとリーリア様に教わった。
みんな恐る恐る菓子を口にする。見た目の派手さとは正反対の素朴な砂糖の味が広がる。菓子の材料はほとんど砂糖だ。その分できるだけ上質の物を選んで、固め方もこだわった。固いのに口の中ですっと解けて、嫌みのない甘さが口に残る。
そこに私は皇帝から順番に、抹茶の入ったお茶を配る。
初めに抹茶に口をつけた皇帝は深く頷いて言った。
「なるほど……。初めに口にした菓子の甘さを、茶の渋みが洗い流してくれる。そして後に茶の旨味を感じる余韻を残すのだな。菓子は茶を引き立てるもの。見た目だけでなく味も計算されてるのだな。面白い」
菓子だけなら物足りないかもしれないが、茶を引き立てるため、それだけの為ならベストの組み合わせだ。それに茶会ではこれからどんどん菓子や軽食がでてくる。初めの前菜としては、これくらい軽い方がいいと思ったのだ。
他の招待客も次々に驚きつつも、面白い趣向に喜びの声を上げる。最初の掴みは成功したようだ。
「面白いな。これは次に何がでて来るのか楽しみだ」
控えめに注いだ抹茶を飲みきって皇帝はそう言った。
ここからが本番だ。次はかなりの冒険だからどんな反応か、怖くてドキドキする。私は次の一杯の用意を始めると、漂う香りに驚きの声を上げる。
ラウルは震えた声で言った。
「マリア……。これは茶ではない。お前は私達を馬鹿にしてるのか?」
私がティーカップに注ぐ飲み物を見つつそう言った。黒い液体がカップに注がれる。苦みの利いた香ばしい香りが立ち上る。
「殿下。馬鹿になどしてません。これが今日の茶会の趣旨にふさわしい一杯なのですよ」
私がそう言って配ったのは、珈琲だった。




