表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/124

お茶の時間〜幕間〜2

 花茶をゆっくりと飲むラルゴを観察していた。相変わらず顔色が悪くて、やつれているという感じだ。先ほどの恐ろしげな雰囲気がだいぶ和らいできたが、どこか苦しげで悲しげに見えた。


「その税収の件は何かアンネさんに関係があるのですか?」

「ああ……とても重要な話だ。アンネの命をかけたな」


「命を……? しかしあれは……」

「聞いていた話と違うか? ソフィアはなんと言っていた?」


 すぱっと聞かれて、答えづらくて口を閉じる。このすれ違いがジェラルドとソフィアとラルゴの間に横たわり、互いの関係をぎくしゃくさせているのがわかってきた。

 私はためらいつつ言った。


「死因は……自殺と聞いてます。理由は……殿下の腹心だったアランという男に、暴行を受けたのを苦にしてと……」


 私がそういうと、ラルゴは重いため息をついて、ぼそりと呟いた。


「やっぱりそうか……だが違うんだ……」

「違う? 自殺ではないと? それとも暴行を受けたというのが違うのでしょうか?」


 ラルゴは苦々しく顔をしかめて言った。


「いや、あれは自殺だった。窓の外から飛び降りたんだ。遺書も見つかった。『私には耐えきれない世界にさよなら。ごめんなさい』だったよ。落ちる所をたまたまジェラルドが見かけて、魔法で救おうとしたが、わずかの所で間に合わなかった。目の前でアンネが死ぬ所を見たジェラルドは……哀れだと思う」


 私はその話を呆然と聞いていた。ソフィア様からは自殺したとしか聞いていない。ジェラルドがその自殺現場を目撃していたなんて……。

 今まで聞いてきた話だけでもわかる。ジェラルドにとって、アンネがどんな存在だったか。そんな人を目の前で亡くすなんて……。


「そんな……そんな悲しい事って……。それじゃあジェラルドがあまりにも可哀想すぎます……」

「そうだな。だからアイツは狂った。狂って、アンネを苦しめた人間を捜し出した。アランがアンネを暴行したから自殺した。そう思い込んだジェラルドは、そのありあまる魔法の力の限りを混めて、アランを殺した。人を殺したのだ。アイツは」


 人殺し……その言葉の意味をやっと理解した。愛する物を奪われた憎しみから、人殺しに堕ちていったジェラルド……。想像しただけで胸が苦しくて、涙がこぼれそうだ。


「でもそれは間違いだったのですか? 暴行はなかったのでしょうか?」

「いや。確かにアランはアンネを暴行した。アンネが襲われた後、最初に発見したのは俺だった。暴行の話も俺がもみ消してたのにどこから嗅ぎ付けてきたのか……」


「もみ消してってどうして……!」

「アンネがそう望んだからだ。女として、そんな噂が立つのは耐えられないだろう」


 それはその通りだと思った。アンネはまだうら若い少女で、同じ職場の人間に襲われたなんて話が出回ったら、そんな場所で働けなくなるだろう。


「アンネは言ったよ。『こんな卑劣な手段で、私の夢を潰そうとするなんて許せない。どれほど屈辱を受けても、自分は立派な官吏になる』とね。ぼろぼろの服をまとって、青あざだらけの体で、足の間から血を垂れ流しながら……。それでも気丈に言ったんだ」


 会った事の無いアンネという女性に、私はとても敬服した。私も仕事人間だから、どんな事をされても仕事を続けたいと思う。でもそんな酷い目にあった直後に、そんな強い言葉を言えるだろうか?


「アランもわざと服で隠れる所にしか暴行をしなかった。だからアンネは翌日もいつも通りに、何事も無かったように仕事をしていた。それをアランが悔しがって見ていたのを知っている。俺は裏でこっそりこれ以上アンネに何かしたら、一族郎党根絶やしにすると脅しもしたな……本当は知っていたから。誰もいない所で声を押し殺して泣いていたアンネの事を」


 悔しそうに話すラルゴの表情から、アンネがラルゴにとっても大切な存在な事が十分伝わってきた。愛する女性の妹なら、それは大切な存在なのだろう。本当の妹のように思っていたかもしれない。


「では……暴行が原因ではないなら、なぜアンネ様は自殺したのでしょうか?」


「それは……」


 ラルゴが口を開きかけた時に、苦悶の表情を浮かべて腹を押さえた。持っていたカップは落下して床に当たってくだける。


「殿下!」


 私は慌てて立ち上がって、ラルゴの横に行った。今までも顔色が悪かったが、脂汗がにじみ出て紙のように白くなった顔色は最悪だった。


「医師を呼んできます……」


 立ち上がりかけた私の手を、ラルゴは掴んで離さなかった。


「医師はダメだ。この事は誰にも言うな!」


 鬼気迫る顔で睨みつけてラルゴはうなった。


「なぜ……理由をきかせてください。」


 ラルゴはしばらく苦しげにうめいた後、こう呟いた。

 

「健康問題を抱えた皇子は、皇帝にふさわしくない。そう周りから思われるからだ。俺は……皇帝になるんだ。こんな事で負けたくない」


 ラルゴの皇帝への並々ならぬ執着に、鳥肌が立つほどぞっとした。いつも具合が悪そうで、こんなに苦しそうで、もしかしたら死に繋がるような重病かもしれないのに、こうやって医師の診断を拒み続けるのは……そこまでしてなぜ皇帝になろうとしているのか。

 ラルゴは少しだけ表情を和らげて、よろよろと立ち上がった。


「今日はここまでだ。俺は寝る。それと……アンネの自殺の理由だが……リドニーに聞くのが一番良いと思うぞ。アイツがアンネの心を折ったのだから。だから俺はアイツが嫌いだ」


 そう言いおいてラルゴは部屋を出て行った。私は後片付けをしながら、今の話を振り返っていた。暴行を受けても気丈に仕事を続けたアンネが、なぜ自殺をしたのか……。それをあの宰相に聞けというのか。あの底の知れない恐ろしげな男に……。


「……つっっ!」


 ぼんやりと考え事をしながら、割れたカップの破片を拾っていたら、指を切ってしまった。指先からこぼれ落ちる血を見つめて想像した。

 ジェラルドが愛した少女は、きっと地面に赤い花を咲かせたのだろう。それを見た時のジェラルドはどんな想いだったのかと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ