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お茶の時間〜追想〜7

「アンネ……例のカンパニーヌ領の救済措置の件だが、リドニーがお前に話があるそうだ。今度ここに来るから話すといい」

「リドニー宰相様とですか」


 アンネの表情は戸惑いと不安で彩られていた。無理もない。この国の影の皇帝と言われ、官吏達のトップにいる、アンネにとって雲の上の存在だ。

 それが一官吏であるアンネに何の用事があるのか、不安にもなるだろう。ラルゴはできるだけ優しく言った。


「大丈夫だ。俺も同席するし、別に何も怖い事なんてないさ」


 アンネは少しだけ表情を和らげ、しっかりとしたまなざしで言った。


「かしこまりました。宰相様が私なんかに会いに来てくださるのですから、精一杯出来る事はします」


 アンネが決意を込めて仕事を始める姿を微笑ましく見守った。ラルゴにとって恋人の妹という事を抜きにしても、やはりアンネは妹のような存在だった。

 子供の頃から一緒に過ごしてきた4人は兄妹で、一番頑張りやで勉強もできて、優等生だけど人見知りで、でも強い心を持った彼女を、妹のように愛おしく思っていた。


 その時ふと、入り口の方に異変を感じて、ゆっくりと音も立てずに扉に近づき、一気に開けた。扉の向こうから勢い良く倒れ込んで来たのは、衛兵達の集団。

 勢い良く倒れる音に、アンネがびっくりして振り返った。


「お前達……何をしてるんだ?」


 ラルゴに見下ろされて、気まずそうに立ち上がりながら、衛兵達は言った。


「す、すみません皇太子殿下。その……こいつらが、アンネ様の様子をみたいって聞かなくて……」


 ロイスという名の衛兵が代表して答えた。アンネは自分の名が出た事に驚きつつ目を瞬かせて彼らを見つめていた。ラルゴはだいたいの事情を察して、アンネに説明した。


「ああ……。城の中とはいえ、女が夜遅くまで仕事をしているのは危険だからな。この者達にアンネの警備を頼んでおいた」


 アンネが同僚の酷い嫌がらせで深く傷ついたのを知っていたから、アンネの身の安全を守るためでもある。ただ一人の女性を守る為にとだけ言ったのだが、案外衛兵達が乗り気だったので助かった。


「わ、私のためにですか?……そんな、皆様お忙しいでしょうに」


 戸惑うアンネの姿を、衛兵達はにまにまと締まりのない表情で見ていた。


「いや……俺たちアンネ様のファンだから、全然平気っす」

「そうそう、こんなに可愛らしくて、まだお若いのに、とてもお仕事を頑張ってて、凄いなって」

「それに可愛いし、見てるだけで幸せ……あべし!」


 余計な一言を言った奴には、ロイスからのげんこつが降りた。ロイスはできるだけアンネを怖がらせないように、優しく言葉を紡いだ。


「アンネ様は俺たちが守ります。だからアンネ様はご自分のお仕事に集中してください。俺たちは貴方を応援します」


 ロイスの言葉にアンネは驚いたように目を見開いた後、花のように愛らしい笑顔を浮かべた。


「ありがとう……。嬉しいです」


 アンネの笑顔とその言葉を聞いただけで、男達は歓声をあげた。アンネが心から笑う姿を久しぶりに見た気がして、ラルゴもまた嬉しくなった。


「もういいだろう。そろそろ自分の持ち場に戻れ」


 ロイスが仕切って他の衛兵達を追い出した。ロイスは一番長くラルゴ達の側で護衛してきた、衛兵達のまとめ役のような存在だ。

 ロイスは最後に振り向いてアンネに言った。


「色々言う人がいるのは知ってます。でも俺たちみたいに、アンネ様を応援している奴らもいますから、頑張ってください」


 ロイスはそれだけ言って一礼し、扉を閉じた。アンネは扉が閉まった後も、ぼうっとそのまま扉を見ていた。


「どうした? アンネ。驚いて声もでないか?」


 アンネは首を横に振って言った。


「驚きました。でも……とても、とても嬉しいんです。私……ずっと一人だと思ってたから。応援してくれる人達がいるんだってわかったら、嬉しくて」


 ラルゴは大きくため息をついて言った。


「俺もジェラルドもアンネの事を応援してるんだがな……」


 アンネは焦ったように慌てて言った。


「いえ、もちろん殿下達が応援してくださるのは知ってます。でもそれは昔なじみだから、ひいき目があると思って。でもそんな事抜きにして、自分の仕事を認めてくれる人がいるのが嬉しくて」

「そうか……よかったな」


 アンネは嬉しそうに微笑んで仕事に戻って行った。その後衛兵達の交代時に、アンネが一言ねぎらう姿を見かけた。衛兵達は皆嬉しそうにアンネの言葉を聞いて、アンネも彼らに励まされて嬉しそうだった。

 今まで一生懸命すぎて、肩肘をはっていたアンネの表情が次第に柔らかくなって行くのがわかり、ラルゴはその変化を嬉しく思っていた。



 そんなある日、ついにリドニーがやってきた。アンネは緊張した表情でリドニーと向かい合った。一見好々爺風にみえて、その実非常にプレッシャーを感じる男だ。俺はアンネが心配で隣に座りつつその様子を見守った。


「カンパニーヌ領の件でしたな。これが領地を視察した調査結果じゃ。それを見て意見が欲しい」


 アンネは資料を一生懸命読み込み答えた。


「やはり領民の暮らしは厳しいのですね。これは何らかの救済措置が必要だと思います」


 アンネがそう言うと、リドニーは鋭い目でアンネを見て言った。


「本当にそう思うのか? アンネと言ったか? 今回は特別にお前の判断にすべてを任せる。皇太子殿下の推薦もあるしな。お前の判断一つでこのカンパニーヌも、この国も、すべてが決まるのだぞ」


「リドニー様。なぜそのような重要な事を私に判断させるのですか?」


 リドニーは目を細めて楽しそうに笑った。


「特例の女官吏。色々と言う者も多いだろう。色々と経験を積み、実績を重ね、自らの力で周りの嫉妬をねじ伏せて官吏を続ける。それぐらいの意気込みは欲しい者じゃ。今回の事もその経験と考えて貰えばいい」


 リドニーの言葉をかみしめて、再度アンネは資料を確認する。そして決意を込めて言った。


「カンパニーヌ領には、今後3年間の税の免除、及び食料支援が妥当だと思います」


 リドニーはその言葉を、微笑を持って答えた。


「よかろう。お前の言う通りの処置を行う。我が名にかけてな」

「ありがとうございます。リドニー様」


 リドニーを前にして、堂々と自分の意見を口にするアンネを誇らしく思いつつ、リドニーの思惑がどこにあるのか、ラルゴは不安だった。

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