ゆる皇子VS狸爺
ジェラルドはのんびり庭を散歩していた。公務を手伝う気もなく、ぷらぷらとしている。そういう姿が使用人に馬鹿にされているのは知っていたが、全く気にならなかった。
こうして自分の自由な時間を満喫できる方がずっと楽しい。
そう思いながら庭を歩いていると、遠くに東屋が見えた。そこにはマリアと一人の老人が座っている。それを見た瞬間思わず駆け出した。
「マリア!」
慌ててマリアの名を呼ぶと、青ざめた彼女は震えていた。慌ててマリアを引き寄せると背中に隠した。
「ジェラルド……」
後ろに立つマリアは震えており、何か恐ろしい事を言われたのは、想像がついた。
「リドニー宰相どういうつもりだ?」
リドニー宰相という言葉を聞いた時、マリアは大きく驚いて、とても動揺しているのがわかった。おそらく誰かも知らなくて話をしていたのだろう。
「マリア。帰って良いよ。ここは僕が話をつけるから」
できるだけ優しくそう言うと、マリアは無言で頷いて、そっとその場から立ち去った。それを確認してからリドニーを見る。リドニーから穏やかな笑みは姿を消し、鋭い目つきでジェラルドを見ていた。
「マリアに何を言った」
「殿下……お久しぶりですね。お会いしたかったのですが、ことごとく避けられてましたから。帝都に戻ってからも、何もせずにぶらぶらしていたのに、マリア・オズウェルドの事になると、そうムキになって突っかかってくるとは……」
「何を言ったと聞いてるんだ」
「ラルゴ殿下よりも、ジェラルド殿下の方が皇帝にふさわしいと」
ジェラルドは鋭くリドニーを睨みつけ、低い声で脅すように言った。
「まだそんな事を言っていたのか。今の僕を皇帝にしようなんて考えるやつがまだいたとはな。狂皇子なんてあだ名される、ぼんくら皇子の僕に……」
「いつまで道化を演じてる気ですか。本気になれば誰もが貴方に付き従うのに」
道化を演じている……。そう言われて一瞬たじろく。それは半分間違っていて、半分真実が含まれている。
「買いかぶり過ぎだ。昔からお前はそうだったな。ラルゴの何が不満だというのだ。真面目に公務をこなしていると聞いてるが」
「ええ……ラルゴ殿下はお父上に似て、真面目でいらっしゃる。努力を重ねてまずまずの結果を出している。しかし、それまでなのですよ。努力してまずまずの及第点にしかならない。でも貴方なら簡単にラルゴ殿下を超えられる。貴方には非凡な才能があるのです」
「才能なんてない。それに僕はやる気もない」
「昔はラルゴ殿下と競い合っていましたのにね。何事に置いてもラルゴ殿下の上を行き、誰もが神童ともてはやす……」
「辞めろ。もう今の僕は……抜け殻だ」
「怖いのですか? 兄を蹴落として、その座につくのが。無用な争いが起こるのが」
リドニーの鋭い言葉に、ジェラルドは動揺したかのように小刻みに震える。
「確かに以前は、ラルゴ殿下派とジェラルド殿下派に別れて、貴族達の派閥争いが起きてましたね。それを見てから貴方は道化を演じ始めた。その上あんな不祥事まで起こした……。それでいいのですか? 今のままで。汚名をそそがないで」
ジェラルドはどこか投げやりな声で言った。
「いいんだ。兄上が皇帝になり、平和に国を維持するなら。父親似というなら、父上と同じく名君になるだろう」
そこでリドニーは皮肉気に笑った。
「名君ね……私の操り人形がねぇ……」
「皇帝陛下を愚弄するのか。いくらお前でも……」
「事実です。社交と外交にかけてはそつなくこなしていますが、実務に関しては、全権を私に委譲して、ただのお飾りになっている。それでこの国が回っているのですよ。貴方もその事はよくご存知でしょう。だからこそラルゴ殿下ではなく、貴方なのです」
「何が言いたい」
リドニーは苦笑いを浮かべながら、教え子に諭すように言った。
「私ももう年です。いつまでも私がいるわけではありません。私がいなくなって、ただ真面目で誠実なだけの皇帝に、国家の舵取りができるとお思いですか? 実力を持った本物の名君が必要なのですよ。貴方にはそれだけの器量がある」
「言いたい事はそれだけか? お前がなんと言おうと、僕は皇帝になんてなる気はない」
「マリア・オズウェルドが、貴方を皇帝にする事を望んだとしてもですか?」
ジェラルドはいっそう鋭い目つきでリドニーを見て、低い声でうなった。
「マリアを人質に僕を脅す気か!」
「人聞きの悪い事を……。貴方を説得してくれるように、お願いするだけですよ。貴方は彼女をことのほか贔屓にする様ですからね」
「マリアに金輪際つきまとうな。さもないと、二度と僕を皇帝にしようと考えないような不祥事をまた繰り返すぞ」
「脅しているつもりですか? その程度の事は私がもみ消します。あの時のようにね。私にはそれが出来るほどの権力があるのですよ」
ジェラルドはリドニーをにらみつつもそれ以上言葉が出てこなかった。それはリドニーなら何でも出来てしまう事を知っていたからだ。
この男には勝てない。そう認めて無言でその場を去る事で反抗した。
「僕は反抗期の子供か……。その程度にしか思われてないんだろうな……」
独り言を呟いて、暗い表情で自室へと戻っていった。




