見るからに怪しい老人に、お茶を誘われました
暇だ……。
今日はラルゴは昼食会に出かけている。お酒を飲む席であり、茶は出ないそうなので、私はついていく必要はない。夕方に帰ってくるらしいが、いつもの昼のお茶と午後のお茶がない。
だから暇だった。この時間を何に使おうか。
お茶の勉強をしても良かったのだけど、せっかく城にいるのだからと、ふらふら見物をしていた。
いつもラルゴの部屋の近くしか歩いてないので、迷いそうになるほど城は広かった。城の裏側に出ると庭が広がっていて、花が綺麗に手入れされていて、思わず見とれる。
ティモシー家の庭も綺麗だったけど、あそこは植物見本のような庭だったので、美しさを求める物とはちょっと違っていた。
ふらふらと歩いていると、洋風な東屋みたいな物があって、そこに一人の老人がいた。長いあごひげをはやし、ひょうひょうとした雰囲気のする、不思議な人物だった。
石で作られたテーブルにはお茶の道具が並んでいる。
ふと目が合うとにっこり笑って言った。
「お嬢さん。よかったら、お茶でもしていきませんか?」
いきなり見知らぬ人にお茶を誘われて戸惑った。笑っているが、なんだか有無を言わせない感じがして、怖くて逃げ出したくなる。
しかし服装は上等そうだし、城の庭で自由にお茶が出来るという事は、それなりに身分のある方なのだろう。断りにくかった。
「……いただきます」
老人の向かい側に座ると、嬉しそうにお茶を入れてくれた。
「ありがとうございます」
カップを受け取ってお茶を一口飲む。すると控えめな香りとともに、心地よい渋みとうまみを感じた。
一口に緑茶といっても作り方で色々違う。
中国では釜炒りが主流で、日本では深蒸しが主流だ。釜炒りは高温で淹れて、華やかな香りを楽しむもの。深蒸しは低音で淹れてうまみという独特な味を楽しむもの。
製法の違いで、ずいぶん味が変わる。
そしてこの世界では釜炒りが主流だった。それがこのお茶は深蒸しの味わいだったのだ。
私が驚き戸惑っていると、老人はいたずらが成功したかのように、楽しそうにニコニコしている。
「驚きましたか?」
「ええ……。このお茶は……」
「東方のとある小さな島国で作られたものですよ。あまり市場にはでまわらないのですがの。わしはこの独特の味が好きなのでな」
親しみのある日本茶に似たお茶。それを飲んで懐かしいような気分になり、ほっとした。
「美味しいです」
「それはよかった」
ニコニコしながらお茶を飲んでいるが、そんな遠くの珍しいお茶を、惜しげもなく初対面の私に飲ませたのだろうか。
「なぜ私をお茶に誘ったのですか?」
「噂の茶師殿とお話をしてみたかったからですな」
会った事はないけれど、私の事を知っていたのか。まあ社交界で噂になってるし、城で働くようになったから、どこかで見かけたのかもしれない。
ニコニコと微笑む姿に、邪気は感じられなかった。ただ好奇心で声をかけただけかもしれない。
「ラルゴ殿下の茶師をしているとか。殿下はどんな方ですかな」
すぐに返事が出てこなくて、考えてしまった。働く前はジェラルドに敵意むき出しの怖い男だったが、ここで働き始めてその見方は変わった。
ジェラルドに絡まない事では、穏やかであり、人が良さそうにも見える。昔の話を聞いてると、真面目で微笑ましい一面もあって、根は真面目でまっすぐな人かもしれないと思った。
「真面目で、努力家で、お優しい方です」
さすがに自分の主人の悪口を言う訳にもいかないし、控えめに褒め言葉を並べた。ラルゴの一面を切り取れば、確かに言葉通りだった。
「ではジェラルド殿下の事は? ラルゴ殿下に仕える前は親しかったのでしょう?」
これはラルゴについてより、もっと答えにくい質問だった。だらだら何もせずにヒモでした、とはいえない。ジェラルドの褒め言葉を探そうとして悩む。
「たぐいまれなき才能をおもちの方だと思います」
嘘は言ってない。普通は使えない魔法ができるし、学院でも優秀だという噂だったし。ダンスもうまくて、何でも器用にこなす。
私の言葉を聞いて、老人は笑い声を上げた。
「嘘がつけない正直な方だ。それでは二人のどちらが、皇帝にふさわしいと思うかな?」
「……それは、当然皇太子殿下が皇帝になられるのでは……」
「現在の皇太子は確かにラルゴ殿下ですの。しかし才能という点ではどうですかな。真面目、努力家、優しい……どれも良い事ですが、皇帝に必要な条件ではないですな。むしろカリスマとも言うべき、飛び抜けた才能を持っている人がふさわしい」
私はその言葉に声を失った。現在の皇太子はラルゴなのだ。それをふさわしくないと否定し、ジェラルドを賛美する発言。これは問題ではないだろうか?
「そのような恐れ多い事は……」
「あの事件で国外に追放されるまでは、皇太子にはジェラルド殿下の方がふさわしいと言う人間は多かったのですよ。長子である事より、有能さで皇帝に選ばれるべきだとわしは思いますな。国に取って必要なのは、国を正しく導ける才能ですからの」
あの事件……。それを聞いて眉をしかめる。それこそ幼なじみ4人にとって、大きな確執を生む事件だった。それを解決したくて、私は今ここにいる。
「貴方はジェラルド殿下に特別に気に入られている。あの方にはそういう方は少ない。貴方の言葉なら従うのでは? 皇帝になる方が良いと進言なされば……」
何をそそのかしてるのだこの人は。底辺貴族の娘でしかない私に、この国を左右するような事ができるはずがない。そもそも皇太子はラルゴと決まっているのに、それを覆すのは、謀反ではないだろうか?
私は恐ろしくなって、これ以上言葉を出す事が出来なくなった。先ほどまで穏やかに笑っていた老人は、微笑みながら鋭い目で私を見ていた。




