お茶の時間〜追想〜2
「では帝国歴237年に起きた帝国にとって一番重要な事件と言えば? ソフィア」
「まったくわかりません」
えへんと威張るようにソフィアが即答すると、教師であるソフィア達の父ハンスは、持っていた書物の角で軽くソフィアの頭を叩いた。
「威張るな。お前は好き嫌いが極端すぎる。数学や力学ばかり出来ても、他の事が基礎知識もわからないようでは、どうしようもないぞ」
「はいわかりました」
返事だけは良い物の、まったく反省したそぶりが無い。ハンスはため息を突きつつ振り向いた。
「それではラルゴ殿下はおわかりになりますか?」
ラルゴは慌てて、思い出そうと一生懸命考え、口ごもる。
「ええっと……237年……。税制改革でしょうか」
「それも237年です。その後の税制を大きく変えるという意味では大きな変化ですが、一番重要はまた別にあります」
ラルゴは少しうなだれてため息をつく。ジェラルドは当てて欲しそうに、じっとハンスを見ていた。
「ではジェラルド殿下おわかりになりますか?」
「はいテリラの内乱です。この内乱に隣国ユーノスが加担して、翌年の両国の戦争へと繋がります」
「正解です。それではユーノスが、戦争を仕掛けて来た理由はわかりますか?」
ジェラルドが答えを考えようと長く沈黙している間に、アンネの手がすっと上がる。
「アンネ答えは?」
「ユーノスと我が国ガイナディアとの国境アルカナ山脈を巡る争いです。アルカナ山脈には貴重な鉱物資源がありますし、その近くの平野には肥沃な土地があり、生産率の高い収穫が見込めます。またユルグ川にも近く、この中州に砦を築けば重要な軍事拠点を手に入れる事になります。それにその当時ガイナディアは財政危機により戦費を出す余裕がなく、大規模な軍事行動を行う事は難しい状態であったのです。そのため税制改革を行い、財政危機を乗り越えようとしましたが……」
「そこまで。それで十分です。アンネ。テリラの内乱が起こったきっかけは?」
「テリラ領主が長期にわたり、私的に税金を上げて着服していたため、民の生活は厳しく、また大規模開発事業による強制労働の重圧に耐えかねて、領民が反乱を起こしました。この際の武器や食料などは、ユーノスが支援したと言われています」
「よろしい。国の財政悪化、地方の悪政、これにユーノスが付け込む隙を与えてしまった。これからわかるように、中央政治も、地方政治もともに目を見張る必要がある訳です。ではその財政悪化の原因を詳しく説明しましょう……」
ハンスが説明をし始めると、ジェラルドが悔しそうにアンネを見た。しかしアンネは一生懸命ハンスの話を聞きつつ、書物をめくり確認していて、まったくジェラルドの視線に気づいていない。誰よりも頭がいいのに、それ以上を目指そうとし続ける向学心、それを彼女は持っていた。
ジェラルドは物覚えがよく、大抵の事を簡単にこなしてしまう分、努力する事を放棄してしまう癖がある。ジェラルドは自分より頭が良くても、熱心に努力し続けるアンネを尊敬していたし、そういう彼女の側にいる事が誇らしかった。彼女に負けまいと努力する気持ちが自然とわき上がった。
ラルゴもまた真面目で努力家であったが、ジェラルドよりも要領が悪く、ジェラルド以上に努力を重ねないととても追いつけなかった。弟にいつも負けてばかりが悔しくて必死に勉強した。
ソフィアだけがマイペースで、興味のある事以外にはまるでやる気を起こさなかった。ただし自分の得意分野では他の3人を圧倒した。
皇室の今までの教育方針は、皇子一人一人に教師をつける個人指導だった。しかしハンスは4人を同時に指導する事で、それぞれを競わせ、より高いレベルの教育を行おうとした。
そしてそれは成功し、ジェラルドとラルゴはめきめきと学力をつけるとともに、「努力と向上心」という最も大切な事を覚えた。
そしてアンネは女でありながら、二人の皇子以上の優秀さをみせた。ハンスは本気でアンネが男であったらと、惜しい気持ちを持っていたが、自分の娘を皇子達の向学心のために利用する事しか出来なかった。
高等教育が受けられる環境に、アンネは十分満足していた。しかし皇子達の近くで城を見て回るうちに、官吏として働く事に強い憧れもあった。将来ジェラルドとラルゴを助けて、供に国を動かしていけたらと夢見た事もある。でもそれは叶わぬ夢だと諦めてもいた。
そんな複雑な思いを抱えたアンネの姿を、いつもジェラルドは見守って応援していた。彼女の力になれる事はないかと考えて。




