お茶の時間〜追想〜1
ミルクと砂糖を入れた甘いお茶。それなら紅茶がよく合うだろう。ラルゴはお茶の時間は応接室で楽しむ。応接室に火鉢を用意し、お湯を沸かす所から準備する。
部屋に入って来た時、ラルゴは目を見張った。
「今から茶の準備をするのか?」
「いえ、紅茶は今までのお茶と違って、湧かしたての高温のお湯で淹れた方が美味しいんです。そろそろ湧きますので、淹れますね」
私が湧かしたてのお湯で紅茶に空気を含ませるように、高い位置からお湯を注ぎつつ回し淹れるのを、ラルゴは不思議な目で見ていた。しかもお湯を注ぎ終わってふたをした後、ティーコジーでカバーをしたのにも首をひねってる。
「これは何をしているのだ?」
「高温で抽出した方が美味しくなるので、ポットを保温しています」
ティーコジーもこの世界には無い物だった。紅茶は高温を保って抽出されなければいけない。またカップに注いで余ったお茶は、ポットの中に茶葉をそのままいれておいて、ポットにいれたまま保温して飲む。
一方緑茶は紅茶より低音で、なおかつ抽出時間が短い。そして一度にカップに全部注ぎきる。そしてまた飲みたくなったら、お湯を沸かして注いですぐに抽出され、何度かお湯を注いで楽しめる。
となると緑茶にはポットを保温する必要はないのだ。
このティーコジーも私が手作りした物だ。一応王宮で使うのに恥ずかしくないように、生地は上質な物を使い、レースなどを縫い付けて、おしゃれにしてみた。
「この前は淹れる所を見ていなかったが、こうして見ると色々な所で違う茶なのか。紅茶と言ったかな。これをお前一人で開発したんだな……。それに茶を入れてる時が一番楽しそうだ。本当に変わってるね」
ラルゴの口調はどこか楽しそうだった。それに気づいて、ちょっと手を止めてラルゴを見返してしまう。その視線にラルゴは気づいたのだろう。ぽつぽつと言った。
「ソフィアも昔から、夢中になって何かを発明するのが好きだった。女だてらに、工具を持って、汚れても、汗を流しても気にせず。でもそういう時のアイツは一番良い笑顔だったな」
昔を懐かしむように呟くその声は、少し寂しげで、少し懐かしそうで、でも少し嬉しそうだった。それだけソフィアの事を好きだったのだなと感じられた。
私は時間をおいた紅茶を注いで、ラルゴの前に置いた。ラルゴがゆっくりと香りを楽しんでから口を付けていった。
「上手い。上手いお茶の時間のついでに話す。どこから話せばいいのかな」
「4人の子供の頃の話から。ソフィア様からとても仲が良かったとお聞きしましたが」
「そうだな……無邪気な子供の頃から一緒だったからな……」
そう言いつつ昔を思い出すように、目を細めてぽつぽつと語り始めた。
ーーーーー
「待ってよ、ラルゴ! 私の発明した、この新式移動車に乗ってみてよ」
「嫌だ、ぜったい嫌だ。それただ単に、荷車に箱を乗せただけじゃないか。しかもなんで前に包丁がついてるんだよ。怖いよ」
「箱の中にクッションもつけたから、乗り心地もいいはずよ。それにこの車は包丁が武器になるんだから」
「なんで荷車が武器にならなきゃ行けないんだ。そこからしておかしいだろう。怖いからそれで近づいて来るな」
「乗ってくれるまで追いかけるわ」
改造荷車を引いてラルゴを追いかけるソフィア。それは子供の遊びのようにどこか楽しげだった。皇子と下級貴族の娘という身分差は、無邪気な子供達の間にはないようだ。
そんな二人を木の下で眺めながら、ジェラルドは隣に座って本を読む少女に話しかけた。
「アンネ。何を読んでるんだい」
「初心者向け経済学理論」
とても子供の読む物とは思えない本だったが、ジェラルドは驚く事無くそんな少女を愛おしく見ていた。本を熱心に読みながら、楽しそうに微笑んでいる少女は愛らしかった。
「アンネは勉強熱心で凄いね」
「好きだから。でも意味が無いの……」
「意味が無いってどうして?」
「女が勉強しても官吏にもなれないし、学院の教員にもなれない。女子の家庭教師も高等学問は必要ないから。だから無意味」
そう言って寂しそうに本を閉じてしまった。落ち込む彼女をどう励ましていいのかジェラルドはわからず言葉につまる。
「ジェラルドはいいな……。男だし、皇子だし、将来きっとこういう勉強が役に立つもの」
「じゃあさ。アンネが僕に教えてよ。先生よりもアンネの言葉の方がずっとわかりやすいし」
ジェラルドの言葉に、アンネは目を輝かせた。
「じゃあ書庫に行こう。あそこならいっぱい本があるし、もう少し易しい本もあるから」
「いいけど……あれ放っておいて良いのかな?」
ラルゴとソフィアの追いかけっこはまだ続いていた。お互いだいぶ疲れて息が上がっている。
「お姉様、書庫で調べ物をしませんか? 新しい工作の研究をしましょう」
ソフィアは立ち止まって呼吸を整えながら答えた。
「そうだね。これは重いし、もう少し軽量化できないか調べてみる」
ラルゴもまた呼吸を整えながら言った。
「それならこの荷車、工作所に置いて来るよ。その後書庫に向かうから。その代わり今度工作している所見学してもいい?」
初めはきょとんとしていたソフィアだったが、華のような無邪気な笑顔を浮かべた。
「ありがとうラルゴ。でも見てるだけって退屈しない?」
「ううん。見てるだけで楽しいよ」
「じゃあお願いね」
そう言ってソフィアは荷車から手を離し、アンネ達の方に向かった。
そのソフィアの後ろ姿をラルゴはしばらく眺めていた。




