舞踏会2
「母上、離宮は涼しくて過ごし安かったのでしょう、お体の調子が戻られたのでは?」
「ええ、とても過ごしよくて気持ちよかったわ。帝都の夏は暑さが厳しいですものね。陛下が諸外国との外交を、最小限に止めてくださったおかげで、ゆっくり休めましたわ。ねえ陛下」
「そうだな。ここの所領土内各地の視察で、無理をさせすぎたからな。ここでゆっくり休ませたのだ。ラルゴも元気そうでなにより、それにジェラルドも戻って……」
「陛下、ラルゴは最近面白いお茶を見つけて来たとか。今度はもう少し内々で茶会を開きましょう」
「それは良いですね母上。準備はこちらでさせていただきます」
「……」
皇室一家と聞いて、もう少し緊張感のある感じを想像していたのだけど、思っていたよりアットホームな雰囲気だった。一人を除いて。
それが気になって、別の意味で私は緊張した。
主に皇后とラルゴが会話をし、それに皇帝も参加しているのだが、皇后とラルゴがまるでジェラルドがいないかのように、思い切り無視しているのだ。
皇帝は時々ジェラルドの方に、話を向けようとしているのだが、それを二人がことごとくつぶしている。
ジェラルドは仮面のように、うっすらとした微笑を作ったまま、沈黙し続けている。
気の抜けたへらっとした笑いではなく、とても緊張しているような感じで、私が話しかけたら崩れ落ちてしまいそうな危うさがあった。
「そろそろ噂の茶師にお茶を入れていただきましょう。淹れてちょうだい」
「はい、かしこまりました。陛下」
皇后に言われて、私はさっと淹れ始めた。準備はとっくに出来てるし、最高のタイミングでお茶を入れるだけ。ロンドヴェルムの紅茶を飲んでみたいと、リクエストを聞いていたので、細心の注意をはらう。
緑茶と紅茶では淹れる温度が違う。緑茶は60〜80℃でお茶によって温度が変わって来るが、紅茶は100℃近い高温がよい。本当は紅茶には空気を含んだ新鮮な水が良いのだが、ここでその水を手に入れるのは難しいので、仕方が無い。
「お熱くなっていますので、少し冷めてからお召し上がりください。熱いうちの方が香りが良いので、初めは香りを楽しまれるとよろしいかと」
「本当にルビーの様に赤いな。綺麗だ。珍しい物だ」
「今までのお茶の香りとは違う、独特の香りだ。でもその香りも良いですね父上」
「ねえ、これはミルクと砂糖を入れてよいのかしら?」
皇后に聞かれて私は迷った。本当は初めに何も淹れずに飲んで楽しんでもらいたいが、この国では砂糖や牛乳を淹れるのが一般的だ。この紅茶はミルクにも合うし、淹れて飲んでも楽しめるだろう。だけど……。
「はい。淹れて飲んでも美味しいです。ただどれくらい淹れるかは、一口そのまま飲んでみて、考えられた方がいいと思います」
「そうね。まったく新しいお茶だもの。どれくらいミルクをいれていいのかわからないわ」
そう答えてからジェラルドの方をちらっと見る。ジェラルドは紅茶の香りを嗅いで、少し緊張がほぐれたのか、リラックスしているように見えた。
私の紅茶が少しでも、ジェラルドの助けになるのだったら嬉しい。
ちょうど飲み頃の温度に下がってから皆が紅茶に口を付ける。ジェラルド以外は初めて飲む味だ。三人とも驚いたように手をとめて、紅茶を凝視する。
「見た目だけでなく、味も大分違うのだな。だがこれはこれで美味しい」
「華やかな香りとコクがありますね。これはミルクにあうでしょう」
「そうね。わたくしにはちょっと渋いわ。ミルクとお砂糖を入れましょう。でもあまり淹れすぎない方がよさそうだわ」
皇后は少しだけミルクと砂糖を入れて飲んでいる。今度はにっこり笑って上機嫌だ。
「今はそのまま飲んで、美味しい濃さに淹れましたが、ミルクや砂糖に合わせるなら、もう少し濃いめにいれます」
「ミルクと砂糖を入れる飲み方なら、今までのお茶よりもずっと合いますよ。きっと帝都の皆の口に合うと思います母上」
その時初めてジェラルドが言葉を発した。しかし皇后ははちらりとジェラルドを見ただけで、返事はしなかった。
また三人は紅茶の味を楽しみ、その感想を言い合いながら、和やかなティータイムを過ごしていた。ジェラルドだけを置き去りにしたまま。
「さて」
ラルゴは紅茶を飲みきり、ゆっくりと立ち上がった。
「せっかくの舞踏会に、お茶を飲んでばかりいるのはもったいない。少し踊って来ます。父上、母上」
二人ともいってらっしゃいと、ラルゴを送り出す。
「マリア。私の相手を」
ラルゴはダンスの相手に私を指名した一瞬どきりとしたし、ジェラルドも思わず立ち上がって何かを言いけた。しかし私はジェラルドに手を向けて制止し、こっそりジェラルドだけに聞こえるようにいう。
「こんな人目のある所で何も出来ないわ」
私はゆっくりと淑女らしいお辞儀をして、ラルゴの方に歩みを進める。
「光栄です。殿下」
ラルゴの差し出す手をとって、舞踏会の中心へと進んだ。




