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 茶会場からだいぶ歩いて一つの部屋にたどり着いた。そこは広々とした部屋に上質な家具がしつらえられた応接間のような所だった。家具の善し悪しにそれほど詳しくない私の目から見ても、上品でありながらもかなり高級で趣味の良い物だというのがわかった。


「ここは……」

「私の応接室だ。部外者に邪魔されずにゆっくり話したくてね」


 そう言いながら皇太子は扉を閉めて鍵までかけた。


「なぜ鍵をかけるのですか?」

「言っただろう。邪魔されたくないって」


 にっこり笑ったままそう言う皇太子の笑顔がとても恐ろしい者に見えて、一瞬震えた。


「君はロンドヴェルムの茶を売りに来たと聞いている。私も買ってみたんだ。ロンドヴェルムのお茶をね。用意してあるから入れてみてくれないかな?」


 ティーセットや水に湯を沸かす器具までしっかり用意されて室内に置かれていた。


「わかりました」


 私はゆっくりと丁寧にお茶を淹れながら、皇太子の様子も注意深く観察した。この人は何がしたいのだろう。わざわざここまで連れてきて、閉じ込めて何の話があるというのだ。ほぼ初対面の私にはまったく心当たりがないのだが。


「どうぞ」


 カップを差し出すと、皇太子はゆっくりとまず色と香りを楽しみ、その後口をつけて味わいながら目を閉じた。


「美味しい……。侍女に入れさせるよりずっといいね。やはり産地の人間の方が上手いのか、それとも君の腕が良いのか」

「お褒めいただき光栄です」


「君も飲んだら」

「では遠慮無く」


 私も自分の分の紅茶を入れてゆっくり味わう。緊張した体に染み渡るようにお茶の温かさが広がっていく。思わず緊張に糸をほぐしそうになって、慌てて引き締めた。

 何も状況は変わっていない。油断して良い時じゃない。


「それで……闘茶の褒美についてだけど……。君を私の専属茶師にしたいんだ」

「専属茶師?」


 思わず聞き返してから、改めてその言葉の意味を考えた。アルブムにはそんな仕事もあるのだろうか?それとも王室の特別な役職なのだろうか?


「日常の私のお茶を淹れたり、今日みたいな茶会の用意をしたり、私の茶に関するすべてを君に任せよう。ロンドヴェルムのお茶を広めたければ宣伝してもかまわない。皇太子のお墨付きがつくのは君にとっても有利だと思うよ」


 蜜のように甘い話だ。確かに皇太子の名前を使ってお茶を売れれば、今まで以上に販売効果は高いだろう。しかし……すぐに飛びつけない不安要素があった。


「専属……ということですが、その場合殿下と関係の無いお茶会に参加して茶を振る舞ったりできるのでしょうか?」

「それは駄目だ。あくまで私の専属だからね。王宮に部屋も与えて、この城で寝泊まりして、ずっと私のためにだけ働いてもらう」


 さも当然といった風にそう言われて困ってしまった。それでは今までのようにリーリア様とお茶の研究をしたりもできないし、皇太子と関われないような下級の貴族にも売り込めなくなる。

 私はティーカップを置いて、ためらう事無く言った。


「その話お断りさせていただきます。私はもっと自由にお茶を売りたいので」


 そう答えると、皇太子は声をあげて笑ったかと思うと、立ち上がって私の隣まで来て座った。至近距離出見るその表情は、笑顔だというのにどこか凄みがあって恐ろしかった。


「何か勘違いをしているようだね。これは要請ではなく命令だよ。下級貴族の分際で私の言葉に逆らえると思っているのかな」


 そう言いながら私の顎に手を添えて私の顔をまっすぐに見つめる。笑っているようでいて目が笑っていない。どこか虚ろでぽっかりと心に穴が空いているようだった。

 皇太子……次期皇帝……この国の最高権力者に下級貴族の娘である私が逆らえるかといったら、それは無理な話なのだろう。もしこの人の機嫌を損ねたら、ロンドヴェルムの両親や民の事まで窮地に追いやるかもしれない。

 しかし同時に思う。権力を振りかざし、自分のやりたいように無理矢理強制する人間の命令に素直に従いたくはない。私は皇太子の視線からそらさずに答えた。


「命令であれば逆らう権利など私にはないのでしょうね……」


 そう答えると皇太子の目が嬉しそうに輝いた。しかしその次の瞬間私はキツく皇太子を睨んで続けた。


「でも殿下に形として従っても、心まで売り渡す気はありません。私の心は強制されて従うほど素直ではありませんので」


 その言葉がよほど気に入らなかったのか、今までの笑顔を消して恐ろしいほどの怒りの表情で私を睨み付けた。


「私に従えない……というのか? やはりおまえもジェラルドの方がいいというのか?」


 そう言ったかと思うと皇太子は私の両肩を力強い手で押して、そのままソファの上に押し倒した。

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