闘茶会
会場に一歩足を踏み出すと、突き刺さるような視線の数々に一瞬目眩がした。広いダンスホールのような会場には多くの貴族達が集まり、参加者が入場してくるのを待っていたようだ。その視線のすべてが私に向けられているような気がする。ひそひそと交わされる噂話が全部自分への批判に聞こえてくる。
重い足取りで俯きながら会場の中を進むと、甲高い咳払いが聞こえて思わず顔を上げた。遠くに悠然と微笑むリーリア様の姿が見えて、自然と頬が緩む。
緊張がほぐれると会場の観客達の好奇心は自分一人に向けられた物ではない事に気づく。私の次に入ってきた参加者にも好奇な視線は向けられている。
誰が勝つか……賭の対象なのだろう。誰もがギラギラとした視線で参加者達を見守るのは当然かもしれない。
参加者が全員集まると会場の中央の席についた。上座に当たる一番よい位置に玉座のように豪華にしつらえられた席が一つ。あそこに皇太子が来るのだろう。全員がそろったのを確認したかのように、最後に皇太子が部屋へ入室した。
初めて見かけた時は茶会で遠目に見ただけだった。茶会の準備で忙しくあまり見ている余裕はないが、大人しそうで地味な印象しかない。今日じっくりと見る機会だったが、最初の印象からそれほど大きく変わりは無かった。穏やかに微笑んで温厚そうな若き王子は、賭け事を好むような好戦的な人物にはとても見えなかった。
「これより闘茶会を始める」
皇太子の重々しい一言と共に、BGMのように楽師達が演奏を初め、会場は盛り上がってきた。会場の熱気を肌で感じつつ、自分の体が中心からなぜか対照的に冷めていくのを感じた。ずいぶん余裕に感じるが、もうここまで来たら開き直るしかないという気分になったのだと思う。
それは遠くから見守るリーリア様のような人がいてくれたからかもしれない。
「今回の闘茶は1回だけ、一つの茶を飲み、その産地を当てるという物だ」
王太子のその一言に会場が大きくどよめいた。私も意表を突かれて驚き、次に嫌な予感がして手のひらが汗ばんでくるのを感じる。
通常闘茶と言われる茶会では、何種ものお茶を何度も飲んで、その違いを比べたり、銘柄を当てたりする。多くのお茶を飲み分けるのに比べたった1回だけというのは一見簡単なように聞こえる。だがたった一つのお茶で勝敗を決めるのだ。それだけ複雑な物が出てくるのだろう。特に難易度の高い闘茶をするという噂の皇太子の茶会で、簡単な問題で終わるわけがない。
たった1回だからこそ、より難しい出題がされる。そう考えると血の気が引いてくる思いがした。
会場のざわめきが静まるのを待って、BGMが華やかな物に変わる。その音楽に続くように、ゆっくりと茶を入れた椀が運ばれてきた。
闘茶用に蓋を付けて、香りが逃げないようになっている椀が一つ一つ参加者の前に置かれていく。蓋をされてもなお、かすかに漏れる茶の香りに、今度こそ気を失うかと思うほどショックを受けた。しばらく呆然としていると、皇太子が鮮やかに微笑んでこう言った。
「たった1杯の茶だ。ゆっくり味わって欲しい」
大人しそうに見えるその笑顔が悪魔のように恐ろしく感じながら、私はゆっくりと慎重に蓋を開けた。たちどころに広がる華やかな香りに参加者一同、皆動揺の色を隠せない。
当然だ。本来自然のお茶にこんな甘い花のような香りはしない。茶の香りが花に例えられる事はあるが、ここまではっきりとした不自然な香りなどしない。まるで香水でも振りまいたようなキツい匂い。
私はそっと手にとって、すするように一口だけ口に含んだ。音を立ててすするのは下品だと言われるかもしれないが、空気と茶が混じって香りが広がり、よりお茶の香りをはっきりと味わう事ができるのだ。その後は口の中で転がすようにゆっくりと味わい最後に飲み込む。
一口飲んだだけではっきりとわかった。
「これは……フレーバーティー……」
フレーバーティーとはお茶に人工的に香り付けをしたお茶だ。紅茶ならアールグレー、中国茶ならジャスミンティーが有名だろうか。現代のフレーバーティーは工場で機械を使って香り付けされている物が多いが、ジャスミンティーやベトナムの蓮茶などはかなり古くから、人の手作業で香り付けされていた歴史があったから、これもそのようにして作られた物だろう。
香りの種類からして花の香りがとても強く、元の茶葉の香りは全く感じ取れなかった。しかし皇太子が言ったのは「産地を当てる」という事。
人工的な匂いはお茶の香りを殺すだけでなく、味を確かめるのにも非常に邪魔だった。
私達参加者の動揺を見て、嬉しそうに笑う皇太子の笑顔がとてもいやらしく感じられた。




