謎の招待状
リーリア様は目を見開いて何度も確認するように、招待状と私を見比べた。そしてしばらく考えた後小さくため息をつかれた。
「これは間違いなく、ラルゴ皇太子殿下からの闘茶の招待状ですわね」
「そうなんですか……。でもおかしいですよ。私、皇太子殿下とは面識もないし、闘茶なんて知らないし、なんで招かれるのでしょうか?」
リーリア様は目を細め優雅に首を傾げながらゆっくりと答えた。
「貴方の茶師としての評判を聞き及んで……としか考えられませんわね。……ところで貴方、闘茶を知らないの?」
「はいまったく。茶って書いてあるから、お茶に関係あるんだろうなって事ぐらいしか」
「闘茶というのはやり方は色々ありますが、お茶を飲み比べて銘柄を当てたりする遊びですわ。賭で行われることもありますわね」
賭け事……飲み比べ……闘茶……。そういえば日本の歴史上にもそんな遊びが流行った時代があった気がする。だがあいにく私は、日本史をそこまで詳しく知らない。
ただリーリア様の話では貴族の間で行われる遊びらしい。特にラルゴ殿下は闘茶を好まれ、非常に難易度の高い問題を出すことで有名らしい。なのでそれに招待されるのは、それにふさわしいくらいのお茶の知識や舌を持った貴族だけだそうだ。
「そんな所に私が呼ばれて……大丈夫でしょうか? 闘茶も初めての私が殿下の前で……」
「貴方には今まで世界各地のお茶を振る舞いましたわ。その個性や特徴を貴方は覚えたはず、貴方の確かな舌ならいい勝負ができる……と思うのだけど……」
「だけど?」
「ラルゴ殿下の闘茶は難しいと評判ですから……、わたくしも招かれたことがないので噂だけなのだけれど、非常に意地悪な出題だとか」
理由もわからずいきなりハイレベルなゲームを王族の前でやれって……私は絶望的な気分になった。藁にもすがる思いでリーリア様をじっと見つめて言う。
「リーリア様……一緒に来てくださいませんか?」
「参加者の招待で観客にはなれるけど、助けは何もできないですわよ。可愛そうだけど」
リーリア様は本当に同情の目で私を見ていた。
「……ですよね」
それでも会場に知り合いが誰もいないよりもマシかもしれない。
「闘茶の日までの間に、さらに徹底的に各地のお茶の飲み比べや、闘茶の作法を勉強して対策を練るしかないわね。マリア、招かれた以上最善を尽くしなさい」
ああ……リーリア様のやる気スイッチが入ってしまった。これはしばらく特訓だな。だけどそれぐらいしないとついて行けないかもしれない。
それからしばらく茶会やブレンドの研究も休んで、毎日のように闘茶の勉強をした。
いくつかのお茶を飲んでどこの産地か当てる効き茶のような形式もあれば、最初に何杯か試飲して、その後別のお茶も含めて何杯か飲み、最初に試飲したお茶がどれか当てる物もあったりする。
違いの分かりにくい物がわざと選ばれる事も考えて、似た傾向の産地を飲み比べてみたり。
そうやって闘茶自体の勉強をしつつ、ついでに王室関係の基礎知識も教わったりもした。あまりに私が王室について無知すぎて、呆れられたからだ。なにせ皇太子の名前すら、招待状が来るまで知らなかったくらいだ。無関心にもほどがある。
「ラルゴ皇太子殿下は、ジェラルド殿下の2歳年上で、大人しく穏やかな方ですわよ。ただ……時々その穏やかさが消える時があるのよね。特に闘茶だなんて賭け事に熱中してる時とか……」
以前参加した茶会で遠目から見た時には、ジェラルドとあまり似てないなと思った。ちょっと地味で、でも父親である皇帝陛下にそっくりの顔立ちだった。
「今回の闘茶に参加される皇族ってラルゴ殿下だけなのでしょうか?」
ひそかにジェラルドが来たりしないかな……と期待している自分がいる。
「皇帝殿下と妃殿下は離宮で他国からの賓客をもてなし中ですし、ジェラルド殿下はあまり茶会に顔を出されない上に、闘茶がお嫌いだからまず来ないと思いますわ。お茶を遊びで扱うのが嫌いならしいですの」
ジェラルドが来ないと聞いて小さく凹む自分に活を入れた。
「ただ……もしかしたらリドニー宰相がいらっしゃるかもしれないわね」
「リドニー宰相?」
私の問いにリーリア様は眉をひそめ、内緒話をするように扇で口元を隠しながら小さな声で囁いた。
「『影の皇帝』と綽名されるほどの、この国きっての実力者よ。皇帝の信頼も並々ならず、一手にこの国の政治を任され辣腕を振るう。その力は一貴族ながら皇族に匹敵するとまで言われているわ」
影の皇帝というダークな言葉に、なんとなく恐ろしい物を感じながら、どうかそんな怖い人が来ませんようにと願うのだった。




