攫われた街
見飽きるほど眺めていたはずの景色があの日を境に一変した。茶畑から海沿いを眺めると、港や低地の街は綺麗に無くなって、砂浜のようになだらかな低地に一変していた。
津波の被害を免れた比較的高地の建物も、地震による被害が大きく、無事とよべる場所は数少なかった。
「お嬢様……少し休憩されませんか?」
「キース……。ありがとう」
あの日キースはギリギリの所で、避難誘導しつつ高台に逃げ延びた。私やキースの呼びかけに応じて、住民が素直にしたがってくれたおかげで人的被害は最小限に抑えられたが、家も何もかも波に流された人々の生きる糧を作る事さえ困難だった。
父は避難民への助力や街の再建に忙しく、自分に出来る事は何かないのか……日々悩むのだった。
「私って無力ね。何もできない……」
「そんな事ありませんよ。毎日炊き出しの手伝いをして、茶を振る舞って下さるじゃないですか。お嬢様の茶を楽しみにしている人もいるんですよ」
何かしてないと落ち着かなくて、炊き出しの手伝いや、茶園に分けてもらったお茶を淹れて配っているが、本当に皆を助けるためにはどうしたらいいのだろう。
日本とは違う第二の故郷であるロンドヴェルムの事を私は愛し始めていた事に今更ながら気がついた。この街のため、人々のためになる事をしたい。
ロンドヴェルムには今何もかもが足りない。家も生活雑貨も家具も、建物や港の修復資材もたりない。つまりはお金がないのだ。災害支援という事で少しはアルブムから届いた物があったり、父が蓄えを放出したりもしているが、必要な物は膨大だ。
修復は港を中心に行われ、人々の支援が後回しになっている。一度父にその事を抗議したら冷たくあしらわれた。
「この街の一番の稼ぎである港湾設備が死んだままでは、支援金や蓄えがつきた時に住民が飢え死ぬのだ。今のうちに港だけでも再建して、補給港として多少でも稼げるようになっておかないとな」
そんな父の考えの元、街は港を中心に再建されて行った。早期に港が復興された事でなんとか商人達も立ち寄ってくれるようになったが、住民達の住処は後回しになり、テント暮らしのままで数ヶ月も過ごしている住人達も多かった。
「もう少しお金があれば……皆をどうにかしてあげられるのに……」
つい愚痴をこぼしてため息をついてしまう。そんな時よく見知った茶農園の主人がやってきた。
「姫様。よかったらこの茶をみんなに淹れてあげてください」
今年取れた新茶をどっさり持ってそう言った。
「よいの? こんなに一杯」
「元々このロンドヴェルムの人のために作られてた茶です。外の街にも売れないし、あの地震? とか言うののせいで買い手がなくてしょうがないもんですから。もったいないですしね」
そう言われてふと気づいた。茶農園のほとんどは標高の高い山の方に作られており、津波の被害はなく地震の被害も少なかった。そのため昨年並みの茶の生産量なのだが、買い手がいなくてどこも余らせてるらしい。
「これよ!」
私は思いついたら即行動とばかりに駆け出していた。父の執務室をノックもせずにあけて飛び込む。
「どうした? マリア。騒々しい」
「父様わたくしアルブムに行きます。今こそ茶を売る時です」
眉間にしわをよせて父はその言葉を否定した。
「バカな。以前にも言ったはずだ。お前は大切な跡継ぎだし、他の物に……」
「以前とは状況も変わりました。今すぐに茶を売って外貨を稼がなければロンドヴェルムがダメになるし、茶が売れなければ生産者も生きていけません。でも今のロンドヴェルムには茶を買う余裕のある人間はいない。ならば今こそ外に売って外貨を稼ぐのです。しかも今はロンドヴェルムの復興で忙しい。人出の余っている私がアルブムに行った方がいい」
今度は父もすぐには言い返せなかった。私の意見に少しは同意できる所があったのだろう。それでもしばらく悩んで首を横に振った。
「それでも……だめだ。アルブムに行かせる訳には……」
「そう簡単に売れるとは思えないけど、今から根回しのために動くのは良いんじゃないかな?」
突然私達の話に割って入ったのはジェラルドだった。いつの間にこの部屋にいたのだろう。
「ロンドヴェルムの茶がどれくらい売れるか解らないし、売りに行くにしても根回しや準備も必要だ。いずれ誰かに茶を売りに行かせようと、ロイド公も思っているのでしょう。今がその時では?」
ジェラルドの提案に押し黙る父。2人の視線が意味ありげに交錯する。
「わかった。とりあえずアルブムへの販売準備だけは先におこなう。輸送の手配など必要だからな。だがもしマリアがアルブムに行くなら一つだけ条件がある」
「条件?」
「ジェラルドも共に行く事」
そう言うとジェラルドが苦笑した。
「僕を利用しようとしたって無駄だよ。僕は何もしない」
「何もしなくていい。ただ一緒にいれば」
ジェラルドはやれやれと肩をすくめておどけてみせた。
「アルブムに行く所までは……その先は何もする気ないからね」
なんだか親しげに見える2人のやり取りに違和感を感じつつ、私はアルブム行きを目指して準備を進めるのだった。




