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エピローグ前編

 朝霧が薄れて、日が地上を照らし始めてる。そろそろ暑くなる時間だな……。茶畑をのんびり視察しながら、そんな事を思う。

 この地域の茶生産の環境作りのめども立ってきたし、そろそろ次の場所に行く準備をしないと。歩きながら思考は仕事モードで上の空。

 そんな時薄ぼんやりとした青空に、黒い点が浮んだ。あ……嫌な予感。

 黒い点は鳥の形をして、私の所へ飛んできた。黒曜石のような硬質な黒の翼に、ルビーの瞳。飾り細工の鳥が飛んでいる。……足首に手紙付きで。

 これは大昔の大魔術師が作り上げた、帝国でも1羽しかいない貴重な魔法具だ。どんな遠距離でも一日で飛んで行く為、最重要かつ迅速な連絡が必要な場合のみ、使用を許可されていた……以前は。


 大きな溜息をつきつつ、手紙を開くと、ソフィアの文字が踊ってた。


『マリア。そろそろ帰ってきて。ジェラルドが「マリアに会いに行くんだ!」って、仕事放り出して逃げそうなんだけど、今凄い重要な時期だから、いなくなられると困るんだよね』


 思わず眉間の皺を揉む。あのバカが……。ここをどこだと思ってる。アルブムから船で1ヶ月。往復で2ヶ月かかる。重要な公務を放り投げて2ヶ月も遊びに行く暴挙に出る気か。

 ジェラルドと手紙のやりとりは頻繁にしてるし「会いたいな……」って何度も言われてはいたが、いつもの事だし「仕事優先でいいよ」って言ってくれてるので甘えてた。で……その言葉に甘えて放置してると、たまに暴走するんだよね……ジェラルドは。それで慌てたソフィアから、こうしてヘルプの手紙が届く。……良くある事だ。

 仕方が無いと溜息をつき、私は素早く返信の手紙を書いて、黒曜石の鳥に結びつけた。明日には届くはず。1ヶ月で帰るから、待ってろとジェラルドに伝えてと書いた。




 私はその日のうちに素早く身支度を整え、仕事の手配をし、山盛りの手紙を抱え、船に飛び乗った。

 世界各地から、紅茶に関する質問や問い合わせの手紙がひっきりなしに届く。船の上でそれを全部読み、返事を書き、今後のスケジュールを考え……としてる間にあっという間に補給港につく。補給港につくと、また私宛の手紙が大量に届いてる。それを受け取り、交換に書いた手紙を渡す。そんな事を繰り返していたら、アルブムまでの1ヶ月もあっという間に過ぎて行った。

 アルブムへと近づいてくる頃に、やっと懐かしさがこみ上げてくる。前に来たのっていつだっけ? そんな事をぼんやり考えていたら、比喩ではなく、ヤツが風に乗って飛んできた。


「マリア! 会いたかった、会いたかった! 君にすっごく会いたかった」


 出会い頭に飛びついてハグ。ええい……うっとおしいとばかりに突き飛ばす。久しぶりにご主人様に会えて興奮してる犬か。……犬みたいな物かもしれない。目がキラキラ輝いてる。


「ジェラルドの馬鹿! 仕事放り出してきたんじゃないわよね」

「……マリアが今日帰ってきそうだって知って、今日の為に必死で仕事頑張って、時間作ったんだよ。少しは甘えさせてよ」


 ちゃんと仕事はしていたらしい。待てを解除したら、私をお姫様抱っこして風に乗ってアルブムの港までひとっとび。港ではその姿に驚く人半分、いつもの事かと眺める人半分。


「茶師の姫君が帰ってきたぞ」

「よかったな! 殿下」


 なんか……歓声があがってる。どうやらジェラルドが私を連れ帰るのは、アルブムっ子の間では、お約束になってしまったらしい。まあ……こんな事10年も続けば慣れるか。国民に愛される庶民派皇子……というのも悪くないかもしれない。

 いつもの事だけど、なんでこんなにジェラルドはハイテンションかな……と、呆れる。

 一生恋人宣言を行った時は、どうせすぐ飽きるだろう、そのうちジェラルドは他に恋人でも作るんじゃない? なんて……見方をしてた人も多かったのに、10年経ってもこのいちゃラブぶりに、もはや周囲も納得である。


「こんなに大騒ぎする事でもないと思うけど」

「……マリア、アルブムに帰って来るの、どれくらいぶりだと思ってるの?」

「えっと……いつだっけ?」

「11ヶ月ぶりだよ。僕と兄上の為にお茶を入れに帰ってきてくれるかと思ったのに、全然帰って来ないし、僕が飛んで行こうとするとソフィア達に拘束されるし……で、大変だったんだよ」


 あれ……そんなに時間たってたっけ? 仕事に集中するとうっかり時間の感覚を忘れる。2人の延命の為にも定期的に帰らないといけないのに……ちょっと忘れてた。気を抜いて二人にお茶を入れずに早死にされたら困る。反省しないと。


「ごめん……しばらくはアルブムにいるから……そろそろ下ろしてよ」

「どれくらい?」


 すっごい期待の目で見つめられて、溜息を零す。


「……1ヶ月。それが限度」

「じゃあ……1ヶ月毎日、マリアとお茶できるね」


 嬉しそうに空中でダンスを踊ってから、地上へと舞い降りる。地上でもジェラルドは嬉しそうに手を組んで、2人で町中を練り歩いた。街の皆の温かい視線がいたたまれない。

 なお……こうなる事を見越して、町中に護衛の方々が配備されている。空をすっとんでくジェラルドの動きに即対応……最早皆様、手慣れすぎてご苦労様です。




 ジェラルドが仕事を終わらせたというのは嘘で、城についたらジェラルドは速攻リドニー宰相に掴まって、仕事の為に連れて行かれた。

 リドニー宰相……かなりのご高齢のはずなのに、まだまだ元気だな。


「マリア様、おひさしぶりです」

「お、おひさ……し、ぶり、です」


 小さな男の子と、舌ったらずな女の子の声に出迎えられ、思わず頬が緩む。相変わらずこの兄妹は可愛いな。癒される。


「ラベルとスフィアも大きくなったわね。元気そうでよかった」


 二人をぎゅっと抱きしめるととても嬉しそうだ。


 お兄ちゃんのラベルは今年10歳。妹のスフィアは5歳。ラルゴとソフィアの子供だ。確か……前に帰ってきた時に赤ん坊がもう一人いたはずだ。あの子の名前はどうなったんだろう?


「マリア、お帰り。会いたかったよ」


 ソフィアが、お手製ベビーカーを押しながら歩いてきた。2歳児くらいの可愛い女の子が乗っている。流石に子供に刃物は危ないと、余計な物はついていない。


「ただいま。ソフィア。その子の名前ってどうなったの?」

「ルフィシア……でも長ったらしいからルフィって呼んでるよ」


 どうやらソフィア達夫妻は、相変わらずのラブラブのようだ。子供の名前に、必ず自分たちの名前から文字をとる。

 ジェラルドが子供を作る気がないって諦めたから、だったら私が産むしかないでしょって、ソフィアは張り切ってる。


「子供って楽しいんだ。大人みたいに常識にとらわれない、柔軟な発想がイメージの宝庫だよ。今日も新しい農耕機具のアイディアを思いついたんだけどね」


 今にものこぎりを持って、作りたいとうずうず顔のソフィア。あいかわらずだな……。これでも皇太子妃のはずなんだけど。


「ソフィア……頼むから、その農耕機具の制作は職人に任せてくれ。妊婦が危ないだろう」


 そんなツッコミが背後から聞こえて振り返る。ラルゴが疲れた顔をしながら部屋に入ってきた。どうやら忙しいらしい。横に秘書がついて、書類を渡しながら目を通してる。仕事をしながらのお茶会になりそうだ。


「妊婦って……また、お子様ですか? おめでとうございます」

「あ、ああ……ありがとう」

 

 ラルゴはちょっと照れていた。10年で4人だもんな……。張り切り過ぎって、周囲に思われて恥ずかしいのかも。


「まりあさま、みてみて」


 小さなスフィアが、落書きを持ってぐいぐい押してくる。城らしき物……に、余計なトゲトゲが書かれている。


「ははさまと、いっしょに、かんがえたの。このおしろ、もっとつよくするの」


 ……この娘。ソフィアの余計な所が遺伝したな……。5歳児にして、城に武器をつけたいだなんて。ラルゴとラベルが同時に溜息をつく。

 長男のラベルはラルゴに似た常識のある真面目な子。頭が良くて努力家で優秀と評判だ。未来の皇帝候補は、二人の良い所だけを遺伝したようだ。よかった……。


 皇太子一家と賑やかなお茶会。私の作った紅茶は、正直プロが作るお茶程美味しくはないのだけど、それでもこうして賑やかなお茶会は楽しい。空気だけでお茶会は美味しく感じられる。

 一生子供は作らないって決めたけど、やっぱり子供って可愛いな。私にとってソフィア達の子供は、甥や姪のようで、自分の子供のように可愛がれる。それも嬉しい。

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