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茶会の誓い

「やっぱりマリアのお茶は美味しいな」

「二人で飲むから美味しいのよ」


 穏やかでゆったりとした、いつもの様なお茶会。マルシアに外で見張りをしてもらって、今は部屋で二人きり。窓の外は綺麗な青空が広がり、爽やかな風が部屋の中まで流れてくる。そんな気持ちの良い午後。


「それで……こんな招待状まで用意して、何か話があるのかな?」

「うん……ちょっと信じてもらえないかもしれないけど、ジェラルドに話したい事があるの」


 私はジェラルドに、自分が生まれ変わった経緯と、三婆達とのやり取りを話した。ジェラルドとラルゴ。二人の寿命が短い事、その延命の為に私のお茶を飲み続けなければいけない事。信じてもらえないかもしれないけど、ジェラルドにだけは事情を伝えて、今後手伝ってもらいたいと思ったのだ。

 なかなか信じてもらえないだろうな……と、思ったのだけど、ジェラルドは驚く事も無く、けろっとしていた。


「マリアが嘘をつくとも思えないし、兄上と僕が無事なのが奇跡だって医者も言ってたし、本当の事なんだろうね。マリアのおかげで僕達は助かったんだ。ありがとう」


 柔らかく嬉しそうに微笑むジェラルドの姿に、ちょっと感動した。こんなにあっさり信じた上にお礼を言われるとは予想外だった。ジェラルドって……情けないように見えて、案外器が大きいのかもしれない。


「それでマリアは、今後僕達にお茶飲ませなければいけない……けど、別にそれって毎日じゃなくてもいいよね?」

「う……ん。たぶん。まだよくわからないけど」

「それじゃあ……また仕事の旅に行くの?」


 本当はそうしたい。でも……魔法の事もあるし、もう自由に世界を飛び回るなんて無理だろう。私が溜息をつくとジェラルドは真剣な顔になった。


「仕事を諦めてしまうの? 諦められるの? マリアらしくない。マリアがやりたい仕事をずっと続けられるように、僕は応援するよ」

「応援してくれるのは嬉しいし、私も仕事は続けたい。でも……どうしたらいいのかな……」


 私が困って俯くと、そっとジェラルドが私の手をとった。すごく……困ったような、悩ましい表情をしながら、ぽつりぽつりと言葉を絞り出す。


「7年……ずっと会わない間、考えてきて……でも、ダメかな……って、今でも自信無くて……でも、少しでもマリアの役に立つなら……」


 ジェラルドがとても迷って悩んで、それから、そういう表情を振り払って真顔で言った。


「マリア。僕の恋人になってくれない? 一生君の隣にいたいんだ」


 突然の告白に私の頭は真っ白になった。なぜこの流れでこんな言葉がでてくるのか、それにジェラルドにこんな真剣に告白されるのも初めてだ。でも……私の返事を待つのが不安なのか、とても心細そうにしゅんとするジェラルドを見て、心が落ち着いてくる。


「それってプロポーズ? 一生独身って言ってたのに」

「結婚はしない。一生恋人のままでいたいんだ。まあ……マリアが僕なんてもう嫌だって、捨てられるかもしれないし、僕はそうならないように、ずっと努力しないと……だけど」


 結婚しないけど、一生恋人……って、そんな事ありなのか? 日本でいうなら、事実婚? 日本でもまだまだ根付いているとは言えないのに、この世界ではあり得ない程、常識はずれなんじゃ……。


「あのね……これはマリアの役にもたつと思うんだ」

「私の役にたつ?」

「僕と結婚すると、皇子の妃としての仕事や、制限もあってやりにくいし、後継者を産めっていうプレッシャーもあるでしょう? だから結婚なんてしない方がいい。でも……結婚しないならメリットもあるんだ」


 それからジェラルドは指を一本たてて答える。


「まず……非公式であっても、僕の恋人だと知れ渡れば、そう簡単にマリアに手出ししづらくなる。帝国の皇子の恋人に何かしたら、帝国を敵に回す事になるからね」


 さらに一本指を立てて答えを続ける。


「非公式でも、僕の関係者ってなれば、国から護衛費用もだせる。特にマリアの治癒の力は国としても役に立つから、リドニーだって保護したいだろうし。護衛をたくさんつけるのはやりにくいだろうけど、それでもアルブムに閉じこもるくらいなら、護衛のお取り巻きを引き連れて、世界中飛び回れば良いよ」


 さらに一本指を立てて答えた。


「さらに、帝国皇室の関係者って……肩書きがあれば、他国での活動で、その国の統治者に直接話ししやすくなるんじゃないかな? 国によっては身分を重視して、身分が低いと話すら聞いてくれない所もあるし。まあ……逆に帝国と敵対関係だったりすると面倒かもしれないけど、そこは「公式に結婚してないので」って、二枚舌でごまかせないかな?」


 ジェラルドの計算づくの提案に、唖然として口をぱくぱくさせたまま、しばらく固まった。こんな理詰めの口説き文句ってありなんだろうか?


「なんだか……すごい打算に満ちた提案ね」

「結婚て打算じゃない? 政略結婚は打算で当然。庶民だって、別に恋人のまま一生過ごしてもいいのに、結婚するのは世間体とか気にするからでしょう? 僕、世間体とかどうでもいいし」


 世間体とかどうでもいいと、言い切れる皇子って……いっそ清々しい。そこまで理論整然と提案しておきながら、しょんぼり肩を落として、ジェラルドは言う。


「これ……一つ問題があって、それで自信がなくて、ずっと言えなかったんだよね」

「問題?」

「マリアが僕を好きになってくれるか。だってどう考えても、僕を好きになる魅力ないしね。いい加減なダメ男だし……」


 まるで雨に濡れた犬みたいに、落ち込んで震えながら私の答えを待つジェラルドの姿が、情けなさ過ぎて思わず笑ってしまった。

 だって……人を口説いておきながら、一番の問題が、自分を好きになってもらえない……だなんて。おかしすぎる。


「笑わないでよ、マリア。これでもずっと考えてたんだよ。マリアと一緒にどうやって生きて行けばいいのか……って、ずっと、ずっと」

「笑ってごめん。ジェラルドらしいな……って思ったら、おかしくて……でも、問題ないと思うわよ」


 へ? と間の抜けた声をだしながら、首を傾げるジェラルドに向かって、にこりと笑いながら返事をする。


「私、ジェラルドが好きだから。好きだから生きて欲しかった。こうしてずっとお茶したいって思ったから」


 私の返事を聞いて、花が咲いたように無邪気にジェラルドが笑った。


「じゃあ……僕の恋人になってくれる?」


 すごい期待に満ちた笑顔に、思わず頷く。するとジェラルドは、私の小指に小指を搦めて言った。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます。指きった」


 そう言い切ってから、どや! という顔で、「これが誓いの言葉なんでしょう?」と言った。

 そういえば昔ジェラルドに、指切りげんまんを教えて、絶対自殺しない約束したなと思い出した。自業自得なんだけど、一生恋人でいる誓いの言葉がこれって……もうダメだ。腹筋壊れる。

 私が大笑いし続けて、ジェラルドがなんでそんなに笑うのって慌てて、そんな姿もおかしくて。ひとしきり笑った後、私はジェラルドに聞いた。


「ねえ……この関係。私にはだいぶメリットがあるけど、ジェラルドに意味はあるの?」

「だってマリア……仕事好きでしょう? 僕達の延命の為にたまには帰ってきてくれるかもしれないけど、うっかり仕事に夢中で、僕の事忘れちゃうんじゃない?」


 それは……否定できない。恋人ができたとしても、恋愛より仕事を優先しそうだ。


「でも……恋人だったら、正々堂々、僕から会いに行ってもいいよね。マリアに会いたくてしかたない……とか、もう仕事嫌だ! とか思ったらさ。もう全部放り投げてマリアの所に行くんだ。それで一緒にお茶をする。二人でお茶して元気をもらったら、また僕も仕事に戻るよ」


 私の手をとって、そっと手の甲にキスを落とす。それはやっと恋人らしい甘い雰囲気だ。少しだけ艶めいた表情でジェラルドは言った。


「僕の居場所がマリアの帰る場所で、マリアの居場所が僕の帰る場所。互いがどこまで遠く離れても、帰ってくると信じられて、また二人でお茶できるって思えたら、目の前にどれだけ大変な仕事があっても、きっと乗り切れるよ」


 その言葉はあまりに魅力的すぎて、ときめいた。二人のどちらかが、相手に無理に合わせて犠牲になるんじゃない。互いに離れても支え合える、信頼できる、そんな大切な相手がいる。仕事だけじゃなく、プライベートでも最高のパートナーがいてくれる。どれほど幸福な事だろう。

 永遠に結婚しない私達は、挙式なんてしない。そんな私達の誓いの言葉は、指切りげんまん。もう型破りすぎにも程がある。

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