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覚悟の刻4

 事件発生から、深夜をすぎ、朝が来る頃に少しは事態が落ち着いた。会場に爆発物がしかけられ、その犯人探しはリドニー宰相が行い、すぐに実行犯は捕まった。まだ全ての犯人が捕まったわけではないけれど、犯人は帝国側の人間だったようだ。リドニー宰相とアルビナ外相が協力して事態の鎮圧に乗り出す。

 私は緊急治療が必要な人間にお茶を配り終えた後、急いでジェラルドの元へ駆けつけた。

 もう……十分頑張った。沢山の人を助けた。だから……もう、仕事を休んでいいよね。私は私の為の時間を使ってもいいよね。ジェラルドの事だけを考えて泣きじゃくったっていいよね。そう思うと治療中は止まってた涙が溢れ出して止まらない。


 ジェラルドの元へ行くと、医者は言った。可能な限りの治療は施したが、ジェラルドの意識は依然回復していない。このままでは危険だと。

 ジェラルドが死ぬかもしれない……そう考えただけで、目の前が真っ暗になって、思わず声を上げて泣いてしまった。あんなに情けなくてやる気のなかった男が、身近な人を幸せにする為に、頑張ると決意した所だったのに……。なにより、もう一緒にお茶を飲めなくなるなんて嫌だ。

 ジェラルドと過ごすお茶の時間、温かで優しくて、当たり前のようだけど、当たり前じゃない大切な時間。そんな大事な事に今気がついた。

 仕事さえあればいいなんて……そんなの幸せにあぐらをかいて甘えていただけだ。大切な人といつでも当たり前にお茶ができる。そんな幸せの上だからこそ、仕事を頑張れる。仕事だけじゃダメなんだ。ジェラルドがいないとダメなんだ。


 三婆女神達に、ジェラルドの延命を頼もう……そう考えていた時に、ざわざわと人の声が大きくなり、ジェラルドを治療していた医者達が、慌てて飛び出して行く。

 何が起こったのか周りの人に聞くと、ラルゴの容態が突然急変したと言っていた。

 慌てて私もラルゴの元へと駆けつける。すでに医者達によって治療活動は開始されていたが、ラルゴの意識はなく、生気を失ったその顔は、今にも死にそうだった。

 まさか……こんなに急に体調を崩すなんて……。しばらく外交会談の方に集中しすぎてて、ラルゴへの茶での治療を怠ったせいだ……と、激しく悔やむがもう遅い。


 ジェラルドもラルゴも、意識がなく、とても茶を飲む事ができない状態だった。そして医者ができる治療は行っているが、このままではどちらも危険で……。二人のうちの、どちらか片方だけを助けるというのか? それでいいのか? それで後悔しないか?

 何度も自問自答したけど、こうして悩んでるうちに二人の命が尽きてしまいそうで怖い。時間がない、焦るな自分、考えろ。最善の手は? 最善の道は?


「マリア様。大丈夫ですか? お顔の色がすぐれませんが」


 マルシアにそう声をかけられてはっとした。マルシアも負傷したけれど、皮鎧を身に着けていたので、重要な部分は守られ、怪我も比較的軽傷ですんだようだ。応急措置の治療を受けるだけですんだ。

 リドニー宰相から、私の魔法が知れ渡った事で、身の危険が及ぶかもしれないから、十分注意して警護に当たるようにと命じられたらしい。


「マルシアさん……少しの間、守っていただいてもいいですか?」


 マルシアは私の言葉に少しだけ首を傾げて頷いた。私はそれを見届けた後、目をつむり強く願う。運命の女神達! 今、糸玉を使いたいから会いたいの。そう願って。私は一瞬意識を手放した。


 ふわり、ふわり、柔らかな感触に、ああ……無事ここに辿りついたのだと安堵した。ゆっくりと目をあけ、糸車の廻る音がする方を向く。ラケシスが、以前と何も変わらないように、糸を回し続けていた。


「ひさしいの……マリア。糸玉の使い道を決めたのかね?」

「その前に……いくつか質問があるの」


 ラケシスの後ろから、緋色の糸玉を持ったクロトがやってくる。


「質問とな……さて、なんじゃろう?」


 私は少し悩んで言葉を紡いだ。


「ジェラルドとラルゴの残りの糸はどれくらい残ってるの?」


 ラケシスは二つの糸車をちらりと眺め囁く。


「もうどちらも……残り一日程……じゃな」


 やはり二人ともこのままでは助からないんだ。そうなれば……と次の質問を投げかける。


「48年分、糸玉が残っているのよね? それって……二つにわけて、二人の人間に使う事は可能なの?」


 クロトが目を丸くしてアトロポスの方を見る。アトロポスははさみを撫でながら、考えて言った。


「48年分の糸玉を、アトロポスが半分で切って分ける事は可能じゃな」

「それをクロトが二人の糸玉に繋ぎ合わせ」

「それをラケシスがまわす……ふむ、可能じゃな」


 三人の老婆はお互いに目を合わせて頷き合い、確認をするように目で語り合う。

 そしてクロトは私に告げる。


「それは可能じゃが、糸玉の量は変えられぬ。二つに割れば、一人当たりの寿命は24年分じゃ。」


 24年。今のジェラルドやラルゴの年齢を考えると、50代前半で寿命が尽きる。それではまだ早すぎる。


「私のお茶に治療効果があったわ。あれを使ったら、その糸玉とは別に延命を行う事は可能なの?」


 ふむ……とラケシスが廻る糸車を眺めながら言った。


「ラルゴの糸は……本来なら既に尽きていた。だが……今はまだわずかに残っている。マリアの茶を飲むようになって糸玉が伸びた。ほんに不思議よのう」

「じゃあ……私のお茶を飲ませ続ければ、今の糸玉以上生きる事は可能?」


 アトロポスが首を傾げながら呟く。


「たぶん……可能だとは思うが、なにぶんそなたの魔法の事は、例が少なすぎて、よう……わからん。どの程度茶で延命できるのかどうか、やってみなければ確かめようが無いし、その結果がでるのはずっと先の話じゃな」


 ラルゴの糸が私の魔法で伸びたなら、まったく効果がない事はない。それがわかったら覚悟を決めた。


「糸玉を二つにわけて、ジェラルドとラルゴに繋いで」

「よいのか? 二つに切った糸は戻せぬし、一度繋ぎ合わせれば戻せぬ」

「かまわないわ。二人とも助からないとダメなの。どちらか片方じゃ、残された方が苦しむ」


 そう……ラルゴとジェラルド、二人で互いに支え合って行かないと、この先帝国の政治という難局を乗り切る事はできない。それに二人とも今は互いに思い合える程の、兄弟の深い想いを持っている。家族を失った苦しみを抱えて生きるのは辛すぎる。


「マリア……糸玉を繋ぎ合わせた後は、もう妾達はお前様に一切手助けはせぬ。二度とこの世界に来られぬ。じゃから二人の寿命がどれだけあるか、二度と確かめられぬがよいのか?」


 私の魔法の延命効果を確かめる事はできない……。だとしても今何もしなければ二人は死んでしまうなら他に道はない。


「いいわ。それでもいいから、二人に糸玉を分けて」


 私の固い意志に、三人の老婆は頷いた。

 クロトがその両手でふわりと糸玉を放り投げると、空中で糸玉は素早くまわって糸がばらばらにほどけていく。その糸の波の流れを正確に読み解きアトロポスがはさみで半分に切った。クロトは二つにわかれた糸を、それぞれ二人の糸に繋ぎ合わせる。そしてラケシスがその糸をたぐり寄せ、糸車を回した。


 からから、からから……糸車のなる音の波間に漂うように、ラケシスの声が響いた。


「ジェラルドとラルゴの糸は我らが確かに管理し、24年分糸を回し続けよう。その先は……お前様次第じゃ」


 それだけ聞こえた所で私はまた意識を失った。

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