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覚悟の刻3

 翌日の晩餐会は華やかに始まった。アルビナ外相との公式な行事はこれが最後というわけで、アラックを筆頭に宮内省の人達が全力で、社交の舞台を彩った。

 私は相変わらずアルビナ外相の側で控えつつ、様子を見てお茶を出すだけに留める。一通り挨拶が終わった所で、やっとリドニー宰相とジェラルドがやってきた。


「長い滞在お疲れさまでした。お互い良い実りのある話にまとまって嬉しく思います」

「ええ……そうですわね。今後これからも王国と帝国が手を携え、長く友好を結べる事を信じていますわ」


 リドニー宰相とアルビナ外相の会話を横で聞きながら、ジェラルドはそわそわとアルビナ外相を見ている。そんなジェラルドの様子に気づいてか、アルビナ外相はくすりと微笑みながらジェラルドの方を向いた。


「アルビナ外相……色々とありがとうございました。おかげで色んな事に気づけました。今後ともよろしくお願いします」

「殿下にそう言っていただけて光栄ですわ。殿下と親しくして頂けた事が、今回の外交の最高の収穫かもしれませんわね」


 和やかに三人が会話する姿を見て、私はほっとした。この会談も無事に終わって、私の仕事ももうすぐ終わる。そうしたらまた紅茶の為に世界中を飛び回ろう。

 そんな事をぼんやり考えていたときだった。


 ドーン!! 突然頭上で爆発音が鳴り響く。何? 今の……とっさに何が起きたのかも解らないうちに、私はマルシアに抱きしめられていた。マルシアは私を抱えたまま姿勢を低くしてしゃがみ込む。

 ガシャン! と、続けざまに、近くでけたたましい音が鳴り響き、衝撃を感じる。

 周囲から悲鳴がこだまする中、さらに小さな爆発音が離れた所で何度か続いた。あまりの突然の事に思考停止していたけれど、マルシアの腕の中でやっと少しだけ落ち着いて考えられた。

 これって……テロ? アルビナ外相を狙った暗殺事件? とっさに動こうとしてマルシアに押さえ込まれる。


「マリア様。安全が確認できるまでお待ちください」


 マルシアの低い声と有無を言わさぬ力強い腕に、大人しく従うしかできなかった。

 どれくらいそうしていたかわからないけれど、爆発音がしなくなった頃、やっと私はマルシアから解放された。私はマルシアのおかげで、ほとんど怪我をせずにすんだが、マルシアは頭や手足から血を流している。その血に思わず顔をしかめたが、周りを見渡すとそれすらもまだマシだと思えてきた。

 粉々に砕け散ったガラスの固まりが周囲にちらばり、大勢の人々が血を流しながら倒れている。苦しみうめく物、恐怖に怯える声、皆の視線が私達の周囲に向けられている。

 頭上にあったシャンデリアが落ちてきたんだ……と理解できた後、その怪我人達の中にジェラルドがいる事に気がついた。

 リドニー宰相はとっさに他の護衛が庇ったようだけど、ジェラルドはアルビナ外相を庇ったようだ。アルビナ外相の前で血を垂れ流しながら踞っている。


「ジェラルド!」


 慌てて駆け寄ると、まだかすかに意識がありほっとした。とっさにジェラルドの手を掴んだけれど、ジェラルドの視線は私ではなく、アルビナ外相に向けられていた。焦点の合わないぼんやりとした眼で、苦し気に微笑む。


「……貴方は……ここでは死ねないと言ってた。僕が命がけで守ったら、少しは役に……」


 そこまで言ってジェラルドの意識が途切れる。いつものように気の抜けた笑みを残したまま、瞼を閉じて。


「ジェラルド!!」


 気づけば、自分でもどこからこんな大声がでてくるのか理解できない程、大きな声で叫んでた。必死に名前を呼んで体を揺さぶってるのに、ジェラルドの瞼はぴくりとも動かない。


「こんな所で寝るな! 仕事中でしょう。さぼって巫山戯てる場合じゃないんだからね。ちゃんと……仕事が終わったら、ご褒美にお茶いれてあげるから。また一緒にお茶会するんでしょう!」

「マリア様、お辞めください。殿下の体を揺さぶるのは危険です」


 マルシアに力づくで引きはがされるまで、私はジェラルドの体にしがみついていた。だって……今手を離してしまったら、このまま眼を開けなかったら、ジェラルドが……永遠に消えてしまいそうで、怖くて仕方がない。

 しばらく冷静な思考が吹き飛び、治療の為に運ばれて行く、ジェラルドの姿を、ただ呆然と見ているしかできなくて……。何もできない無力な自分が苛立たしい。

 昨日の夜はいつも通りにお茶して、笑顔で話ができたのに、たった一日でこんな事になるなんて。


 もし……ジェラルドに何かあったら……。




 真上のシャンデリア以外にも、いくつか爆発は起こって、それに巻き込まれ、晩餐会の会場は負傷者だらけで混乱の極みに達した。

 無事だったリドニー宰相が指揮をとり、王国の外交団の取り纏めはアルビナ外相が行った。ジェラルドはかなりの重傷で、重要人物だったので最優先で治療が行われていたけど、負傷者が多くてとても医者の手が足りない。

 それになぜこんな事が起きたのか……という事で、帝国側、王国側、お互いを疑って、険悪なムードまで漂い始めている。このままではせっかくの平和への道が閉ざされる。

 ジェラルドが運ばれて行ってしばらくの間、呆然とその景色を眺めながら、何度も深呼吸を繰り返す。落ち着け……自分。ジェラルドは医者がきっと治してくれる。今私が泣いても、ジェラルドの怪我がよくなる事は無い。今私ができる事を最大限やらなきゃ。覚悟を決めてリドニー宰相に言った。


「リドニー宰相。私の紅茶を負傷者治療に使わせてください」


 リドニー宰相は私の提案に驚いたように一瞬息を飲み、その後すぐ覚悟を決めたように返事をした。


「帝国の者も、王国の者も見てる所で魔法を使う。それはもう隠しようが無い事じゃ。そうなれば……マリア、そなたの自由もなくなる。その覚悟を持って言ってるのかのう?」

「はい。まだ原因はわかりませんが、帝国内で事件が起きれば帝国の責任。帝国の人間が全力を出して救助にあたることで、少しでも両国の関係をよくする手伝いができれば……」

「わかった。そなたの言うように、ここは出し惜しみなどしていられん事態じゃ。わしもできる限りの事をする。頼むぞ」


 すぐにリドニー宰相は、召使いを数人用意して私の手伝いをさせた。私がお茶をいれたら、負傷者に飲ませるようにと召使い達に指示をだす。茶を飲める状態で、より重傷な人を優先に、帝国も王国も問わず治療を続けた。

 私のお茶を飲んだ人達が劇的に回復して行く。その姿は多くの人に驚きを与え、茶に飛びつくように人が押し寄せ、帝国、王国、両者の争いはストップした。

 ジェラルドがどうなったのか、不安で仕方が無かったけど、今はただひたすらにお茶を入れ続けるしかない。必死にお茶を入れ続け、治療をし続け……。目の前の仕事にただただのめり込んで、余計な事を考えるな……自分。ジェラルドは助かる。絶対に、助ける。大丈夫。

 そう……何度も心の中で繰り返しながら、機械的に体を動かしてお茶を入れ続けた。

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