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覚悟の刻2

 もうじき外交会談が終わる。明日には終わりの晩餐会が開かれ、数日したらアルビナ外相は帰ってしまう。それが名残惜しい。

 アルビナ外相と二人だけのお茶会を過ごし、夜遅く自分の部屋に戻ったら、バルコニーにジェラルドがいた。いつものへらっとした笑顔じゃなく、とても思い悩む風で。


「どうしたの? 何かあった?」

「ごめん……ずっと一人で考えてたんだけど、答えが出なくて、マリアに聞いてもらいたくなったんだ」


 不安げに自分の手に目を落とす。私はジェラルドの手に触れた。とても冷たい。どれだけここにいたんだろう。


「ずいぶん体を冷やしてるんじゃない? お茶飲んで暖まって帰った方がいいわ。中に入って」


 そう言ったら、少しだけジェラルドは微笑んだ。私がゆっくりお茶を入れている間、沈黙のままじっとジェラルドは待っていた。お茶をだして一口飲んで、ほっと気が緩んでやっと重い口を開ける。


「アルビナ外相に言われた事、ずっと考えてたんだ。僕は人を殺した事を後悔してないって思ってた。でも……結局何も裁かれずに、自由に遊び回って。その間兄上は体を壊しているのに無理して仕事を続けて。僕が罪から逃げ出したせいで、兄上は苦しんだ。最初は兄上の代わりに公務をするのが、少しでも兄上への罪滅ぼしになるのかなと思ってた。……どうせ、過去の過ちは消せないし、今更どうしようもないって」


 ラルゴが元気になるまでの間だけ、頑張っていればそれでおしまい。ラルゴが公務に戻れるようになったら、また自由に戻れる……それくらいの覚悟だった。そう語るジェラルドの目は、とても鋭くて、自分で自分を恥じているように見えた。


「でも……僕はまだまだ甘かった。罪から逃げてた。生きてる限り償う機会があるんだって知ったから。だから僕は人を殺した過去に対して償わなきゃいけないんだね」


 淡々と語る姿に、どれだけジェラルドが悩んできたのかわかった。アンネの自殺から10年以上経過して、やっとジェラルドは人を殺した自分の罪の重さを自覚できたんだ。その結論を導きだす手助けをしたアルビナ外相って本当に凄いな。


「それでね。どうやって償っていけばいいんだろうって……悩むんだけど、答えがでないんだ。マリア。僕はどうしたらいいんだろうね」

「アルビナ外相のように、命がけで政治をするとか?」

「う……ん。今までよりも頑張ろう……とは思うよ。でも……国の為にあそこまで覚悟なんて、一生できそうにないな。身近な大切な人を守りたいとは思えるけど、国なんて大きな物どうしたって愛せない」


 長い人生どうなるかわからないけど、持って産まれた気質はそう簡単に変えられない。だから悩ましい。


「一人で国を背負うんだ……なんて思わなくてもいいのよ。人間一人ができる事なんてたかがしれてるし、自分ができる事を精一杯やって、皆で力を合わせて、少しづつ前に進むしかないの」


 私は7年の茶作りでの経験を話した。こうしてじっくりジェラルドに語ったのは初めてかもしれない。紅茶という新しい茶の普及の為に、沢山の人が協力してくれた。私一人じゃ絶対にできなくて、紅茶は私一人の功績ではない。

 そんな話をしたら、ジェラルドが儚く微笑んだ。


「そっか……マリアって凄いなって思ってたけど、そんなマリアを支える人がたくさんいて、それでそんなに輝けるんだね」

「私を支える人の一人はジェラルドよ」

「え? そうなの? 僕、マリアの役に立つ事なんてしてる?」


 きょとんと首を傾げるジェラルドの様子がおかしくてくすくす笑ってしまう。私が仕事に専念できる方法を一緒に考えてくれる。疲れたら息抜きに一緒にお茶を飲んでくれる。話を聞いて背中を押してくれる。それがどれだけ大きな事か、ジェラルドは気づいてないんだろうな。


「ジェラルドは、ジェラルドができる事を頑張っていたら、いずれ誰かの助けになって、それが繋がって行けば、国なんて大きな物も支えられるかもしれないわね」


 そう……そういう事なんだと思う。仕事って一人じゃできない。多くの人の努力の賜物で、色んな分野で道が開けて進歩していく。そして歩いてきた道が歴史になって、その道を次の世代が通ってさらに道を開拓して行く。そんな地味な作業の繰り返しの果てに、いつか今よりもっと良い世界になっていくんだ。


「僕ができる事を頑張る……か。あまり気乗りはしないけど……やってみようかな。まずは大切な人を守る事から。兄上や、ソフィアや、甥の為に……って」

「国のため……より、家族の為の方がやる気でるかもしれないわね」


 ふとジェラルドの視線が戸惑う様に揺れた。すっと私から目をそらして、ぽつりと呟く。


「兄上達もだけど……同じくらいマリアの為にも、僕は頑張りたい」

「ありがとう。私は今でも十分満足。こうしてジェラルドと話して、お茶して……それだけでいいから。互いに愚痴を零し合いながら頑張ろう」


 私の返答にジェラルドは困った様に笑った。その笑みに苦い物が混じって見えたけど、すぐにふっと消える。


「……そっか。そうだね。僕もマリアと話して、お茶して。それで頑張るよ。……またね」

「うん、また」


 まだ少し悩んだ風に見えたけど、でもここに来たばかりの時よりマシな顔になってジェラルドは帰って行った。

 私の仕事ももうじき終わる。終わったらお疲れさまのお茶会をジェラルドとしよう。きっとジェラルドはお疲れさまって私を労ってくれる。ジェラルドが仕事を頑張るって決めたなら、仕事の愚痴だって聞いてあげよう。そうやって励まし合う関係もいいよね。

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