覚悟の刻1
もちろん城に戻ったら、こってり叱られた。聞く所によると、アラックは行方不明と知った時、卒倒しかけたと。本当に申し訳ない。
ジェラルドは怒られてもそんな事気にしてられない……という程ぼーっとしてて、たぶんアルビナ外相に言われた事、色々考えてるんだろうな。
アルビナ外相は叱られたら、本当に申し訳なさそうなそぶりを見せていたけど、この人が首謀者でこうなる事を確信してやってたあたり……うん、案外酷い人だ。
私やマルシアへのお叱りがまだマシだったのは、ジェラルドとアルビナ外相、二人の命令に逆らえなかったからだ……という事らしい。アルビナ外相がそういう事にしてくれた。
マルシアは護衛対象を危険に晒した事に責任を感じて落ち込んでたけど、マルシアがいたからアルビナ外相を守れたんだし、立派に仕事してるよね。
私なんてただついて行っただけで、何にもしてなかったな。
王国内の事情だからよくわからないけど、アルビナ外相の命を狙った人物が特定できたから、一人政敵を排除できたそうだ。
「ああ……すっきりした。嫌な男だったから。青ざめる姿が見られて楽しかったわ」
なんて怖い事言ってるのに、可愛らしさと上品さを失わないのが凄い。肝の据わり具合はリドニー宰相とひけをとらないな。うん、この人を敵にまわしたくない。
「マリアにも迷惑かけてごめんなさいね」
「いえ……私はたいした事してないので。それよりもアルビナ外相があまりに大胆でびっくりしました。一歩間違えたら死んでたかもしれないのに」
「私は絶対暗殺になんて屈しない」
断言するアルビナ外相の横顔はとても厳しくて、強い覚悟を感じた。
「私の父も政治家でね。本気で平和な国を作りたいって信念で戦って……そして暗殺で死んだわ」
伏し目がちに淡々と語るアルビナ外相の言葉は、ずしんずしんと私の心に響く。
「父の子は私一人だったから、婿を取らせて跡目を継げって言われたけど、拒否したの。だってその時父以外誰も本気で平和を目指して戦う人がいなかったもの。だから私が父の仕事を引き継ぐって決めたの。今ではだいぶ平和を望む政治家も増えたけど、私が死んだら誰が跡を引き継いでくれるの? 私が死んだら途絶えてしまうなら……絶対に死ねない」
そろそろ老婦人と言っても良い年頃。その年までずっとアルビナ外相は自分の信念を貫き、戦い続けてきたんだ。その生き様を見ていたら勇気が沸いてきた。私も自分の信念を貫いて生きて、いつかこんな人になりたい。そう、素直に思える。
「私もお茶に一生を捧げようと思います。紅茶と結婚するんです」
私の言葉を聞いてアルビナ外相は、ふふふと嬉しそうに微笑んだ。
「今は……まだ、結婚なんて考えられないでしょうね。私も昔はそうだったわ。でも人生この先何があるかわからないわよ」
「は、はあ……そうですか? そういえば……アルビナ外相は、ご結婚されてるんでしたね。女性が働きながら結婚って、大変じゃないですか?」
私が聞いたら、アルビナ外相の表情ががらりと変わった。まるで乙女のように恥ずかし気に、両頬を押さえるオバサマ……とても可愛らしい。そんな乙女の表情でぽつりぽつりと語りだす
「私もね……国と結婚するんだって覚悟で独身を貫いてたのよ。でも……ある日突然、出会っちゃったのよね。30も半ばを過ぎて、まさか結婚するとは思わなかったわ。15歳も年下の夫と」
王国の文化なんて知らないけど、30代半ばで結婚も、15歳年下との結婚も、おそらくこの世界の常識ではありえないんじゃないだろうか? その年で結婚しても、この世界の医療技術では子供を産むのは難しいし。
でも……アルビナ外相がそうだったなら、私もいつか、誰かと結婚したいって思う日が来るのかな。アラサーぐらいで焦らずに、今は仕事に集中してもいいかもしれない。そう思えた。
「マリア。貴方との夜のお茶会。楽しかったわ。またこんな機会がいつかあると良いわね」
「はい、私もアルビナ外相にお茶をお出しできて嬉しかったです。アルビナ外相みたいに女性も第一線で活躍できるんだって知って、励みになりました」
「どんな分野でも、活躍する女性が増えれば、世間の見方も変わるし、未来の女性達の為にも、お互い頑張りましょう」
そう言った後、少しだけ寂し気な表情でポツリと「アンネという女性官吏と話してみたかったわ」と言った。
政治をやる女性は、とても貴重だし、きっとアンネがアルビナ外相から学ぶ物はたくさんあっただろう。
アンネは自殺という形で、職務を全うしたつもりだったのだろうけど、もしアルビナ外相と出会ってたら、その選択が間違いだったと気づけただろうか?
「帝国内で女性の学問奨励が行われ、少しづつ学を身につける女性が増えてきた様です。いずれアンネ様に続く方もでてくると思うんです。そうしたら……その人に私はアルビナ外相の話をしてみようと思います。女性でもこれだけ凄い政治家がいるって知ったら、励みになりますから」
「あら……嬉しいわね。私ももうこんな年だし、今のうちに若い世代に何かを残せるなら嬉しいわ。マリア。貴方に出会えてよかったわ」
とても穏やかに柔らかく微笑まれ、それは今まで見た中で一番美しい笑顔だった。たぶん、とても喜んでもらえたんじゃないかな。
その後何度かの昼食会が行われ、水面下での交渉の結果、カンパニーヌの反乱に王国が関与した証拠がないから、その件はこれ以上帝国側は蒸し返さない。その代わりに他の面で帝国側に有利な条件を与える……という落としどころになった。
他にも両国の問題は山積みだし、アルビナ外相が約束しても王国の政変で、交戦派が力をつければ破られるかもしれない。まだまだ安心はできないけど、和平への道はこれから先長い間続くんだ。
カンパニーヌの反乱について、王国に文句を言えなくなった事、ジェラルドは不満じゃないのかな……と思ったけど、昼食会でその話をにこやかに話せたし、納得はしてなくても受け入れる覚悟を持ったんだろう。
そう思えたのは、きっとアルビナ外相のあの真摯な謝罪の姿勢と、覚悟の程を見たからかもしれない。




