次世代の為に3
色んな意味で予想外だった。城を出るのも意外だったけど、わざわざ抜け出して来た場所が……孤児院だなんて。
「マリア。用意してきてくれた? おでかけのおやつ」
「は、はい……できるだけたくさんと、言われたので……」
アルビナ外相の為に作られる茶菓子は、毎日凄い多くて、当然食べきれずに破棄される物も多い。食べきれない程作る贅沢も文化なのだけど「それはもったいないわ」って言って、昨日のあまりを、こっそり持って来るように言われていたのだ。
昨日作ったとはいえ、アルビナ外相に食べさせるつもりで作った茶菓子。超高級。それを孤児院の子供に笑顔で渡している。そんな気さくな姿にジェラルドもあっけにとられていた。
「せっかく抜け出してきたのに……遊びってコレ? 僕がいる意味あるの?」
「私にもよくわからない」
アルビナ外相は孤児院の子供に笑顔を振りまいて戻ってきた。
「子供ってやっぱり可愛いわよね。さてと……元気をもらったし、覚悟ができたわ」
アルビナ外相は笑顔を消して殊勝な顔で歩き出す。てくてくと一緒についていくと、孤児院の隣に小さな墓があった。
「マリアに話を聞いた後、部下に調べさせたの。カンパニーヌの反乱の戦死者の一人が、ここに眠っているそうよ」
そう呟いて目を閉じ、墓に向かって手を合わせた。深く哀悼の意をささげるアルビナ外相の小さな背中が震えてて、まるで泣いてるみたいにせつない。公式の場である昼食会では、決して王国の関与を認めなかった。でも……非公式な場で個人的に、こうして謝罪を示したかったのだろうか?
「遺児の子供は隣の孤児院で育ったみたいね。もう大人になって仕事してるそうよ」
そう言ってからくるっと振り向いてジェラルドを真剣な目で見た。
「どれだけ謝罪しても、失われた命は戻らないし、罪は消せない。だからといって、無かった事にはできないし、生き残った私達ができる事は償いだけなの」
そう言って、ジェラルドに対しても頭を下げた。カンパニーヌの反乱にアルビナ外相が加担したとは思えない。それでも……人として、誠意を持って謝罪する姿勢を持つ、凛々しいアルビナ外相の顔が胸をつく。そんなアルビナ外相の顔を真剣に見て、ジェラルドは泣きそうな顔になった。
「反則だ。こんな不意打ちで、そんな姿……見せられて……許せない……なんて言えない」
震える声でジェラルドはそう言った。「今はまだ許さなくていいの……」そうアルビナ外相が囁いた。その時だった。
「危ない!」
それまで影のように控えてたマルシアが、アルビナ外相に駆け寄った。墓石の影から突然人が飛び出して、背を向けていたアルビナ外相に襲いかかったのだ。顔を布で覆って顔も解らない、たぶん体型的に男だろう。
ジェラルドもとっさに気づいて、風の魔法を繰り出す。男が繰り出した剣をマルシアがはじいて、逃げ出そうとした男をジェラルドの風がとらえる。
とっさの事に私も、マルシアも、ジェラルドも、動揺していた……なのに、アルビナ外相はまったく動揺していなかった。
アルビナ外相が風にとらわれて逃げられない男の顔から布をはぐ。
「やっぱりね……逃げても無駄よ。貴方の上司が誰かわかってるわ」
男はそれでも沈黙を貫いて、最後まで抵抗しようとする。
「今日、ここに来る事を知ってたのは、私と貴方の上司だけなの。こちらの殿下も帝国側の誰一人何も知らなかった。他に待ち伏せして襲える人はいないのよ」
ジェラルドが風で捕まえている間に、マルシアが男の足を折って逃げ出せないように拘束した。それをじっと見つめて男が立ち上がれない事を確認した後、もう一度アルビナ外相はジェラルドに頭を下げた。
「これは我が国内の内輪もめ。それに勝手に巻き込んで申し訳ありません」
「自ら……囮になる気だったのですか? 王国の護衛もつけずに。マルシアや僕がもし、とっさに動けなかったら、どうするつもりだったんですか」
ジェラルドの問いに、アルビナ外相は微笑を持って力強く言った。
「殿下とマルシアを信じてたから。二人がいれば大丈夫よ」
自分の命を帝国の人間に委ねる事を躊躇わず、信じると言い切る姿に清々しさを感じた。
「私はここでは死ねない。今死ねば王国と帝国の戦争を引き起こす引き金になる。でも……それでも命をかけて戦ってます。国の為に。殿下が逃げ出そうとしていたこの世界で、こうして命がけで戦ってる人はたくさんいるんです。そういう人の積み重ねで歴史はできてるという事。どうか忘れないでください」
もう……脱帽だ。たった一日で、カンパニーヌの反乱の犠牲者に謝罪をして、囮になって裏切り者を特定し、そしてジェラルドに釘までさした。
とんでもなくすっ飛んでて、危なっかしい……でも最高に鮮やかなやり口。これが外交術……というものなのだろうか。
「マリア……とんでもない人だね。僕は……どうしたらいいんだろう」
ジェラルドが途方に暮れるのも無理は無い。ここまでされて、国が傾いても知らない……なんて、もう言えない。




