次世代の為に1
それから数日、アルビナ外相の為にお茶を入れ続けてる。今の所表立って問題は起こらず、腹の探り合いのように、ゆっくりと話し合いが続く。今日のお茶の準備の段取りは……と、上の空で城の中を歩いてたら、召使い達がざわざわして、様子がおかしい。何があったのか聞いてみたら、ソフィアの出産が始まったと。
それを聞いていても立ってもいられない。私の仕事を放り出すわけにはいかないんだけど、もし万が一何かあったら、すぐ助けにいけるように、少しでも情報を知りたい。出産ってそんなにすぐ終わる事じゃないし、特に初産って時間がかかる。
「マリア……何かあったのかしら?」
アフタヌーンティーが終わる頃、アルビナ外相にそう言われて固まった。いつも夜に二人きりだけの時は親しく話をするけど、他の人のいる前で、こんな親し気に話しかけたりしない。思わず聞く程、私の挙動がおかしかっただろうか。
「も、申し訳ありません。皇太子殿下のお妃様が……今出産中だと噂を聞いて……気になって」
「あら……それは、おめでたい事だけど、心配ね」
アンネ様の話をした時に、ソフィアの話もした。私とソフィアが親しい間柄だとわかってて、気にしてくれたのだろう。
「今日の夕食は来客無かったわよね。夜のお茶はもういいから、明日まで下がっててもいいわよ」
「い、いえ……仕事ですし、そういうわけには……」
「集中力を欠いて、ミスされる方が困るわ」
ずばっと言われて返す言葉もない。普段おっとり貴婦人風だけど、こういう容赦のないばっさりとした物言いは、シビアな仕事人間だな。そういう所も尊敬するけど。
「申し訳ありません。失礼します」
アラックの空気が少し怒ってた気がするな……。職務放棄だもんね。怒られても仕方が無い。後で謝罪しよう。
流石に皇太子妃の出産となると一大事。城の中で誰かに聞けば、噂くらいは聞こえてくる。どうやらラルゴの部屋の近くをお産室にしているようだ。もしかしたらラルゴも心配してるんじゃないかな……と気になって、まずラルゴの部屋に行く。
部屋について見ると、椅子の背もたれに背を預けてぐったりとした姿勢の、顔色の悪いラルゴがいた。
「マリア……どうして。今、仕事中のはず……ああ、ソフィアの事が気になってきたのか?」
「は……はい。気になりすぎて仕事が手につかなくて」
「俺も……正直不安だ。周囲のプレッシャーや俺の事でずっと負担をかけてたからな。体に障りがなかったかと……。でも、今は何もできない」
顔色が悪すぎて、ラルゴの肌が土気色だ。体調の問題なのか、ソフィア様の事で不安なせいか、どちらかわからないけど、少しでも励ました方がいいよね。
「私、ソフィア様の状況を、こまめに聞いてラルゴ様に伝えにきます。だから今はゆっくり休んでください」
ラルゴがほっとしたように笑顔を浮かべ礼を言った。まだ一人では歩けないようだったので、私が支えてベットまで運ぶ。普段なら召使いがいるだろうに、今日はソフィアの事で皆慌ただしくて、ラルゴの事まで目が行き届いてないのかな?
ラルゴが横になるのを見届けてからお産室へ。流石に中には入れないけど、ラルゴが容態を気にしていると伝えたら状況は教えてもらえた。今の所順調だけどまだどれくらい時間がかかるかわからない。問題がなければ明日の朝までには終わるのではないか……という見方らしい。
それからラルゴの部屋で待機しつつ、時々様子を見に行く。ラルゴの体調も悪そうだったので、久しぶりに私のお茶を飲ませたら、顔色が少しよくなった。体調悪化してたのかな……。やっぱりお茶入れ中止しない方がよかったか……と、今更ながら思う。
本当はこれだけ体調が悪ければ、ラルゴを寝かせたい所だけど、流石に眠れないよね。ベッドに横になって深夜になっても、ずっと不安そうにラルゴは目を開けていた。
何度目の確認だろう? お産室に聞きに行ったら、部屋の前で人がざわざわと集まっている。
「皇太子妃は無事なんですか? お子様は?」
母子共に無事、男の子が産まれた。そう聞いてほっとした。すぐにラルゴに伝えたら安心して眠りに落ちて行く。もう明け方近くだけど城の中はお祭り騒ぎだ。何せ待望の世継ぎが産まれたのだから。
ラルゴの体調の悪さは知れ渡ってて、これ以上子宝に恵まれる事はないだろうと思われてたし、ジェラルドは結婚しないと宣言している。こういう状態だと、子供が無事に産まれるか、男の子なのかっていうのは、国を左右する大事だ。
結局私は徹夜で、モーニングティーの時間になる前に、少しだけお産室を覗かせてもらった。ソフィア様は疲れきって眠ってたけど、顔色は悪くなかったし、その横で眠る子供は、とても元気に泣いていた。
産まれたばかりの赤ちゃんって、何が起きるかわからないし、しばらく様子見は必要だろうけど、ひとまずほっとした。
アルビナ外相の所にモーニングティーを持って行くと、すでに起きてベットの中で微笑んでた。
「貴方が気にしてたから、私も気になって噂を聞いていたの。無事皇子がお生まれになったのよね? おめでたい話だわ」
にっこり笑って私の紅茶を受け取って一口。「まだ気が早いけど」……と言いつつ、アルビナ外相は私に聞いた。
「お二人の殿下の次の世代の誕生よね。今日産まれたお子様が皇帝になる日まで、王国と帝国が手を携えていけるように……お祝いを贈りたいわ。何がいいかしら?」
私も正直こちらの世界や、この国の常識で、出産祝いとかよくわからないし、アラックに聞く方がいいのかな……と思って、また今夜話をしましょうと約束した。
モーニングティーを出した後、アラックの所に行ったらやっぱり怒られた。うん、職務放棄はどんな理由があっても許されないよね。でも厳しく怒りつつ、王家への祝い物、特に他国からの贈り物の場合、どういう物が相応しいか……という事を真面目に考えてくれた。
「新皇子の誕生祝いが、平和外交への大きな足がかりになる可能性もあります。祝いの選び方一つとっても吟味する必要があるでしょう。少し記録を調べて参ります」
アルビナ外相は気が早いって言ったけど、今日産まれた子が、いつか皇帝になるんだな……。それをきっとジェラルドは支えていかなきゃいけないんだ。そんな風に思った。




