すれ違う国と想い4
アルビナ外相の毒殺未遂事件の事、ジェラルド達にも報告しておいた方がいいかな……と、アラックを通じてこっそり手紙を届けてもらった。
するとまるで当然のように夜遅く、風に乗ってバルコニーへとジェラルドが飛んできた。
「たまには普通に扉から入ってきたら?」
「そうしたい所ではあるけど、僕も目立つ人間だしね。マリアと話してる事も隠しておいた方が、色々と良いと思うんだ。もしマリアに目を付けられて、マリアが危険な目にあうといけないし」
なるほど……どこに敵が潜んでいるか解らない以上、考えすぎなくらい警戒しておいた方がいいよね。
私はこの所ずっとアルビナ外相の側で起きた事を伝え、アルビナ外相の人柄も話した。最初はジェラルドもつまらなそうに話を聞いていた。たぶん……王国の人間なんて信用できないと、思っていたのだろう。
「マリア……楽しそうだね。今回は茶師としての本領発揮できなさそうなのに」
「そうね……せっかく美味しいアイスティーを入れても、毒殺が怖いから飲めないって、言われちゃうし……味より安全って考えると工夫しがいがないわよね」
「それでもマリアは仕事に手は抜かない。最高に美味しいお茶を淹れる続けるんでしょう? その想いは相手に伝わるよ」
私の仕事ぶりを信じて認めてくれるって嬉しい。制限があったとしても、その制限の中で最高の仕事をする。それこそプロよね。俄然やる気が沸いてきた。
「アルビナ外相は尊敬できる人だし、あの人に働きぶりを認めてもらいたいって思うわね」
「そんなに……アルビナ外相って、良い人なの?」
「命がけで今回の外交に挑んでる凄い人よ。王国って国は信用できないけど、アルビナ外相個人で言うなら信用できる人だと思う」
ジェラルドは「どうしてそこまで国の為にできるんだろう?」と呟いて首を傾げた。ジェラルドみたいに皇子の癖に、仕事ほっぽらかしちゃう人から見たら、アルビナ外相みたいな覚悟を持った人は理解できないのだろう。
「でも……マリアが無事で、安心できる人ならよかったよ。リドニーはアルビナ外相なら大丈夫って言ってたけど、不安もあったし」
「心配してくれてありがとう」
そう言ってジェラルドの頭を撫でたら、へらりと笑う。マリアが無事なら国なんてどうでもいいんじゃない? なんて余計な事を言うから、ぽかりと叩いておいたけど。
「帝国側にも、暗殺の動きってあるの?」
「なんか……変な動きあるみたいなんだよね。でもまだ、誰が何を企んでるのか、さっぱり掴めなくて。外交の事も、暗殺の事も……色々ある上に他にも公務があるからね。忙しすぎ、働きすぎだよ。まったく」
ぶーぶー文句を言いつつ、お茶をするジェラルドの姿が楽しそうだ。私もここの所ずっと、アルビナ外相が毒殺されるかもって、警戒しすぎてピリピリしてたから、ジェラルドと気の抜けたお茶をするのがリラックスできて良い気分転換だ。
「またマリアのお茶飲みにきていい? お茶でも飲んでないと仕事なんてやってられないよ」
「いいわよ。真面目に仕事するなら」
仕事したくないな……と苦笑いしながら帰っていった。
残った茶道具を片付けながらふと気づく。部屋に漂う紅茶の残り香、ポットに残った温もり。そこにジェラルドと過ごした楽しいお茶の時間が残ってる気がした。長年愛用しているこのポットで何回ジェラルドにお茶をいれただろう。これから何回一緒にお茶をするんだろう。
そっとポットを胸に抱いて微笑む。次お茶を淹れる日まで頑張ろう。そう思った。
次の日は初めての昼食会。晩餐会以来、アルビナ外相とジェラルド達が顔を合わせた。晩餐会の時は、一瞬睨む程敵意を持っていたジェラルドだったが、今日は笑いはしなかったが、真面目な顔を取り繕う程度には冷静だった。
昼食会には軽いフルコースが用意され、ゆったりと食べながら話が続く。とはいっても……交渉が重要な仕事だし、三人ともまったく食事を味わってる気配がない。
昼食会はお酒はなしに、お茶だけという事だったので、食事の順番にあわせ、細やかにお茶の種類を変えていく。でも三人とも何も感想はない。ちょっとやりがいがなくて寂しい。でも……毒殺を警戒せずに茶を飲める。その1点が私のお茶の価値なのよね。
ジェラルドが、一番こだわって真面目に話をしたのは、やはりカンパニーヌの反乱の事について。あの事件は結局、領主トニー・ウィズリーの個人的な反乱で、ザクソン王国の関与については、限りなく黒いけれど、公的にその事実は認められていなかった。
今後和平を結ぶとしても、過去の事件について、責任の所在は明らかにしたい。ジェラルドがそう思うのは無理も無いのだけど、アルビナ外相は巧みに話題をかわして、王国の関与を否定する。
穏やかで優しい貴婦人ではなく、政治家としてのアルビナ外相の一面を初めてみたが、自国の不利になる事は、一歩も引かない当たり、一筋縄では行かない人だ。
ジェラルドも太刀打ちできずに、悔しそうにしつつも引き下がる。
せっかくジェラルドにアルビナ外相の魅力を伝えたのに、こういう対応されると……やっぱり不信感は拭えないかなと、心配になった。




