すれ違う国と想い3
少しでも暗殺の危険を減らせないか……と、アラックと相談し、料理人にも無理を言ってやってもらった。ある日の朝食。
「あら……目の前で作ってくださるの?」
あまり物事に動じないアルビナ外相が、ちょっと目を丸くして「まあ……」と可愛らしく呟く。そう……朝食の席。アルビナ外相のいる部屋に調理器具を持ち込んで、目の前で作る。この世界の上流階級の常識で言うならありえない大胆な手法。町中で庶民が出店で食べるのと分けが違う。
でも……料理ってエンターテイメント。作る過程を見るのも楽しいし、作る所を見ていれば毒が入ってない安全だって、安心できる。
とはいっても、持ち込める調理器具に限りはあるし、せいぜいできるのは、スクランブルエッグを作ったり、ソーセージを焼く程度なのだけど。
それでも室内に漂う香ばしい香りと、できたて熱々の料理というだけでごちそう感はある。調理風景を眺めるアルビナ外相の表情は柔らかく、とても楽しそうに見えた。
「びっくりしたけど、できたての料理っていいわね。温かい物を食べると元気をもらえる気がするわ」
アルビナ外相がとても機嫌良く、いつもよりたくさん食事する。私は料理に合わせて味のしっかりしたお茶を選んで、香り豊かにいれて差し出す。
サンドイッチも加熱する具材じゃなければ、室内で作るのは難しくないだろう。アフタヌーンティーも出来るだけ、こうしてアルビナ外相の目の前で作ってもらおう。大幅な予定変更で料理人さんも困ってたけど、アルビナ外相がとても喜んでくれたから、やりがいあるみたい。
その日の夜のお茶会。アルビナ外相は子供のように無邪気に笑った。
「王国って冬はとっても寒いの。料理やお茶が温かいってだけでごちそうなくらい。だから温かい料理って嬉しいわ。帝国だとそこまで寒くならないでしょうし、きっと違うのでしょうね」
帝国の領土内は暑い地域から涼しい地域まで広くて、船による流通網も整備されてる。帝国各地から取り寄せた色んな食材を贅沢に使い、趣向を凝らした料理を作れるし、食文化も多彩だ。それに比べると王国はそこまで食が豊かな国ではないのだろう。
「帝国のサンドイッチは贅沢よね。果物や生野菜がたっぷりで」
「贅沢……ですか?」
「王国では青瓜のサンドイッチが、伝統的で一番とされてるのよ」
青瓜って……ああ、きゅうりだけのサンドイッチ。アルビナ外相を持て成す為に、王国の食文化を調べて知っている。
でもきゅうりだけって寂しいし、もっと美味しいもの出した方がいいんじゃないかって、料理リストから外してた。
王国では生野菜は長期保存に向かないから、ピクルスとか煮込み野菜が多くなる。きゅうりは寒い地方で作れなくて、わざわざ温室で栽培されるから、温室を所有できる程のお金がある……というのが一種のステイタスで貴族は必ずこれを茶会でだすらしい。
「もしかして……青瓜のサンドイッチ、食べたくなったりしますか?」
「そうね。王国をでてからずっと食べてなかったから、懐かしくて食べたくなってきたわ。もちろん帝国の皆さんが作ってくださるサンドイッチの方が美味しいけれど、食べなれた味の方がほっとするでしょう?」
「明日、料理人に言って作ってもらいます」
アルビナ外相はとても嬉しそうだ。……美味しければいいって、案外驕った考え方なのかな? 自分が美味しいと思う物が、相手も美味しいとは限らない。お茶もそうなんだよね。どうしてもお茶に詳しくなると、こだわりも強くなって、自分が美味しい物が一番だって、自分の価値の押し付け合いになる。
でも……お茶ってそんなにこだわって、五月蝿くなって楽しむ物じゃない。もっと身近で親しみがある、気軽に楽しめる方がずっといい。
「他にも食べたい物があれば言ってください。できるだけ頼んでみます」
「あら……嬉しいわね。ワガママ言ったら悪いかしら……と思ってたのだけど」
「急な予定変更があった方が、毒殺もやりにくいかもしれませんし」
「ふふふ。そうね。皆さんのご迷惑じゃなければありがたいわね」
今までの私達のもてなし、アルビナ外相は楽しんでくれてるように見えた。でもそれは気を使って喜んでる様に見せてただけで、本当は満足してなかったのかも。
国が違えば同じ物は用意できない、ワガママで迷惑をかけたくない。そうやって我慢して笑顔で満足している様にみせる。
……これって一番厄介なお客さんのパターンなんだよね。日本人に多かった。不満を声にだして言ってもらえれば改善のしようがある。でも一見満足してるように見えて、内心不満を抱えて二度と来ない。そんな客が増えると、店は何が問題なのかも気づけずにダメになっていく。
「もしかして……いつもと同じ茶葉でも、味が違って感じますか?」
「そうね……いつもより、香りがよくて、味や色が薄く感じるかしら?」
「……もしかして、水の味も違いますか?」
「ええ……帝国の水は、癖がないわね。飲みなれてないから、ちょっと物足りないくらい」
ああ……やっぱり。王国は硬水の国なんだ。水の違いまで調べてなかった。
「王国と同じ水は用意できませんが、できるだけ近い味にできるように努力します」
「あら……水が違っても、できるの?」
「茶葉の量や蒸らし時間の調整で、いつもより濃くいれれば、多少は近づけるかもしれません」
それでも多少はだ。王国の時とは全然違う。それでも翌日淹れたお茶は、今までより美味しいと言ってもらえた。今度こそお世辞じゃないと思う。
色々アルビナ外相に好みを聞いてみる。すると帝国貴族の食事より、もっと質素で素朴な物ばかりでてくる。私の思いつきで街まで菓子を買いに行った事もあった。小麦粉をこねて油であげて砂糖をまぶしただけの、庶民が食べるような安いチープな菓子。これが案外紅茶にあって、アルビナ外相も喜んで食べてた。
「これなら王国でも作れそうね。小間使いに作り方を調べさせて、国に帰ってからも作らせようかしら」
そこまで言う程お気に召して頂けたらしい。果物が豊富でない王国では、帝国のような南国の果物がふんだんな菓子は、国で再現できないと。
カンネでカレーの文化にびっくりしたけど、やっぱり現地に行ったり、現地の人の言葉を聞いて、その国にあった文化を知らないと、世界中にお茶を売り歩くなんて出来ないんじゃないかなと、改めて思った。




