すれ違う国と想い1
翌日からも毎日のお茶は欠かせない。でも今日の夜は晩餐会。ハイティーはなし。アフタヌーンティーに官吏が来て、一緒にお茶をする予定。
ジェラルドやリドニー宰相が、直接アルビナ外相と会って話するのは、ほとんど晩餐会と昼食会だけ。事前に官吏とお茶や食事をしながら話して、水面下の交渉で根回しした上で、最終的な所だけ直接話をするようだ。
でも……晩餐会って、正直私のする事ってほとんどないのよね。酒がメインの宴だし、参加人数が多すぎて、お茶の手配を一人で回しきれないから、アラックの指揮で宮内省の人員が手早く用意してしまう。一応晩餐会で出すお茶のリスト作りはしたけれど、本番は宮内省任せだ。
マルシアから、要警護対象二人が近くにいる方が、警護しやすいというので、私はできるだけアルビナ外相の近くで待機していた。次々と交わされる挨拶の後、がらりと場の空気が変わる。ジェラルドとリドニー宰相がやってきたからだ。
「アルビナ外相。遠くからわざわざお越し頂きありがとうございます」
「こちらこそお招きありがとうございます」
リドニー宰相は柔和な笑顔で話しかけ、アルビナ外相も穏やかな笑みで受け止める。並ぶと一見老年者同士の穏やかな交流……に、見えるけど、絶対したたかに腹を探り合ってるよね、これ。
ジェラルドも挨拶をするのだけど、表情が固い。アルビナ外相が目を離した時に、一瞬睨んだようにも見えた。やはりまだ王国の人間を快く歓迎はできないようだ。
ジェラルドの緊張をほぐさないと。私はさりげなさを装ってお茶を入れて近づく。
「酔い覚ましのお茶はいかがですか?」
リドニー宰相もアルビナ外相も、にこやかに何事も無く受け取る。ジェラルドだけ少し反応が遅れた。ぎこちなく受け取って一口。少しほっとしたようだ。私を見る目がありがとうと囁いた気がした。
今日は顔合わせの前哨戦みたいな物で、大きな波乱も無く、無事晩餐会が終わった。晩餐会でお酒もお茶も色々飲んだし、もういいのかな……と、思ったけれど、今日も寝る前にお茶が欲しいと言われ、アルビナ外相と二人で夜のお茶会。
「マリア……貴方ってジェラルド殿下と親しいのでしょう?」
唐突にそう聞かれて、ええ……まあ……と、言葉を濁す。親しいってどの程度の意味でだろう? まさか……男女の仲とかで疑われてたりしないよね?
「私も事前に色々調べたのよ。貴方が皇室の皆様にお茶を振る舞った事で、帝国で紅茶が流行したのでしょう? それが7年以上前。結構長い付き合いよね?」
「そうですね……この7年、直接はお会いしてませんでしたが」
ちょっと調べただけでも、皇室茶会の事は話題にあがる程度に有名なんだな。変な意味で疑われてたんじゃなければよかった。アルビナ外相は笑みを消して、困ったように私を見上げる。
「晩餐会の時……殿下が私を睨んでたように見えたのだけど、私自身に心当たりは無いし。殿下は何か王国に因縁でもおありなのかしら? マリア……貴方何か知らない?」
やっぱり気づかれてたか。そして……さすがに調べたと言っても、アンネの事までは知らないよね。これって話していい事なんだろうか……私の話一つで外交会談が上手くいかなくなる……とか怖い。
そう思ったけど、昨日一日のやりとりだけでも、アルビナ外相は信頼できる人のように見えたし、むしろ知っておいた方がお互いやりやすいかもしれない。
それで私は慎重に言葉を選んで、アンネの一件を話した。
「なるほどね……。大切な人を失って、その恨みを水に流せと言われても、そう簡単にはいかないわよね」
ちょっと遠くをせつなげに眺めて、小さく溜息。少しだけ思い悩んだ後、私をちらりと見た。
「殿下は……今回の和平に反対なのかしら?」
「いえ……そんな事はないと思います。私がアルビナ外相にお茶を淹れる仕事を依頼したのは、殿下ですし」
あら……と小さく声を出した後、アルビナ外相はふわりと微笑んだ。
「殿下が……貴方を選んだ……。それなら大丈夫かしらね。大切な人をわざわざ私の側に置くくらい、信用してもらってるのかしら」
アルビナ外相の言葉にどきりとする。大切な人って私の事?
「大切な人って……別に殿下と私は特別な関係なわけでは……」
慌てて否定して笑われた。
「別に男女の関係だなんて、疑ったわけじゃないのよ。大切って色々あるでしょう? 家族とか、友人とか……心を許した相手。晩餐会での殿下と貴方のやり取り、そんな親しい空気を感じたわよ」
アルビナ外相に言われてかーっと赤くなる。慌てて否定して、かえって何かあるみたいに思われたんじゃないのか? 恥ずかしいな。
「ジェラルド殿下って……一時期行方不明だったり、公務をしてなかったり……色々謎が多い方だったから不安もあったの。貴方から人柄を聞けると嬉しいわ」
行方不明って……あの旅に出てた頃か。まあ……公務もさぼってたし、同じ帝国内でも変わり者にみられてたし、他国人からみたら謎だよね。
でも……正直に人柄なんて言えない。国なんて傾いてもかまわないから逃げる……だなんて言う人間と、これから和平会談してくれなんて言えないし。
「ちょっと……常識にとらわれないというか……型破りな所はありますが、根は悪い方ではありません。少なくとも好んで戦争を起こす人ではありません」
嘘を言わずに精一杯好意的に話せるのってこれくらいじゃないか? 私がとても困ってたのがわかったのか、アルビナ外相はくすくす笑う。
「随分……面白い方なのね。でも、貴方が根が悪い人じゃないっていうなら、きっとお優しい方なのね。今の実力者はリドニー宰相だけど、今後の次世代は、殿下達の時代でしょう。これから長い王国と帝国の付き合いが上手く行くかどうかは、殿下の気持ち次第だと思っているの。昔の事は悲しい事件だけど、少しでも良好な関係を築けるように、今回お話できたらいいわね」
兄が回復したら、公務から逃げるつもりです……なんて言えない。言えないけど……アルビナ外相はこれだけ良い人だし、ジェラルドが少しでも良い印象を持ってもらえたらいいな……と思った。




