もてなしの心3
夕食に合わせたハイティーの時間だ。食前に飲む場合と、食事中に飲む場合、人それぞれで、アルビナ外相は食事中に飲みたいと言った。お酒も果実酒を軽く一杯。
ハイティーはカンネ産の紅茶にしてみた。まだ商業ベースではないけれど、試作品の味はリーリア様のお墨付き。ロンドヴィルムの紅茶に比べて、香りが爽やかだ。前は味が弱かったけど、茶葉を細かくして、濃く入れられるようにしてもらった。
「昼に飲んだ紅茶とはまた香りが違うのね」
「産地が違うのです。まだこちらは試作品の段階で売り物ではありませんが」
「帝国で紅茶産業の普及が進んでいる様ね。王国に輸出されるのはいつ頃かしら。楽しみにしてるわ」
そう言いながらお代わりを頼まれる。召使いの人がカップを後ろにさげたので、私は予備の新しいカップを手にとった。……カップの取ってを持った時、妙にぬめりとした感触がして驚く。つるりとそのままカップが落ちて床でくだけた。
「失礼致しました」
慌てて謝罪して拾おうとしたが、さっとアラックが止めて、他の召使いに掃除をさせる。カップが何かおかしかった。でも……客の目の前で食器を落とすのは私の失態だ。しかも他国の賓客を持て成すティーカップともなると、相当な貴重品のはず。
アルビナ外相は鷹揚に「気にしなくてもいいわ」と言ってくれたけど、恥ずかしさで震えた。
アルビナ外相の夕食後、部屋を下がった私に、アラックが声をかける。
「どんな理由があったとしても、お客様の前で食器を落とすのは、大変失礼な行為です。今後お気をつけください」
「申し訳ありません」
「私の方でも食器の手入れは確認していますが、私の確認の後に手を加えられる場合もありますので」
まったく表情を変えずに、平然とアラックがいうので驚いた。カップがおかしい事に気づいてたの?
「あのティーカップ。ぬめりと妙な感触がありました。まさか……毒物の混入とか……」
「アルビナ外相に毒を飲ませる為であれば、カップの縁に塗る物です。取っ手にぬめりを感じるのは不自然でしょう。毒物ではなく、マリア様への嫌がらせでしょうね」
あっさりと言い放つアラックの言葉にさらに呆然とした。嫌がらせって、そんな身に覚えないのだけど。
「本来、他国からの賓客のもてなしは宮内省の管轄。それを殿下や宰相の言葉で、見知らぬ貴族の令嬢に仕事を奪われたと、快く思っていない者もおります。身内の恥。お恥ずかしい限りでございます」
嫉妬からの足の引っ張り合い。醜くて嫌になる。アンネも初の女官吏という事で、色々嫌がらせをされたし、それに比べれば、まだこれは可愛い方なのだろうか。
「嫌がらせですめばよいですが、毒物の混入となれば大問題です。私もお茶を差し上げる前に、よく茶道具を確認します」
「マリア様、よろしくお願い致します」
アラックと今後の対応策の打ち合わせをして、次の仕事の準備に入った。
夕食後少しのんびりしてから、アフターディナーティーの時間だ。夜寝る前のお茶だから、カフェイン少なめに薄く。本当はハーブティーの方がいいかと思ったけど、ブランデーに合う物を……と言われたらやっぱり紅茶よね。
「紅茶にわずかにブランデーを垂らしても、美味しくお召し上がり頂けます」
「王国でもお茶に酒を入れて飲む事はあるけれど、紅茶の方がブランデーに合うでしょうね」
にこりと微笑みながらお茶を飲む。でも……一緒に添えられて出された、果物の砂糖菓子には手をつけない。夕食でお腹いっぱいなのかな? 夕食もそれ程たくさんは食べてなかったけど。
今日一日食事風景を見てたけど、食の細い方なのか、食べる量が少なめだ。実に優雅で自然体で食事をしているから、無理してるようには見えない。
「新しいお茶について色々聞きたいわ。マリア。一人だけ残ってお話聞かせてもらえないかしら?」
アルビナ外相の言葉に驚きつつお辞儀で返すと、他の人が皆さがっていく。私一人を残してどんな話があるのだろう。
「今日は一日お茶をありがとう。どれもとても美味しかったわ」
「ありがとうございます」
「イレブンジィズ以外は、全部私の目の前で入れてくれたわね。「毒は入ってない」と見せる為かしら?」
どきりとした。確かに、その可能性があったから、できるだけ目の前で入れようと心がけた。それを見抜かれていたのか。
「貴方の事は信用してるわ。でも、貴方が目を離した隙に誰かが入れる可能性もありますし、目の前で入れていただいた方が安心よね。冷たいお茶、美味しかったけど残念だわ」
そういう事か。アイスティーは氷の保管の関係で、厨房で作って持って来るしか無い。私が持ち運ぶ過程での毒の混入まで気にしての事だったのか。
私の動揺に、アルビナ外相は穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。
「王国で今まで女の議員がいなかったわけじゃないけど、ここまで要職につくのは初めてなの。だから色々嫌がらせを受けてきたわ。男の嫌がらせって、見苦しくて嫌ね。さっきのカップ。とっても綺麗だったのに。もったいないわ」
「そ……それも気づいていらっしゃったのですか?」
「貴方がとても丁寧に茶道具を扱ってるのは、見ていてよくわかりましたもの。それに……自分の口に入る物に不自然な所がないか、気を配るのはいつもの事。王国内でも私の敵はいますし、男の嫌がらせはよくある事だもの」
男の嫌がらせ……と、簡単に言うが、ティーカップを落として割らせて恥をかかせようというのと、毒殺しようというのでは、次元の違う話だ。
毒なんて良くある事よ。そう……何でもない事のようにいう姿が、恐ろしすぎて震える。まったく不自然さのない優雅な貴婦人だったのに、毒殺の警戒を怠ってなかった。それは……日常的に暗殺の可能性を常に意識してるからなのだろう。
「どうして……女が活躍するとうるさいのかしら? 私の夫はね、理解があるから良いけれど、世の多くの男は、女が下じゃないと気がすまないみたい。貴方のように、女でありながら、仕事を持つ人を見てると嬉しくなるの」
「私も……女性の政治家って珍しいと、初めは思いましたが、アルビナ外相はとても女性として魅力的で、でも仕事もとてもできる方だという印象を受けました。尊敬致します」
「あら……嬉しいわ。ありがとう」
ふと気がついた。手を付けられてない果物の砂糖菓子。もしかしてこれも毒殺を気にして手をつけない?
「失礼致します」
他の人が見てないからと思って、無礼は承知で砂糖菓子を一つ摘んで食べた。味に問題は無い。これなら大丈夫だろう。
「もし心配なら、いつでも私が毒味をします」
そう言って見せたらアルビナ外相はとっても楽しそうに無邪気に笑った。今までよりずっと子供染みた笑い方だ。
「貴方って……随分大胆な人ね。でも助かったわ。初日だったし警戒して、一日控えめにしか食べなかったから、お腹空いてたのよね」
そう言ってアルビナ外相も砂糖菓子を一口食べる。ああ……食が細い方なのかと思ったら、我慢して食べてなかったのか。
私も一緒になって菓子を摘んで、女二人きりの秘密だと囁いて、笑って。明日からもアフターディナーティーは二人だけでして、私が毒味したものを遠慮なく食べると言ってくれた。
長い一日だった。これがしばらく続くと思うと大変だが、初日からアルビナ外相にこれだけ信頼してもらえたなら、この先の仕事もずっとやりやすい。




