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もてなしの心1

 ついにザクソン王国からアルビナ外相がやってきた。外交会談の始まりだ。アルブムに到着した日は、長旅の疲れを癒す為という事で、外交の予定はない。アルビナ外相の世話係として、何人か顔合わせをした。

 その時私も一緒に挨拶をする。私の護衛と言う事で、マルシアも一緒に。たかが茶師に護衛というのは不自然に思われないかと、思ったけど、女性の護衛役という事で、あっさり理解を示してくれた。


「あら……貴方があの「茶師の姫君」なのね。噂は聞いているわ。新しいお茶を作り出して他国に売り込む、貴族の令嬢がいると」


 おっとりとした微笑みを浮かべるアルビナ外相は、きっと若い時は美人だっただろうな……と、想像できる程度には目鼻立ちが整っていた。でも、今はぽっちゃり体型で、顔にもいっぱい皺があって、50代くらいの年齢相応の年を重ねた、上品で可愛らしいオバサマだ。

 柔らかで優しそうな雰囲気の貴婦人で、とても良い年の取り方だと思う。こんな柔らかな雰囲気で政治家をしているというのが不思議な感じだ。リドニー宰相みたいな、意地悪で古狸のオバサマを想像してたのだけど。


「アルビナ外相にまで、名前を知っていただけて光栄です」

「まだ噂だけで、その新しいお茶を飲んだ事が無いの。明日からいれてくれるのでしょう? 楽しみにしてるわね」


 お互い良い印象で仕事を始められるのは、幸運な事だよね。アルビナ外相が良い人でよかった。

 翌日。さっそく朝一番にアーリーモーニングティーの用意をする。火鉢とティーセットを用意して、アルビナ外相の寝室へと向かった。アルビナ外相は既に目を覚まし、ベットの中で寝間着のまま本を読んでいた。

 私が入ってきて穏やかに微笑む。


「おはよう……。あら? 目の前でお茶をいれてくださるの?」

「はい。今日はアルビナ外相がお好きだとお伺いしていた、レリのお茶をご用意させていただきました」


 朝のアーリーモーニングティーはベットの上で、優雅に寛ぎながら飲む目覚めの一杯だ。目覚めの一口なら少し濃いめで渋い方がいい。事前にアルビナ外相の好みは聞いていた。細かい嗜好までわからないし、最初は無難に普段好んで飲んでいる物をそのまま出して、様子を見た方が良いと思ったのだ。

 私がゆっくりとお茶を入れて差し出すと、アルビナ外相はそれを受け取って一口飲む。


「美味しいわね」


 おっとり微笑みベットの中でお茶を楽しむ姿は、とても優雅でまさに貴婦人という感じがした。


「帝国は王国に比べて暖かいわね。……昼間は暑くなるかしら?」

「今日は天気が良くなりそうですから、日中は暑くなるかもしれません。イレブンジィズに冷たいお茶をお持ちしましょうか?」

「冷たいお茶?」


 まあ……と愛らしく口を開けて微笑する。帝国でもアイスティーを飲む人間は少数派だ。まして帝国より寒い王国で冷たいお茶など飲む事はないだろう。


「面白そうね。楽しみにしてるわ」


 モーニングティーが終わったら、次は朝食と共に飲むブレックファストティー。アルビナ外相が着替えて、朝の報告と軽く仕事の予定を確認してから朝食になる。あまり時間はない。

 朝食の最終確認に行くと、アルビナ外相がつれて来た小間使いが、厨房から出て来る所だった。厨房の料理人が困ったように溜息をつく。


「どうかしたんですか?」

「いえ……たいした事ではないのですが、予定変更があって」


 今日の朝食は王国式。トーストにジャムを乗せ、ベーコンやソーセージを焼いた物と、卵料理。スープと野菜料理を一品。要人の食事とは思えない程質素だけど、これが王国の貴族の日常食だそうだ。

 王国は伝統と格式を重んじる為に、古くからの食生活を守る頑さがある。まだ調理技術が未熟な、昔風の質素な料理が今でも続いているようだ。

 帝国の方が、新しい流行に飛びついて取り入れて行く気風があるので、それはお国柄かな。

 そして予定変更というのは、トーストに乗せるジャム。これをアルビナ外相が自分で持ち込んだ物を使うから、用意は不要と言われたらしい。せっかく最高級の物を各種用意してたのに……と、残念そうに呟く料理人を見つつ、アルビナ外相がどんなジャムを用意したのか気になった。


 朝食の時間が来た。アルビナ外相が朝食をとるダイニングに茶道具を持ち込んで、目の前でお茶を淹れる。お茶を入れつつ観察していたら、アルビナ外相は小間使いから小さな小瓶を渡されて、嬉しそうに空けていた。

 小瓶には紙で封がされていて、中にジャムらしき物が入っている。小瓶は小さく量が少なくて一回分という程だ。

 私はモーニングより少し薄めに入れたレリの緑茶を出しながら、アルビナ外相に話しかける。


「何か……特別なジャムなのですか?」

「このマーマレード? 自宅の小間使いに私好みに作らせているの」

「少しだけ……味見させていただいても、よろしいですか? 今後お出しするお茶の参考にしたいので」


 スプーンで瓶からジャムを皿にすくい上げ、残った瓶を「どうぞ」と言って差し出してくれた。まだ少しだけジャムが付いた瓶。流石に目の前で指突っ込んで舐めるのはお行儀悪いし後にしよう。

 瓶についていた紙をしげしげと眺める。お手製……というだけあって、既製品ではなく、誰かの手書き文字が書かれたラベル。蓋の所にしっかりついていたから、もし事前に空けていたら一目で分かる。

 まさか……暗殺対策? 少しでも口にする物の安全性を高めたいとか。

 そんな周到さだなんてみじんも感じさせずに、アルビナ外相は優雅に貴婦人の朝食を楽しんでいる。


「このお茶……さっきより香りが良いわね」

「お茶の濃さより香りを引き出す入れ方にしてみました」

「あら……入れ方一つでこんなに変わるのね。面白いわ」


 どうやらお茶はお気に召していただけたらしい。朝食が終わったので下がった後、こっそり瓶に残ったマーマレードを舐めてみる。かなり甘さ控えめ。酸味とほろ苦い味が際立ち、そこにかすかにブランデーの味わいが重なる。とても大人向けの上品な味。

 美味しいけど……これ長期保存に向かないな。砂糖が少なすぎて、すぐに悪くなる。でも煮沸消毒をした瓶に入れて密閉しておけば日持ちするし、一回限りの使い切りの量だけ……にしておけば、問題ないのか。

 この小さな瓶に小分けするスタイルは、長期保存と暗殺対策という、両面を兼ね備えた合理性……なのかもしれない。

 こういう味が好みの方だと覚えておこう。

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