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複雑怪奇な仕事の事情3

 それからしばらく、外交会談に向けての準備が進んだ。ザクソン王国式の茶会のしきたり、皇室の礼法など、色々勉強する事は山積みだ。

 王国の食文化は地球に照らし合わせれば、19世紀頃のイギリスに似ている。帝国に比べ1年を通して気温が低く、取れる食材が限られている。肉や乳製品は割と豊富なんだけど、野菜や果物類は不足しがちだ。帝国の領土が北から南まで広くて、食材の宝庫……だからその差は大きい。

 なにせパンにバターを塗って、キュウリを挟んだだけのサンドイッチが、王国貴族の間で一番ともてはやされるくらいだ。キュウリだけのサンドイッチじゃ寂しいし、もっと美味しい物をだしたら喜んでもらえるかな? とサンドイッチ一つでも色々考えるのが楽しい。

 正式にザクソン王国からの外交団の代表が、アルビナ外相に決まって、アルビナ外相好みのお茶は何か……というのを調べる事も必要になった。


 仕事の準備の傍ら、ラルゴとソフィアの様子を見に行く。ソフィアのお腹はだいぶ大きくなって、臨月に入ったという。ただやはり心労のせいか、体調がよくなくて、ラルゴもとても心配していた。

 だから妊婦の体に良くないかもしれない……と思いつつ、ごくごく薄く入れた私のお茶も、ソフィアに飲ませた。少し顔色も良くなってきたし、元気で出産を迎えられるといいなと思う。


「マリア様の警護の為に、側を離れるなというご命令です」

「他国の賓客をお持て成しする、ただの茶師に護衛がつくというのは、おかしな話です。控えていただきたい」


 マルシアとアラックが揉めている。アルビナ外相の茶師として働く間、マルシアは今まで通り私の側で護衛をすると言って聞かないし、アラックはそれは非常識で無礼だと拒否する。


「あ……あの……マルシアさんは、女性護衛官ですし、アルビナ外相も女性。女性の警備がつく方が安心していただけないでしょうか?」

「つまり……マルシア殿にアルビナ外相の護衛役を任せるという事ですか?」

「ええ……アルビナ外相の護衛役の一人……として紹介して、私が側にいる間、見守っていただくという事で」


 アラックはかなり渋ったけれど、女性の賓客に女性護衛官を配置するのは、それほど非常識な事でもないので、最終的に了承した。


「護衛対象が1人から2人に増えただけですので、問題ありません。ただ……私に任せられたのはマリア様の護衛。優先すべきはマリア様です」


 マルシアのぶれなさ感が凄い。頼もしいけど、他国の賓客より私が上でいいんだろうか?


 外交会談に向け忙しいさなか、夜遅くにまたふらりとジェラルドが私の部屋にやってきた。いつものへらへら笑顔なのだけど、疲労の色が濃い。ちょっと痩せたかな?


「こんな遅くにごめんね。他に時間がとれなくて」

「私も色々準備の為に遅くまで起きてるし大丈夫よ。何か用事があるの?」

「用事なんて無いよ。色々疲れたから、マリアのお茶で癒されたいんだ。お茶飲もうよ」


 ジェラルドのへらへらした笑顔を見て、ふっと緊張の糸が緩む。私も重要な仕事を任されて、プレッシャーで気をはりすぎて疲れていた。こうしてのんびりお茶をできるのは嬉しい。


「今回の外交会談、父上から僕に任されたんだ。だからやる事山積みで」

「皇帝陛下は関わらないんだ」

「うん。さすがに僕だけだと心配だって、リドニーも一緒だけどね」


 この常識破りでやる気のない男だけに、重要な外交会談を任せるという暴挙はしないよね。でも……それならどうして皇帝陛下自らがやらないのだろう? 私の疑問が顔にでてたのか、ジェラルドはふっと笑みを消してぽつぽつと語りだす。


「ザクソン王国って言ったら……あのカンパニーヌの反乱に関わった国……だからね」


 その呟きで私も悟った。ああ……もしザクソン王国がカンパニーヌの反乱を手引きしなければ、アンネは死ななかった。10年以上前の話だけど、ジェラルドのトラウマは未だ癒えない。ザクソン王国の人間に憎しみを覚えてしまうのは仕方が無い事だ。


「だから……あえて、ジェラルドに和平交渉を?」

「うん。僕が不信を抱えたままだと、例え両国の関係がよくなっても、今後問題が起きるから。今のうちに少しでもザクソン王国の人間を信用できるようになれって」


 皇帝陛下も結構厳しいな。国の為政者としては、この先の不安を無くす為に必要な事なのかもしれないけど、ジェラルドはやりたくもない仕事を通してトラウマを突きつけられなきゃいけないんだ。


「私も頑張るから、ジェラルドも頑張って。もしまた疲れたっていうなら、お茶飲みにきてもいいから」


 そう言ったらジェラルドの表情がぱっと明るくなった。


「そうだね。どんな嫌な仕事で疲れても、マリアのお茶が待ってると思えば頑張れるね」

「私も……お茶の事はともかく、政治や暗殺まで絡んでくると、専門外だし緊張するの。ジェラルドがこうしてお茶しながら聞いてくれると助かる」

「話を聞くだけでマリアが楽になるならいくらでも聞くよ」

「ありがとう。少し気分が楽になったわ」


 王国の食文化について、いくつかわからない事をジェラルドに質問したら色々教えてくれた。一人で考えるだけより、こうして誰かに話した方が、考えが整理できて助かる。


「マリアの淹れるお茶なら、絶対に満足してもらえるよ。自信を持って」

「そうかな……? 政治とか私と違う世界の話だし」

「政治家だろうと、子供だろうと、美味しいものを食べれば嬉しくなるし。マリアのもてなしの技術や心配りは凄いし、相手が誰だろうと喜んでもらえるお茶をいれればいいんだよ」


 政治家だって人。美味しいものを出せばいいんだって、そう背中を押してもらえたから、緊張がほぐれた。


「またこうしてお茶しながら、お互い愚痴をこぼしあおうよ」


 ジェラルドがへらっと笑って軽く言う。

 仕事好きな私でも、たまにはこういうお茶会で息抜きしたいって思うし、仕事嫌いなジェラルドならなおさらだ。それでもやっぱりご褒美があれば疲れる仕事も乗り切れるよね。

 プレッシャーのかかる仕事だけど頑張ろう。

 こうして少しづつ準備は進んで、ついに外交会談の日は目前までやってきた。

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