#31
「琥珀さん、今日、明日はどのようなご予定ですか」
普段と変わらない休日の朝食の会話。
「はい、今日は学校の図書館で勉強をしようかと考えています。明日は、自室で勉強します。」
「そうですか、昼食はどうしますか。」
「昼食は自分で取ります。夕食は、ここで……いただきます。」
「……承知しました。」
疲れたような顔をしながら返事をする利恵の顔を見て、胸に針が刺さったかのような痛みを覚えた。
だが、ここで夕飯を別の場所で食べるなんて言ったら――
”あなたは、住まわせてもらってる分際でよくもそんなことが……”
”いや、あの……僕の分まで……疲れてまで……申し訳ないなって。”
”ハァ、何その遠慮。なんか私が悪いみたいじゃない。なんでこんな私の子どもを殺したあなたみたいな悪魔をこうも育てなくちゃいけないの。あなたじゃなくて私の息子が生き残ればよかったのよ。ここが嫌ならあっちのお宅にでも戻ればいいじゃない……あ、でも年金生活で育てられないのだったかしら?まぁ、学校卒業までっていうあちらとのお約束だから一応この家にはいらしても構わないけど。”
きっとまたあの時のように言われるだけだ。
琥珀は、胸の痛みを隠すかのように唇を針の痛みよりも強く噛んだ。
「行ってきます。」
玄関に飾られている花に今日も挨拶をする。
――この花いつも思うけどなんて言う名前なんだろう。にしてもこんな悪い空気でよく立派に育つよな……。
琥珀は、見るたびにその花の生命力の強さを感じていた。
いつか、この花のように強くあることのできる日が来るのだろうか。
琥珀は、獅音と待ち合わせをしている場所へと向かった。
予定よりも1時間ほど早く学校に着いた琥珀は、ただ空を見上げて時が経つのを待っていた。
――さっむ。着いたら連絡してって言われたけど、流石に早すぎるしな。でもあそこにいるよりずっとましだ。父さん、どんな気持ちだったのかな……。
琥珀はふと小さい頃の父親との会話を思い出した。
”ねーね、パパ。なんでママのお家にはいっぱい行くのに、パパのお家にはいかないの?”
”う~ん、鋭い質問をするようになってきたな、琥珀。そうだな、パパのお家とはケンカしてるんだ。パパの考えとはどうにも合わんくてな、結婚も反対されてたし、だから琥珀が生まれるのも……ってこんな話難しいか。”
”喧嘩?ごめんなさい?じゃあコハクは、パパのばぁば達とはまだ会えない?”
”どうだろうな。心の底からお互いごめんなさいができた時……かな。でもな、その時琥珀は絶対に必要なんだ。パパのヒーローにもなってくれるか?”
”うん!コハクは、ママのヒーリョーにも、パパのヒーリョーにもなる!”
父親の少し困ったような顔が浮かぶ。
――父さん、俺。全然ヒーローになんて……
「琥珀、おはよ!」
声のする方向に視界を向けるとそこには獅音がいた。
イヤホンをしまうも、視線は琥珀の方を向いている。
「お、おはよう……ございます。」
「ッフ、何で敬語……ていうか着くの早くない?着いたなら連絡してくれればよかったのに!」
「いや、申し訳……あ、そうだな。思いつかなかった。」
――きっと、俺がお金とか気にしてたから……多分気を遣ってくれたんだ。なのに、俺、申し訳ないとか……。
ふと朝食の時にあの時のことを思い出してしまったせいか、言葉が詰まる。
「ありがとう」
「え?」
予想外の獅音の返答に、琥珀は目を大きくしつい獅音と目が合ってしまった。
獅音は、やわらかいオレンジ色のような笑顔をしていた。
「琥珀のことだから、どうせ早く連絡するなんて悪いって気を遣ってくれたんでしょ!でも、僕は連絡してくれた方が嬉しいから」
「嬉しい?」
「うん!連絡してくれればすぐ琥珀のところに行く。」
普段とはどこか違う力のこもった一言のように感じた。
「あ、ありがとう……?」
――ん?何で俺、礼なんて言ってんだ?
自分の言葉に混乱する琥珀の様子を見て、獅音の笑みは声となって表れた。
「よし、じゃあ行こうか!」
「う、うっす」
ついさっきまでの肌寒さが、少しだけ温かい。
そのわけを2人は、徐々に顔を見せる太陽のせいにしたまま、言葉にはしなかった。
ーーきっと俺だけ。
ーーきっと僕だけ。
そう心にとどめた。




