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#30

次の日、またその次の日も琥珀と獅音は、言葉を交わすことはなかった。

いや、正確には、琥珀が避けていた。

話そうと思えば、話すことはできる。

だが、反射的に言葉を交わすことを避けていた。

なぜか、獅音の姿を見るだけ()()()の出来事が脳裏に浮かび、心拍が上がる。


――ハァ、さっきもテスト勉強とか言って、昼食断っちゃった。テスト勉強したい思いに嘘はないけど。にしてもあんな……あんな、あからさまに落ち込む顔しなくたっていいだろ。


ふと、10分前の獅音の少し拗ねた顔を思い出す。

口角はあがっていたが、あれは無理やり作った笑顔だ。

何か気持ちを落ち着かせようと必死に抑えているような瞳をしていた。

何か言いたげだったが、すぐに口を紡ぐ。その代わりと言えるように、獅音は目線を下に落としていた。


昨日よりもさらに、気まずさが増していく。


――プレゼン発表まで、後学校で会えるの3日しかないってのに。


歩きながらさっきコンビニで買ったおにぎりを口に入れる。

せめて、有言実行はしておこうと次の授業教室へと向かった。


一番後ろの窓際の席に腰を下ろし、英語の教材を広げる。

それを合図に、琥珀のスマホが小刻みに揺れた。


『明日は、来週は課題の最終チェックもしたいし昼食、一緒に食べよ!』


獅音からだった。


――あいつ、どんな顔してこの文打ったんだろ。


またこの気持ち――何色もの色が混ざった名前の分からないこの感情。


――うん……じゃ、何か嫌だな。分かりまし……いや、これじゃ何か冷たすぎるか。


考えながら、文字を打っては消しを繰り返す。


『分かり、し了解。』


――あ。誤字った。これ、どうやって消すんだ……。


誤字返信と同時に、既読がついてしまった。

獅音からは、普段あまり送られてこないスタンプが送られてきた。


――なんだこれ。てか、スタンプとか珍し。ま……スタンプの1個や2個くらい持ってるもんか。


そのスタンプは、ゆるくふわふわっとしたホワイトタイガーが目を輝かせているものだった。


目を輝かせながら、こちらを見てくるホワイトタイガーが、課題に関するチェック連絡によって徐々に上へと押し上げられていく。

ついにスクロールしなくては見えないところまで上り詰めた時には、”昼食を一緒に食べる日”となっていた。


先週の気まずさが嘘だったかのように、獅音の会話に琥珀は今まで通り短い言葉で返していく。

昼食を済ませ、残りの時間で発表の通し練習をした後、2人はまた明日と軽く言い合いそれぞれ次の教室へと移動していった。


その後の記憶は、原因である今日のこの授業から生まれた緊張によってあまり覚えていない。

琥珀は、自分の心拍数に気をとられていた。


「大丈夫?」


すると突然、自分の隣の席に座る人物――獅音から声をかけられた。

驚きのあまり琥珀は我に返る。


「え、何でいんの?違う席だろ。」

「いや、だって先生が言ってたじゃん!自分のペアと座るようにって、でも琥珀。なんか珍しく聞いてなさそうだったし?僕がこっち座ろうって思って!」


――いや、思ってじゃないし……心臓に悪。


発表の時間が順調に流れていき、ついに2人の番の1つ前へと差し掛かる。

琥珀はまた、自分の心拍数に飲み込まれそうになった瞬間――


「大丈夫だよ」


琥珀の耳元に、獅音の少し低く、優しい声が小さく響いた。


「んなっ!」


突然のことで、琥珀は大きな声を出しかけるも、獅音の手が口元を塞ぎ、なんとか声を出すのは免れた。

琥珀は、少しムスッとした目つきで獅音を見ると、獅音はもう片方の人差し指を獅音の口元に置きながら、静かにするよう伝える。


――ふっっっっざけんな!


スクリーン前へと移動中、琥珀の頬は、一段と淡い赤へと染まっていく。

だが、スライドを見やすくするため部屋を暗くしていたせいか、気づく人は誰もいない。

頬への色が徐々に抜かれ、落ち着きを取り戻し普段のどこか淡々とした態度でこなすことができた。

一方、獅音は普段よりもどこか上機嫌とも取れる向日葵のように眩しい態度で、教師含め傍聴者に癒しを与えた。

こうして2人の発表は、無事終了した。


「上手くいったね~」


授業のチャイムと同時に、獅音は琥珀に話しかける。

何かを思い出してなのか、琥珀の返事に少し間がうまれた。


「……別に」

「なんか、拗ねてる?」

「拗ねてないし。」

「なら、いいんだけど!ね、無事終わったし、今度遊びに行かない?」

「来週、テスト期間。」

「じゃあ、勉強会……僕の家で!」


一瞬、琥珀の教材を片す手が止まる。


「いや、でもほら。ご家族の方にも迷惑だろ。」

「いや、母さんも今出張でいないし、父さんも基本帰宅遅いから。碧音……弟も今部活の手伝いとかで夜遅くに返ってくるみたいだし!今週の日曜とかどう?」


――日曜は、あの人たち何も用事ないって言ってたよな。てことは、家か駅周辺にいる可能性が高い。


「日曜は無理……だけど、土曜なら。」

「本当!?バイトあると思ってた、よかった……じゃあ決まり!学校前に早くて9時集合はどう?流石に早すぎ?」

「いや、逆にそんな早くお邪魔していいのか?それに休日じゃ、親御さんだって休みじゃ……。」


その瞬間、獅音の黒色の瞳がさらに黒へと染まるように琥珀は感じた。

その瞳を見た瞬間、琥珀の心拍数が痛いと感じるほど強くどこか震えているように一度だけ、脈を打った。


「あー、()の両親。()()()()()好きみたいだから。休日も基本いないの、心配しなくて平気!それに、朝活!ほら、勉強って朝した方がいいっていうじゃん?」

「そっ……か。ならお邪魔する。」


その一言で、獅音は安心したかのように琥珀に笑顔を向ける。

よく見ると、獅音の瞳の色は戻っていた。

だが、琥珀の恐怖とは違う不安はまだ残ったままだった。

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