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城壁都市リーヴェンス攻防記 ~新編・破壊の天使~  作者: 南風禽種
第2話 照り映えるふたつの月の下
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2-4 「黒衣の魔女」と「白衣の聖女」

四 「黒衣の魔女」と「白衣の聖女」


「そうして少数の同志たちが果敢にも挙兵し、既存の秩序を打ち破って大陸を制覇し、打ち立てた帝国、ということですが……」


 妄想するキュリロスの陰から控えめに手を挙げたソテリオスが、少し進み出るとニケフォルスをまっすぐ見つめ、質問してきた。


「建国から二十五年が経ったいま、帝国はかつての王国をも凌駕しました。国際的にも確固たる地位を築き、強国になったと言ってもいいのでしょうが……」


「なんだソテリオス、その、奥歯にものが挟まったような言い方は」


「これは癖です。申し訳ありません」


 そう言って頭を下げつつ、ソテリオスは袋に入れてあった少女のぬいぐるみを取り出しながらも、いつしかキュリロスの隣に座を占めていた。


「帝国は国土が広いだけでなく、肥沃な国土と豊富な経済力、そして強大な軍事力を持っています。それなのになぜ、なおも外に敵を求めるのでしょうか」


 このたび発動された、リーヴェンス攻囲戦も帝国の膨張政策の一端をなす。


 リーナス島は旧王国の領域のうち、併合されていない最後の土地である。これまでにも帝国は数回、遠征によってこの島を屈服させようとしてきたが、いまだ成功していない。

 今回の軍事行動は前回から三年ぶりになるが、規模は過去最大とも言われている。


 島の最北端にあるリーヴェンスは、大陸とのつながりによって栄えてきた都市である。ここを一気に攻め落とすことで、頑として支配をはねのけてきたこの小さな島を、今度こそ飲み込もうと画策しているのだ。

 だがソテリオスは、この遠征の真の意味を、前から考えていたらしい。


「やはり国内にはまだ、帝国政府に対する不満分子がくすぶっているのではないかと……」


「……しッ!」


 話を聞くなり身を乗り出し、ソテリオスの口を押さえたニケフォルスは、時折吹き抜ける風に揺れる幕舎に目をやり、注意深く周囲を見渡した。

 幸いなことに周囲からは、酒をくみ交わす若い傭兵たちの声が聞こえてくるだけである。


「その話は、大きな声でするな。帝国の密偵がどこに潜んでいるか、わかったものじゃねえ」


 口を押さえられながら、ソテリオスはこくこくと何度もうなずく。数日前にも別の外国人傭兵集団が摘発され、罪状不明のまま追放されたばかりであった。


「だが、お前の言うことが全然当たっていないかといえば、嘘になるな。思えば十五年前のあの事件以来、帝国は変わっちまったのかもしれん」


「十五年前……。あの『黒衣の魔女』事件のことでしょうか」


「その事件名を、帝国軍の中で口にすることはタブーだ。だがいい機会だから教えてやる。キュリロスもこっちへ来い」


 すでに話の内容に興味津々だったらしいキュリロスは、ニケフォルスに言われるよりも先に、上気した顔を二人に寄せてきていた。


 二十五年前の建国当初、皇帝をはじめとする指導部のすぐれた手腕で大陸の乱れは急速に収束し、血縁関係をもとにした支配体制など、帝国は新たな政策を次々と実行していった。

 疲弊した国土を復旧するために莫大な国費が投じられたが、その財源は税金に求められた。そのため国内経済への締めつけは年々苛烈になり、商業界を中心に、国内外から反抗者が続出するようになった。


「父上が言っていたッス。帝国はおかしくなっちまったって。皇帝が姿を見せなくなったのも、その頃ッスよね? 皇帝はとっくに崩御しているのに、取り巻きがそれを隠しているんじゃないかと、父上たちは噂していたッス」


 不気味な表情で語るキュリロスに対し、ニケフォルスは苦々しげな顔をしたが、ソテリオスは黙ってうなずいた。

 いつしか皇帝ルーは宮廷から一歩も外に出なくなり、国民と謁見することもなくなった。ほんのひと握りの「建国の功臣」たちが、思うがままに権力を振るうようになった。


 古い秩序を打ち破り、新たな繁栄の幕開けを告げるはずの帝国だったが、皇帝の輝かしい手腕はわずか五年で影をひそめ、帝国はむしろ旧態依然とした専制国家へと回帰する。

 皇帝の死亡説がまことしやかに流布される一方、政府は積極的に外敵を求める政策に転換し、貴族に代わって軍部が力を持つようになった。帝国は自然と、膨張を求める軍事国家へと変貌していく。


「税金はどんどん重くなるのに、疫病や飢饉には金を出さなくなったのは……領土拡張のための出兵を『聖業』なんていう、ふざけた呼び名にしてからだな」


 軍事行動にともなう予算は膨れあがる一方だったが、多神教を国教としていた政府は、異分子への戦争は多神教の神々が支持する「聖業」だと定義した。

 戦争を神々の「聖業」だと定義して以降、一神教排斥論者を中心に軍部で「聖業」への信奉者が増加。「聖業」の最たるものは、一神教への弾圧となった。


「一神教徒への迫害は、ひどいものだった。特に一神教徒への『人頭税』が始まると、税金に耐えかねた連中が次々と蜂起しはじめた」


 ニケフォルスは重々しい口調で思い出話を口にしながら、傍らに置いた自分の矛槍に、そっと視線を投げた。


 かつてアフィリオンと名乗る男との決闘に使用された矛槍だが、その後、蜂起する一神教徒に手を焼いた帝国が義勇兵を募集した際、隻眼となったニケフォルスもこれを携え、鎮圧戦に従軍したのである。

 感慨深げに自分の矛槍を見つめるニケフォルスを挟んで、キュリロスとソテリオスが真顔で目を合わせた。


「……その蜂起の最たるものが、十五年前に起こったという『黒衣の魔女』一派の挙兵だった、というわけですか」


 密偵の存在を踏まえてか、ソテリオスはひときわ小声で、ひそやかに問いかけてくる。

 無言で何度もうなずき、キュリロスも激しく同意する。ニケフォルスも顎に手を当てた。


「まあ、そうだな……。あれ以来、反乱が起きていない。今にして思えば帝国にとって、あれが最大で最後の危機だったんだろうな」


 十五年前の「黒衣の魔女」事件——。まさにあれは、疾風怒濤ともいえる日々だった。


 敬虔な一神教徒の家庭に生まれた、ある姉妹——。


 天才的な魔術の素養と、強大な魔力を持ち合わせていた魔術師の姉。

 そして神のごとき身のこなしを誇り、早熟な少女にして免許皆伝だった剣士の妹。


 王国時代に生まれた彼女らは、帝国に支配された大陸の将来を憂慮した。

 そして威名を慕い集まった若き同志たちとともに、大陸を救うべく挙兵したのである。


 当初、挙兵に参加した同志たちは、十名にも満たなかったとされている。もはや命知らずの冒険に等しかった。

 しかし彼らはいずれも、一騎当千ともされる戦闘力を持ち合わせていたという。その中心として活躍したのが、あの姉妹だった。


「そうなんスよ、妹の『白衣の聖女』はマジですごかったみたいッス! 顔がめっちゃ可愛いのに、身のこなしや剣の腕が神の域だったんスよ。かっけえッス!」


 キュリロスの憧れである妹は十七歳ながらも天才剣士の誉れ高く、常に白装束に身を固め、唯一神に祈りを捧げつつ常に最前線で戦った。

 敵にはいっさい容赦しなかったが、誰であろうと負けを認めた者は手にかけず、捕虜にも寛大に接し、医療支援にも尽力した逸話から「白衣の聖女」と異名された。


 顔にあどけなさを残した少女剣士は、仲間のうちでも最年少だったというが、華奢な体格ながらも細身の両手剣を自在に操り、凄まじいほどの気魄と、おのれを律する心の強さを有していた。部下を思う心も強く、たったひとりで撤退戦の最後尾を務めたこともあった。


「若いながらも騎士らしい実力、そして鋼の心……。俺、マジ憧れたッスよ!」


「うるせえなキュリロス、ツバを飛ばすんじゃねえ! ……でも、てめえの気持ちはわかる」


 ニケフォルスはキュリロスの勢いに辟易しつつも、当時を思い出し遠い目で夜空を見上げた。

「白衣の聖女」はある日突然、表舞台から姿を消したのである。民衆はこぞって、神によって天上に挙げられたのだと噂した。


「当時のことはよく覚えている。男のオレがほれぼれするくらいの剣さばきだったらしい。一度でいいから、手合わせしてみたかったもんだ」


 徳が高い英雄は生きたまま神に召され、天上界の楽園で優雅に過ごすのだという。当時はそう信じられていた。実際、当時の「白衣の聖女」は神の使いだと唱える者もいた。天に召されるのが当然だと思えるほどの、理想的人物であった。


「しかし、隊長……。『黒衣の魔女』の凄まじさも、忘れないでほしいですね」


 こちらも忘れてくれるなと言いたげに、ソテリオスが話に割り込んできた。少女のぬいぐるみは相変わらず、胸に抱きしめている。


「魔術の中では、『黒衣の魔女』の方が有名だろうな。どんな風にすごかったんだ?」


「すごいも何も。魔術界はもちろん、おとぎ話や民話の中でも、彼女は多くの人々に記憶されています。わずか十五年前のことでしかないのに、すでに伝説にも等しい存在です……」


「伝説……ッスか」


 怪談を語るかのようなソテリオスの表情を前に、キュリロスは思わず生唾を飲み込んだ。


 仲間たちのリーダーであり、早熟の天才でもあった若き魔術師は、豊富な知識と圧倒的な魔力を有していたが、常に黒いローブに身を包んでおり、活躍する妹の陰に隠れるように行動したという。

 それでも仲間たちの勝利はめざましく、卓越した戦術はすべて彼女の頭脳から生み出された。予知能力を持っているとも噂され、敵はおろか味方からも、畏敬の念をもって「黒衣の魔女」と呼ばれていた。


「しかし……。彼女の本当の恐ろしさは、三つに分かれた魔術の系統すべてを修得した、というところなのです」


 身を縮めるようにゾクゾクと震えるソテリオスを見て、ニケフォルスは首をかしげた。それのどこがすごいのか、魔術を知らない者には想像できないのだ。


「前にも説明したと思いますが……まあいいです。『黒衣の魔女』がいかにすごいか、再認識していただきましょう」


 ニケフォルスとキュリロスの顔を見たソテリオスは、ため息まじりに語りはじめた。


「今から、五百年ほど前のこと。一神教徒が始祖と仰ぐ老哲学者が、諸国をめぐっていたころの話です。すでに神話となった伝説の賢者『トリスメギストゥス』が、初めて魔術の系統を確立しました」


 その当時の魔術は渾然としたもので、魔力の源も詠唱式もすべてがバラバラ。効果も期待したほどではなく、代わりに魔力を封じこめた「魔道具」が数多く製造され、高値で取り引きされた。

 そんな中でトリスメギストゥスは無数の魔術を体系化し、「神聖魔法」と「精霊魔法」、そして「呪術魔法」の三つに整理し、詠唱式も大部分を一本化した。


 トリスメギストゥスは長年の研究により数千もの魔法を分類整理しただけでなく、魔力さえあれば誰でも学び、修得できるよう、難解だった魔術の術式を説く魔導書も数多く書き残した。

 彼の本名は不明だという。トリスメギストゥスは「三つの叡智を持つ賢者」という意味の尊号であり、「神々の書庫(ディイ・アルキウム)」とも異名される天才であった。


「そういうわけで……。生まれつき魔力を持った『魔術能力者スキエンティア・マギカ』は、なかば強制的に魔術を修得させられるようになり、ついには……」


「あの『魔導戦争』につながったってわけか。ガキのころ日曜学校で、耳にタコだったぜ」


 ソテリオスの怪談口調を受け流したニケフォルスが、辟易した顔で天幕を仰いだ。うなずいたソテリオスが、さらに先を続ける。


「『魔導戦争』の結果、甚大な被害を受けた各国は、教訓として魔術の修得に関する取り決めを締約しました。これによって、魔術師として国に登録された者は、生涯にひとつの系統しか学べなくなったのです」


「ひとつの系統……。精霊魔法を勉強し始めたら、それ以外はダメみたいな法律ッスか?」


「もちろん、法でもそう決められましたが、別の系統を学ぼうとする者には『精霊王の試練』という試験が課されました。詳しくは不明ですが非常に難解らしく、十七年前までおよそ四百年間、合格者がひとりも出なかったそうです」


 腕組みをしてそれを聞いていたニケフォルスが、ソテリオスの顔を見つめて口を挟んだ。


「十七年前までは……てことは、初めての合格者ってえのは……」


「……ご明察です、隊長。『精霊王の試練』最初の合格者が、『黒衣の魔女』セシリア・トリスメギストゥスなのです」


 人類最初の合格者として爵位を受け、「トリスメギストゥス」の称号を家名として名乗ることを許されたセシリアだったが、大魔導師の道を捨て、革命に身を投じた。

 なにが彼女をそうさせたのか。すでに子どもを身ごもっていたという証言もあるが、理由は今でも闇の中である。


「もったいないことです。『黒衣の魔女』セシリア・トリスメギストゥスは、三つある魔術の系統をすべて修めたとも。そんな大天才が私と同年代だったというのですから、驚きです」


 ソテリオスは感嘆の口ぶりで、当時の帝国で起こったことに思いをはせた。

 セシリアは世界で初めて、三つの魔術系統すべてに精通した真の天才である。剣豪の妹も超一流だったが、この姉を前にしては、霞む存在でしかない。


「そうだなあ。『黒衣の魔女』の姉ちゃんもすごかった。オレも当時は、帝国もおしまいだと思ったものだ。身の振り方を真剣に考えたくらいだ」


 当時のニケフォルスは帝国に雇われ、傭兵として辺境の警備に当たる身分だったが、いっそのこと落ち目の帝国を見限り、蜂起側に寝返ろうかと真面目に思ったほどだった。


 セシリアたちの義挙は当然のように、国内外から支持を集めた。協力を申し出る勢力が後を絶たず、かつての王国の臣下だった旧貴族を取り込んでみるみるうちに膨れあがり、ついには大軍勢となって、帝都に迫った。

 世界中が注目する中、あの帝国もいよいよおしまいか、帝都は明日にも陥落か、というところまで戦線が拡大。まさに帝国最大の危機であった。


 戦局が進展するにつれ、帝国の所業に苦しむ人々を中心に「黒衣の魔女」と「白衣の聖女」は、反抗のヒロインへと祭りあげられた。

 帝国から遠く離れた別の国に住む民衆までもが、帝国を倒した後はあの姉妹がこの国にもやってきて、この国がはらむ不条理を武力で正してくれるのではないか——。誰もがそんな幻想に酔ったものだった。


 だが、そんな夢のような日々は、突如として終わりを迎えた。

 発端は、仲間のひとりがセシリアを裏切り、帝国に寝返ったことだった。


 その日を境に「白衣の聖女」は姿を消し、「黒衣の魔女」を中心とするメンバーもまた、どういうわけかあっさりと解散した。そのため、反政府勢力は数日ももたずに瓦解した。

 解散を決断した中心メンバーは、従容として国外へ脱出した。十五年たった今でも、行き先は誰も知らないという。


 その後の反乱軍がたどった末路は、凄惨のひと言に尽きる。命からがら亡命を果たした一部を除き貴族のほとんどが逮捕され、毎日のように裁判なしでの公開処刑が繰り返された。

 同じころに政権内部でも粛清の嵐が吹き荒れ、数多くの有望な政治家が危険視され、この世から消えていった。あの日々は、今も生々しく記憶されている。


「あれが成功していれば、オレはこんなしがない、傭兵稼業なんかじゃ……」


 後頭部で腕を組んだニケフォルスが、座り仕事で固くなった身体を部下の前で伸ばそうとした、ちょうどそのときだった。


「——隊長、失礼します! 帝国軍の司令部から、伝令が到着しました!」


 幕舎の出入り口から、緊張した声が届いた。護衛任務に当たる若い傭兵らしい。

 ニケフォルスはそちらの方へ視線を向けると、膝を打ってこの話題に終止符を打った。


「よし、お前ら。この話は終わりだ。——おい! 何の伝令だ?」


「……私が、受け取りましょう。隊長は、戦闘詳報の方をお願いします」


 ソテリオスが立ち上がり、ニケフォルスに代わって幕舎の外へと出て行った。ニケフォルスとキュリロスの二人が、期せずして幕舎の中に取り残された。


「うーん、隊長、納得いかないッス。もう一押しだったってのに『黒衣の魔女』たちは、どうして解散しちまったんスかねえ?」


「話は終わりだと言ったはずだが……。噂によれば、メンバーの女魔術師が帝国の将軍と恋に落ちたらしくてな。メンバーはそれを咎めるどころか、祝福したっつうのよ。しかもあっさりと解散したんだそうだ」


「……なんスか、それ」


「あいつらの考えなんか、オレが知るわけもない。奴らにとっちゃあ、帝国のことなんざ別にどうでもよかったのかもしれねえな」


 ニケフォルスがそう言ったところに、ソテリオスが戻ってきた。丁寧に巻かれ、封印が施された厚紙の命令書を差し出しつつ、その要旨を簡単に口頭で述べた。


「——帝国の軍司令部から命令書です。『ヒューリアック解放戦線』は準備が整いしだい市内に突入、周辺街区のうち東端にある『第十七区』を制圧し、指導層を拘束し軍司令部に差し出すべし……とのことです」


「マジか! やったッス! ついに俺たちにも、活躍の時がめぐってきたわけッスね!」


「うるせえぞキュリロス! 命令が来たくらいで、いちいち騒ぐんじゃねえ!」


 喜び勇んではしゃぐキュリロスを、ニケフォルスが苦々しい顔でたしなめた。

 だが、それを冷ややかに眺めるソテリオスの懐に、彼だけに宛てた別の指令書が隠されていたことなど、このときのニケフォルスは知るよしもなかった。

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