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城壁都市リーヴェンス攻防記 ~新編・破壊の天使~  作者: 南風禽種
第2話 照り映えるふたつの月の下
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2-1 ヒューリアック解放戦線

一 ヒューリアック解放戦線


 日が暮れた初夏の空に、ふたつの丸い月が競い合うかのように、並んで輝いている。


 この世界には、月がふたつある。

 青い月「ナーンリント」と、赤い月「ヴァルトール」である。


 ナーンリントの青く澄みわたった姿は、神々が住む天界を思わせる。一方、ヴァルトールの赤く禍々しい色合いは、冥界の鬼どもが跋扈する魔界を想起させずにはおかない。

 だが普段、このふたつの月は別々の軌道を周回している。こうして並んで輝くこと自体、非常に珍しい天体ショーなのであった。


 いつもの夜に比べて倍ほども明るく照らされた、茫漠たる原野——。


 さすがに昼間ほどではないにせよ、ふたつの月が競って放つ控えめな光は、何もない原野の向こうに傲然と聳える巨大な物体を、ほの暗く、青々と浮かび上がらせている。

 月に照らされたその物体は、切りたった崖のようにも見えるが自然のものではない。数多くの人間が巨岩を積み上げて造り上げた、屹立する城壁であった。


 城壁の周辺には、自然発生的に形成されたと思われる家屋群が密集している。


 城門の内側が過密化したため居住することができず、仕方なく城壁外に居を構えた人々が形成した街――。古くから「新市街」と呼ばれている区域である。

 新市街もそれなりの人口を擁しているが、いずれの建物も、城壁の高さを凌駕できていない。


 その新市街の中央を、城門から延びてきた石畳の街道が貫いている。原野を縫うように刻まれる馬車の轍が道となったものだ。

 それが石碑がある地点まで来ると、それぞれの方向に分かれ、放射状に各方面へと延びていく。その様はまさに、商業の十字路だといえる。


 それなのに、あれほど隆盛をきわめた街道筋も新市街も、今や戦場である。

 新市街は徹底的に破壊され、放火までされたあげく、一面の焼け野原と化した。


 住民の姿はすでに見えない。燃えくすぶった家屋群を背景に、住民や守備兵の亡骸が、何らの処置もされることなく放置されているだけだった。

 ここで演じられた激しい市街戦は、数日前に終わっていたのである。


 守備隊を打ち破り、陣を進めた帝国軍主力は、向こうに聳える城壁に取りついている。

 主力はまさに、戦場の花形である。犠牲は多いが、勝者の特権である「略奪」を思いのままに行うことができるのだ。

 そして今、ここで露営を展開しているのは、主力に組み込まれず待機を命じられた、控えの集団であった。


 焚き火を囲んで地面に座り込み、酒盛りをやっているいくつもの車座が、あちらこちらにできあがっている。控え部隊の露営であろう。

 それらと城壁とを何度も見くらべながら、太った体躯を折り曲げて座る中年男が、いまいましげに呟いた。


「けっ……。あれが難攻不落を誇った、リーヴェンスの城壁か。あれも結局、特権階級どもが金に飽かせて築き上げた砂上の楼閣……だったってわけか」


 報告書でも書いているのか、太った男は右手にペンを持っている。だが左手に酒杯を持つ彼も相当酔っている。そんな状態で彼は、報告書を書いているのだった。

 酒臭い息を吐き出しつつ酔眼を炯々(けいけい)と光らせ、それに次いで自分の周りで飲んでいる連中も、じろりと眺め回す。そんな彼の左目は、黒い眼帯で覆われていた。


 どうやら彼こそが、ここで露営している連中の親分らしい。他の車座が露天で焚き火を囲むだけなのに対し、彼が座っている一群だけが天幕を張っており、四隅にかがり火を焚かせ、木製の机を前に、幹部とおぼしき男をひとりずつ、左右に近侍させているからだ。


 みごとに禿げ上がった頭ながらも、堂々たる体躯。顔の左半分には、頭から頬までを一直線に刻む古傷があり、それが彼の顔にいっそう凄みを与えている。

 剣で斬られたと思われる顔面の傷が、彼から左目の視力を奪っている。今や彼の視力のすべてとなった右目だけが、さらなる眼光を放つ。


「……隊長、露営も間もなく終わるでしょう。夕方以降、主力の連中が城門に取りかかっています。城壁の守備兵は大損害を受けて、すでに撤退したようです」


 太った隊長の右斜め前に控え、何かをもてあそびながら神経質そうに飲んでいた痩せ形の若い男が、今さっき戦況を見てきたかのような口調で答えた。

 戦場だというのに武装もそこそこの、痩せた若い男。だが身だしなみには無頓着なのか、片目が隠れるほどの長髪を、伸びるがままに任せている。


 その彼の斜め後ろには、武装もせず粗末な服を着せられただけの人物が、首を鎖につながれ、黙って正座している。まるで奴隷のようだ。

 年齢は若くなく、すでに三十歳をいくつも越しているらしい。右腕に装着された、透明な石があしらわれた腕輪だけが高価そうで、それが妙な印象を放っていた。


「——あーあ。帝国のお偉いさんも結局、同じだったよなぁ。俺たちを主力に参加させないなんて……」


 左斜め前に座り、奇抜な色に塗り分けた剣や鎧を身につけたままで飲んでいた完全武装の男が、そこへ割り込んできた。

 長い黒髪の男よりも、さらにいくつか若いようだ。しかし鎧に身を包んだ身体は大柄で、立派な筋骨に恵まれている。


「あいつら、オレたち『ヒューリアック解放戦線』の真の実力が、分かっちゃいねぇんスよ」


 彼はため息を何度もつき、いかにも悔しそうな口調で、自分たちがここで待機させられていることを不満げに嘆くのだった。


「ねえ隊長、俺たちも主力に加わって、破城槌の威力を見たかったッス。これじゃ、部下どもの不満も溜まるってもんスよ。任務の前の準備運動さえ、させてもらえないんッスからね」


 そう言ってもう再び一気に杯をあおる若い男を、太った隊長がわずらわしげに一喝した。


「うるせえキュリロス! 大の男が、不満ばかり抜かすんじゃねぇ。これからもっと楽しいことが始まるんだ、首を狩られないようにせいぜい鎧の手入れでもして、おとなしく待ってろ!」


 キュリロスと呼ばれた完全武装の若者は、首という単語を聞いてとっさに自分の首を左手で押さえると、剣の柄を押さえながら苦笑いをした。


 彼が帯びている剣は使い込まれていて、手入れも行き届いている。戦えば強いのだろうが、戦場で血を流すことを何よりも恐れる、気弱な性格であるらしい。

 百戦錬磨である隊長にとって、それが気に食わない。個人的にいくら強かろうと、戦場での後ろ向きな行動は軟弱にしか映らないのだ。


「それにソテリオス、てめぇも自分の世界に入ってねぇで、もっと飲め! 今夜あたりお呼びがかかるかもしれねえんだ。景気づけだ!」


 隊長は急に視線を変えると、その反対側でうつむいていた、長髪でうさん臭い男の方を、いきなりどやしつけた。

 ソテリオスと呼ばれた神経質そうな男は、とばっちりで怒鳴られても反論することなく黙って一礼し、手ずから自分の酒杯にワインを注ぎ込み、舐めるように飲む。


 一方、ソテリオスの後ろに控えている男は、まったく動かない。首に鉄製の枷を施され、鎖でつながれていて、この場から動くこともできない。

 ソテリオスもその存在を認識しているようだが、後ろでひたすら控えている男は空気のようで、関心がないのか、振り向こうともしない。


 そんなソテリオスが、両手で何かをもてあそびながら、ゆっくりと口を開いた。


「——しかし、いいのですか? ニケフォルス隊長」


 顔の右半分が隠れるほどの長髪を前に垂らし、うつむき加減になってチビチビと飲んでいたソテリオスが、そのままの姿勢で隊長に質問してきた。


「帝国がこの街を攻める理由を、われわれはまだ聞かされていません。帝国は三年前に一度、この街を攻めようとして痛い目に遭っているはずですが、どうしてまた再び、この街を攻めるのでしょうか……」


「……なにぃ?」


 睨み返しつつ聞き返した隊長の目に映ったのは、ソテリオスが手に持っているもの。

 それは小さな女の子のぬいぐるみで、彼が自分で縫い上げたものらしい。どの戦場でも肌身離さず持ち歩いているので、部隊の荒くれ者どもは、それをよく話のネタにする。


 ニケフォルスと呼ばれたハゲ頭の隊長は、人形を見て一瞬不快そうな顔をしたが、ふっと目に笑みを浮かべると、少しの間を置いてからゆっくりと答えた。


「オレにも、お偉いさんの思惑なんかわからねぇさ。だが今回の司令官が、三年前に負けた時の司令官と同じ奴だってことが、それを表してるんじゃねえか?」


 そう言ってニケフォルスはため息をつくと、その司令官と面会したときのことを思い出し、目の前の机を脇に動かしながら語った。


「司令官はその昔、戦場でさんざん暴れ回った、筋金入りの脳筋野郎だが……今度こそはリーヴェンスを潰すんだと抜かしていたぜ」


 その面会がよほど嫌だったのか、ニケフォルスは反射的に首を振ったが、そこから急に声をひそめた。誰か外部の者に聞かれはしないかという配慮である。


「——だが今回は、脳筋野郎に助言者がいるようだ。一週間前から国中で、会合日の宴会をやっているだろ。金持ちどもが浮かれて酔いつぶれるだろうから、そこを一気に突く……というわけだ。ずる賢い奴が考えそうなことだ」


 珍しい天体ショーである「会合日」は、お祭り騒ぎになる。それに乗じて街を包囲してしまおうという計画は、かなり前から進行していたに違いない。

 実際に新市街は会合日の祭りを急襲され、あっという間に陥落してしまった。


 だがそれを耳にしたソテリオスが、酒臭い息をため息に変えて、ひそかに憤慨した。


「——神聖なる会合日の祭りに、攻勢を催すとは。神々のみわざに反した、唾棄すべき行為です」


「ああ、てめぇはまだ『多神教』の信者だったか。まあ気持ちは分からんでもないが、今回の作戦計画は、脳筋野郎じゃなく取り巻き連中が決めたことだろうな」


 ニケフォルスはそう言い、皺が目立つようになった団子鼻を、複雑そうな顔でうごめかした。


 多神教というのは、大陸で古くから信仰されてきた宗教である。森羅万象を擬人化した神々を信仰し、天の動きと大地の恵みに感謝する伝統宗教で、帝国はこれを国教にしていた。


 それに対し、ニケフォルスをはじめとする傭兵団のメンバーの大半は、新教とも呼ばれる「一神教」の信者であった。

 一神教は五百年前にできた新宗教で、もともと人間だった英雄が、わが身を犠牲にして世界を救ったことから彼を唯一神として祀り、一途な服従を誓う信仰である。


 会合日というのは、青い月ナーンリントと赤い月ヴァルトールが同じ空に見える期間のことである。多神教よりも古い歴史を持ち、多神教にも一神教にも共通する祝祭である。世界各地がこの珍しい現象を祝い、酔いしれる。


 この現象は数年に一度しか訪れないが、天文学の発展によりほぼ正確な発生日を特定できるようになったことで、毎回、趣向をこらした盛大な祭りが催されるのである。

 ソテリオスはニケフォルスの皮肉を飲み込みつつも、なおも釈然としない表情でうめいた。


「しかし……。たとえ戦場でにらみ合う敵同士であっても、会合日が来れば両軍とも矛を収めて語り合い、酒をくみ交わして互いの労をねぎらう。それが、美徳でありましたものを」


 古くから「赦しの祭り」とも呼ばれ、平和の象徴とされてきた会合日。その理念を踏みにじった帝国軍に対して、ソテリオスはわだかまりを持っているらしい。大事にしているはずのぬいぐるみを、力をこめて握った。


(こいつとはそこそこ長い付き合いだが、見かけによらず、律儀なところもあるな……)


 うつむいたソテリオスのうさん臭い横顔を見つめながらも、ニケフォルスは今さらながらに、彼に対する認識を改めていた。

 それと同時に彼の脳裏には、精悍で浅黒い顔をした、ある男の表情が浮かんでいた。


(律儀……といえば、あの野郎もそうだったな。わざわざオレと、この街の広場で一騎打ちしてくれた奴がいたっけが……。もう、二十年近くも前になるか……)


 黒い眼帯に手を伸ばしながら、ニケフォルスは当時のことを思い出していた。

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