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城壁都市リーヴェンス攻防記 ~新編・破壊の天使~  作者: 南風禽種
第5話 制圧目標「第十七区」
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5-1 第十七区焼き討ち指令

一 第十七区焼き討ち指令


「――ようし。お前ら、ここで止まれ」


 徒歩で進む先頭近くの集団を率い、その中でただひとり馬の背に揺られながらゆっくりと進んでいた隊長ニケフォルスが、おもむろに右手を挙げ、そう指令した。

 誰もいなくなった街路を音もなく進んでいた五十人ほどの部隊が、ニケフォルスのそのひと声だけで、全員ぴったりと停止する。


 狂ったように略奪と破壊を繰り返す中央街区の帝国軍とは打って変わって、彼らは隠密行動の真っ最中なのであった。ひづめの音が立たないよう、馬の脚には革の袋をかぶせてある。

 傭兵たちの装備品は、自弁であるのが前提である。その証拠に彼らの装備も雑多で、中には鎧すら着けていない傭兵もいる。


 それでも彼らの規律は厳格そのもの。ほかの傭兵集団の群を抜いている。

 一糸乱れぬ厳格な行軍は、南の大陸の出身者で固められた「ヒューリアック解放戦線」の特長である。


「……ここが、第十七区ってわけか」


 頭を保護するだけの簡易的な鉄かぶと。その庇を親指で押し上げ、周囲を見回したニケフォルスが、何を思ったかため息まじりに呟いた。


「――思った以上に、薄汚ねえ街だな。こんな場所に、オレたちの敵が潜んでいるのか?」


 ふたつの月が明るく光る、東の夜空。その月を劇場の幕のように覆い隠した城壁が、進むごとに高く、そして赤黒く、ニケフォルスたちの前にそびえ立ってくる。


 これまでに通過した街区は、ほぼ石造りの街並みだった。しかし、この街区は全然違う。

 木造や草葺きが目立つ貧相な街並み、漂ってくる悪臭、ぎっしりと詰めこまれたような家々。

 街区の入り口だと思われるこの場所は、まるで、異界への扉のように感じた。


 ひっそりと静まりかえる、雑木林のような貧民街を前に、感慨深げに目を細めたニケフォルスは、ぽつりと呟いた。


「へっ、いまいましいが――。オレの故郷に、どことなく似ていやがるじゃねえか」


 ニケフォルスたちの行く手を遮るかのように、眼前に迫る城壁。それが赤黒く染められているのは、彼らの背後で燃えさかる地獄の業火が、壁に映っているからである。

 北から吹いてくる潮風は、どことなく焦げくさい。今やこの街は、おびただしい煤煙に包まれていた。


「……隊長。ここが、目的地ですか」


 後方の集団から、馬に乗ったソテリオスがやってきてニケフォルスに声をかけた。

 ニケフォルスはその声に無言でうなずく。それでも壁を見つめたまま、背後を振り返ろうとしない。


 風に乗ってわずかに聞こえてくる、悲鳴や喚声などが入り混じりった音。ニケフォルスが背を向けたままなのは、その音の根源である燃えゆく街を、目に入れたくないからだった。


「うーん、思ったよりもショボい街ッスねえ。制圧目標はマジで、ここにあるんスか?」


 袋をかぶせたひづめの音を控えめに響かせて、馬に乗ったキュリロスがやってきた。五十名以上を擁する傭兵集団「ヒューリアック解放戦線」だが、乗馬できる身分なのは、元貴族のニケフォルスと、実家が騎士階級であるソテリオスとキュリロスの三名だけである。


「ああ、間違いねえ。アレを見ろ」


 馬の手綱を引き締めたニケフォルスは、ご機嫌斜めな風情でそう答えたが、近寄ってきた二人の方は見ることなく、闇に包まれた第十七区の奥に鎮座する大きな建物を指さした。

 彼が指さしたその建物だけが、堅牢な石造りである。ずらりと並んだ縦長の鎧戸から明かりが漏れているのは、その建物だけだった。


「あれが、オレたちの目標だ。まあ、それはそれとして――」


 ニケフォルスはそう言いながら、帯封で巻かれた命令書をポンとソテリオスに投げ渡した。

 宙に舞った命令書は正確にソテリオスまで届き、馬上にあってもほとんど動かずに片手で捕獲できた。


「――この命令書、どこか気味が悪いと思わねえか?」


 投げ渡された命令書の帯封を解き、月明かりに透かしてすみずみまで点検したソテリオスだったが、それが済むと不思議そうな表情で首をかしげた。


「……どこが不気味なのでしょう? よくある帝国の軍用命令書に過ぎませんが」


 その回答を聞いたニケフォルスはわずかに舌打ちすると、ソテリオスが返してきた命令書をやや乱暴に受け取った。頭が切れることを買って、軍師的な立場にしているソテリオスの回答がありきたりだったことが、不満だったらしい。


「気味が悪いのは外見じゃねえ、内容だよ。まったく、てめぇほどの男でもわからんのか?」


 そう言って口をとがらせたニケフォルスは、夜の闇に沈む第十七区の不気味なシルエットを、馬上からじろりと見回した。

 灯りが消えた雑多な街並みは、整然と管理が行き届いた印象の中央街区と違い、迷い込んだら最後、二度と出られない魔界を思わせる。


「――目標が広大すぎるのさ。この魔の空間を、お前らだけで包囲しろとでも言いたげにな」


 頭にはほとんど髪がないのに、無精ヒゲだけは盛大に生えそろっている自分の顎をもてあそびながら、ニケフォルスは再び命令書を開き、ソテリオスとキュリロスの前で仰々しく読み上げてみせた。

 しかし、月は城壁の陰に隠れている。読み上げたのではなく、覚えた内容をそらんじたに過ぎない。


「命令書にはこうあった。『ヒューリアック解放戦線は市内に突入、周辺街区のうち東端の第十七区を制圧し、指導層を拘束せよ』とな。オレたちの人数にしちゃあ、制圧目標が広すぎるってわけさ」


「……ッ。た、確かに」


 傭兵集団「ヒューリアック解放戦線」は、たかだか五十名程度の勢力に過ぎない。この程度の人数で達成できる軍事目標といえば山頂の確保や街道の封鎖、もしくは隠密による敵背後への迂回機動くらいが関の山である。

 そのことに思い至ったのか、ソテリオスもキュリロスも、思わず眉間にしわを寄せた。


「その上、指導層は殺さずに『拘束せよ』……ときたもんだ。敵の戦力が不明なんじゃあ、無理難題もいいところだ。帝国の司令部は、オレたちに何を期待していやがるんだろうな?」


 皮肉めいた口調で司令部を批判しながら、ニケフォルスは巻き直した命令書を人さし指の上に乗せ、くるくると回転させてみせた。口先だけでなく手先も器用な彼は、時たまこういう芸を披露する。

 そんな即興芸を見せられながら考え込んでいたソテリオスだったが、深刻そうな顔つきで口を開いた。


「……それに、この命令書では、制圧目標をこの辺の貧民街ではなく『第十七区』だけに限っています。この街区に敵の重要な施設があることが、あらかじめわかっているかのような」


 ソテリオスのその言葉は、周囲の傭兵たちには聞こえない、いわばひとり言のような口調ではあったが、これを近くで耳にしたキュリロスは、あからさまに慌てた。


「そ、そうッスね……。そんなのマジで、俺たちの戦力だけで何とかなるもんなんスかね……?」


 自分の周囲を見回し、人数の少なさを再確認したキュリロスからは、つい本音が出てしまう。目の前に広がる魔界さながらの姿が、その恐怖心を倍加させるのかもしれない。

 帝国は敵に対して苛烈だが、身内に対しても命令違反は絶対に許さない。魔界は恐ろしいが、帝国もまた恐怖の対象であった。


 命令通りに作戦が進むか否かを危ぶむ気持ちは、ニケフォルスにも痛いほどわかる。

 だが彼はそれに同調するどころか、キュリロスの後ろ向きな言動を鼻で笑った。


「何だ、またてめぇは得意の臆病風に吹かれてやがるのか。いいんだよ、難しいことは考えなくても」


「難しいこと……ッスか? それじゃあ隊長には、何か秘策でもあるんスか?」


 慎重さを臆病だと揶揄されたキュリロスは、いささかプライドが傷ついたのか、やや口をとがらせながらニケフォルスに反論した。

 だが、ニケフォルスはそれを全部聞く前に、自分の太い腕をにゅっと、キュリロスの前に突きだした。


「正面突破。これしかねえ。目標はもう、あそこに見えてるじゃねえか」


 豪快な笑みを浮かべたニケフォルスが指さす先にあるのは、暗闇に包まれたこの街で唯一、鎧戸から灯りが漏れている建物――。

 灯火は弱められ、鎧戸も閉め切られているが、この暗闇の中ではどうしても灯りが目立ってしまう。そこがこの街の集会所、もしくは避難所であることは明白だった。


「正面突破ッスか。つまり、あの大きな建物を制圧しちまえば、俺たちの勝ちだと……」


「ああ。街の守備隊が全滅しちまった今、ここにいるのは女子供や年寄り連中ばかりだ。途中、待ち伏せもあるかもしれねえが、排除して突き進む!」


 拳を何度も突き出し、そう豪語するニケフォルス。左翼機動だとか伏兵戦術だとかの回りくどい作戦を嫌う彼は、傭兵集団「ヒューリアック解放戦線」には潔い戦い方を求めてきた。

 ただ、その行動の陰には無視できない、多くの犠牲がともなった。もっと器用に立ち回っていたならば、戦死者はずっと少なかったはずだ。


 しかし、この集団の生みの親である隊長ニケフォルスの考え方は、何よりも優先される。正面突破を豪語する隊長を前に、今回もまたそうなのかとキュリロスが考えた、そのときだった。


「――待ってください、隊長。これを、見てください」


 ニケフォルスの怪気炎にも反論することなく、ずっとうつむいて沈思黙考していたソテリオスだったが、ついに意を決したのか、馬を一歩進ませて何かを差し出してきた。

 差し出されたのは、ニケフォルスが左手に持っているものと同じ形式の、帝国の軍用命令書だった。


「これは……。帝国の命令書じゃねえか。どうしてお前が、もう一通持っているんだ?」


 両手に持った巻紙の命令書は、まったく同じ。その両方を何度も見比べたニケフォルスが、いぶかしそうな目でソテリオスの顔をのぞき込む。

 しかしソテリオスの表情は、彼の長い前髪のせいでうかがい知ることはできなかった。


「詳細については、省略させていただきますが――」


 普段と何ら変わらぬ、落ち着いた口調でそう前置きしたソテリオスは、ニケフォルスの左手から命令書の巻紙を取り返すと、帯封を解いてうやうやしく開き、その内容を読み上げた。


「ヒューリアック解放戦線に派遣されたる『魔導兵器』(アルマ・マギカ)部隊はすみやかに、所定の方法により敵拠点『第十七区』を壊滅させ、指導層を拘束せよ……」


 すらすらと読み上げているように聞こえるが、先ほどのニケフォルスが読み上げたときと同様、月明かりすらない暗闇である。ソテリオスはその内容をすでに記憶しており、そらんじているのだった。


「……なに? アルマ、マギカ?」


「え? 『所定の方法』……って、いったい何スか?」


 ソテリオスの口から、聞き慣れない名称が突然飛び出したせいか、あっけにとられたニケフォルスとキュリロスはそれぞれ疑問点を口に出しながら、お互いに顔を見合わせるしかなかった。

 その様子が滑稽だったのか、ソテリオスは「くくっ」と声を押し殺して笑うと、命令書にあった「所定の方法」について疑問を発したキュリロスの方を見て、ぼそっと回答した。


「所定の方法は……つまり、『焼き討ち』だよ」


 特に「焼き討ち」の部分を口にしたときのソテリオスが、ニヤリと愉悦の表情に変わった。


 そのゆがんだ笑みを目にして思わず背筋を凍らせたキュリロスと、複雑そうな顔つきで居並んだニケフォルスの両者を前に、ソテリオスは身を翻らせ、馬上から背後の光景を二人に見せつけた。

 ちょうど西側に立っていたソテリオスが身を引いた途端、ニケフォルスとキュリロスの目に、真っ赤に染まった夜空が突き刺さってきた。


 ソテリオスの背後で隠れていた中央街区の方は、今でも猛火が燃えさかっている。市庁舎の尖塔や一神教会の鐘楼などがシルエットになって、業火に満ちた地獄そのもののありさまを、まざまざと演出していた。

 しかも、その火災は一箇所にとどまらない。中央街区とはまったく関係のない場所でもあちらこちらで火の手が上がっていて、そちらもますます勢いを増しているではないか。


「あの奇妙な飛び火……。あれこそ、主力部隊に属する『魔導兵器』(アルマ・マギカ)部隊の成果です」


 まるで自分の功績ででもあるかのように、楽しそうに紹介するソテリオス。

 地獄の光景を目にして気分が悪くなったニケフォルスの前に、ソテリオスが再び馬を進めてきた。


「――軍師として申し上げます。正面突破は待ち伏せに遭う確率が高く、あたら大きな犠牲は避けられません。出番はもう少し先かと思っていましたが、ここは、焼き討ちを進言します」


 そう言ったソテリオスは、馬上で胸に手を当て、慇懃に頭を下げた。騎士という身分にある者が主君に対して行う、儀礼的な意味がこめられた礼。騎士階級にある者のたしなみだった。

 もともと貴族であったニケフォルスは、その礼を受けるにふさわしい身分ではある。だがこの礼を受けたときのニケフォルスの表情は、厳しいものだった。


「まさかてめぇが、帝国の回し者だったとはな……。焼き討ちは、軍司令部からの命令なのか?」


「――はい。黙っていて、すみませんでした」


 そう詫びるソテリオスだが、声の調子は少しも悪びれていない。それを聞いて少し顔をしかめたニケフォルスの馬前に、五人の男があいついで姿を現し、黙ってひざまずいた。

 若い帝国兵が二人、そして奴隷か貧しい農民のような、みすぼらしい服を着た男が三人。そのうちの一人はすでに三十歳を越えており、中年に達しているように見える。


「……これが、てめぇが率いる部隊というわけか」


 むしろ自分の年齢に近い男が、ソテリオスの部下に含まれている。そのことに驚きの表情を隠すこともなく、ニケフォルスは静かに、この部隊の長であるソテリオスに尋ねた。


 複雑そうな顔のニケフォルスをよそに、ソテリオスは薄笑いを浮かべると、右手に持っていた細い鎖を無造作に引っ張った。

 ジャラッ、という乾いた音とともに、三十歳を越えていながら奴隷のような服を着た男が、ソテリオスの乗馬の足元にひき据えられた。まるで罪人のような扱いである。


「はい……。さあ『サンド』よ。いま解放してやろう」


 そう言ったソテリオスは、「サンド」と呼ばれた中年男の方を見ると、右手に何らかの意味を持つ「印」を結び、厳かな口調で「解放」(エクスペディーレ)という呪文をとなえた。

 その言葉と同時に「サンド」の右手首に装着された腕輪から空気が漏れるような音がしたかと思うと、宝石が取りつけられた腕輪がひとりでに外れ、ガチャリと地面に落ちた。


 つい前まで鈍い光っていた宝石が、地面に落ちると急速に光沢を失っていき、やがて完全に光が消滅していく。

 腕輪が外れた「サンド」は、黙って自分の右手首をさすりながら、不思議そうな目でニケフォルスの顔をじっと見つめてきた。


「焼き討ち、か……。オレたちの信条に合わねえが、司令部の命令じゃあ仕方がねえ」


 射るような「サンド」の視線から目をそらしたニケフォルスは、ハゲ頭の後頭部をポリポリと掻きながら、諦め口調でそう呟いた。その横では、キュリロスがなぜかホッとした表情になっている。


「――だが、うまくやれよ。罪のない住民までは、殺したくないからな」


「はい……。それはもう、心得ております」


 うやうやしく礼をするソテリオス。その姿だけは軍師らしいが、これから起こるであろう惨劇にゾクゾクしたのか、その表情からは暗い愉悦の笑みが消えることはなかった。


「決行は、本日深夜……。面白いものをご覧に入れましょう――隊長」

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