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城壁都市リーヴェンス攻防記 ~新編・破壊の天使~  作者: 南風禽種
第2話 照り映えるふたつの月の下
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2-6 混迷する世界、渦巻く思惑

六 混迷する世界、渦巻く思惑


「……おっ、誰か出てきたぞ。あれが指揮官か?」


 仲間の誰かがそう言うので、ニケフォルスは顔を上げ、丘の上を遠望した。

 丘の上に展開した水色の騎兵たちの中から、確かに一騎だけが数歩進み出てくるのが見える。その騎兵もその他とまったく同じ軍装を着けているが、背中に同じ色の旗を差している様子から、彼が指揮官であろうというのもうなずける。


 そこで一歩進み出た指揮官は、腰に差した長い騎士剣を引き抜くやいなや、それを天に向けて振りかざし、周囲に響きわたるほどの大声で号令をかけた。


「これよりわが隊は、国際規約により公国への持ち込みが禁じられている、あの投石機の制圧に当たる! 全軍、われに続け!」


「おおーーッ!」


 先頭の指揮官が長い騎士剣を振りかざし、大声で命令を伝えた途端、部下の騎兵たちもそれにも負けないほどの大きさで、鬨の声を上げた。

 そして馬の腹を蹴り、一糸乱れぬ横隊を組んだまま、一気に丘を駆け下りてくる。


 水色の軍装で統一された一団は、全体で百騎ほど。だがその勇壮な姿は、まさに横一線に並んだ蒼色の波が、砂塵という白波を立て、平原という岸辺に押し寄せていく――そんな風にも見えた。


「わわっ、こ、公国軍だッ!」

「バカな! この件には介入しないようにと、公爵には事前に申し入れていたはずだぞ!」

「奴ら、こ、こっちに来る! に、逃げろおッ!」


 突如として現れた一団は、やはり公国軍だったらしい。投石機を中心に一列で進んでいた傭兵たちは、公国軍の出現によって算を乱し、一列縦隊を保てずいっぺんに壊乱した。

 傭兵たちは大事に輸送していた投石機を残し、われ先にと思い思いの方向へ逃げ散っていく。


 横隊を維持し、怒濤のような勢いで押し寄せてきた公国軍の部隊は、傭兵たちが壊乱したのを契機に投石機を押し包むような陣形に変わる一方、一部はさらに拍車をかけて、敗走する傭兵たちへと迫っていく。

 その一団はまさに平原を横切る疾風のように、ニケフォルスたち偵察隊が隠れている茂みの近くを一気に駆け抜けていった。


 そこへ、その背を追うように、先ほどの指揮官の大声が再び鳴り響いた。


「殺すな! 他国の人間を殺傷することはまかりならん! われらの任務は、投石機の排除である!」


 そう叫びながら馬の速度をゆるめ、振りかざしていた騎士剣を腰に収めた指揮官は、背中に差した蒼色の旗をなびかせつつ、ニケフォルスたちがいる茂みの近くまで来た。


 指揮官がその場で見守る中、公国軍の騎兵たちは与えられた命令を忠実に守り、次々と駆け戻ってきては馬を降りる。

 そして全員がいっせいに投石機の周りに群がると、馬に積んでいたのか斧を振るったり木槌で叩くなどして、新品だった投石機をみるみるうちに破壊していく。

 最後は火のついた可燃物を投げ込み、投石機の残骸もきれいに焼き払ってしまった。


「す、すげえ……。これが噂に聞く、公国の正規軍……」


 驚愕のあまり硬直し、うめくしかない仲間たち。それは仕方がないとしても、腕に覚えがあるはずのニケフォルスが、一歩たりとも動けなかった。固唾を呑んで、鮮やかな騎兵たちの動きをじっと見つめるしかなかったのである。

 茂みの中に隠れている以上、身の安全は保証されている。さらに言えば、公国軍は敵ではない。それなのに緊張するのはなぜか。ニケフォルスの頭の中は混乱した。


 ――そんなとき、目の前で信じられないことが起こった。

 ただ一騎で茂みの近くに馬を止めていた指揮官が、こちらに声をかけてきたのだ。


「その茂みの中にいるのは分かっている。私の名はハワード・オブライアン。当隊の指揮官である」


 指揮官ハワードは初めから、茂みの中に偵察隊が隠れていることを知っていたのである。凄まじく研ぎすまされた戦場感覚のなせるわざであった。


 茂みの中に外国の傭兵が混じっていることまで考慮したのだろう、指揮官ハワードが話す言葉は公用語。流暢で訛りが一切ない。その声は噛んで含めるかのようにゆっくりだが、凜として、有無を言わさぬ凄みを帯びていた。


「……連合王国から派遣された駐在官に伝えよ。この地をお治めになられる公爵閣下は、帝国であろうが共和国であろうが、いかなる勢力からの圧力にも屈しない。この島の平和を乱す者は、神と公国の名において、私ハワードが即刻排除する、と」


 馬上で一方的に宣言するやいなや、ニケフォルスより五歳ほど年上と思われる日焼けした指揮官は、再び馬の腹に拍車をかけると、はッ! という掛け声だけを残し、その場から駆け去ってしまった。


(こいつ……。オレたちが連合王国から密命を受けてきたことを、知っていやがった……?)


 その場で一歩も動けないまま、ニケフォルスは、駆け去っていくハワードの後ろ姿を見つめ、茫然とすることしかできなかった。それは、その場にいた誰もがそうだった。

 ところが妙なことに、その指揮官ハワード対する敵意だけ、ニケフォルスはどうしても感じることができなかった。むしろ理想の騎士を目にした思いで、畏敬の念すら抱かせるほどだった。


 ――あの日からもう、二十数年が経過した。世の中は、大きく変わった。


 当時勃興したばかりだった帝国は、その勢力をますます膨張させ、ついに北の大陸ラッフルズートを制覇するに至った。今でも飽くことなく膨張を続けている。

 その流れの中で、公爵が代替わりしたリーナス公国は帝国の征服行動から矛先をそらすため、直後に非武装中立を宣言。あの「空色の軍団」、公国軍は解体され、この世から消滅した。


「へえ。隊長も若い頃、そんな経験をしたんスね。なんかピチピチしてて、カワイイというか」


「……そのペラペラしゃべる舌を引っこ抜かれたくなかったら、今すぐ黙るんだ。いいな」


 興味深げにニヤニヤするキュリロスと、苦い顔ですかさず突っこむニケフォルス。その傍らでソテリオスは顎に手を当て、遺体を見つめて思慮深げに、繰り返しうなずいている。

 それに気づいたニケフォルスは、ソテリオスの横に並ぶと、その肩に手を当てた。


「一度消滅したはずの公国軍が、いつの間にか復活していた……ということですか」


「まあ、そういうことだな。何年前からかは知らんが。ようやく公国も、非武装中立なんざ効果がないってことに、気づいたんだろうよ」


「それが、公国軍再編成の理由……。確かに、そう考えるのがもっとも合理的ですが」


 ニケフォルスはそう呟くソテリオスの肩越しに、遺棄された戦死者たちの遺体を再び見つめた。

 青い月ナーンリントと赤い月ヴァルトールの控えめな光が凜として照り映える。月の光はうっすらと、地面に死者たちの影を投げかけている。


 捲土重来の勢いを駆って、乾坤一擲の大攻勢をかけてきた帝国。

 それに対抗しひそかに再軍備を進め、リーヴェンスの救援に動いているらしい公国。

 そんな両国の思惑に絡みつつ策謀をめぐらせる、宗教界や商人などの第三勢力。


(――へっ。こりゃあ、きな臭いことになってきやがったじゃねえか。こりゃあとことん、本気でかからなきゃならねえな)


 遺棄された戦死者の遺体を見つめ、心の中で呟く彼の手には、帝国から届いた正式な命令書とは違う、別の厚紙が無造作に握りつぶされていた。

 司令部からの軍令としてではなく、編成上の覚え書きとして届いたものらしいが、そこに書いてあったある指令が、ニケフォルスの心に新たな決意をもたらしていた。


(……「獅子」の部隊まで投入、か。帝国ご自慢だった看板部隊の名前、久しぶりに聞いたぜ。オレら傭兵どもに、全部を任せるつもりはないってわけか)


 握りつぶされた覚え書きに、何が書かれていたのやら。その内容を知る者はもはや、その命令者と、彼以外にはない。

 だがそれはニケフォルスに、深い闇にも似た、どす黒い感情を燃え立たせてしまったらしい。


 目前に立ちはだかるリーヴェンスの城壁を見つめ、ニケフォルスはゆっくりと立ち上がった。

 ふたつの月の色に影響され、くっきりと青と赤に染め分けられた夜空。ニケフォルスは城壁越しに夜空を見上げ、低い声でそっと呟く。


「……上等だよオッサン。そこからせいぜい、オレたちを楽しませてくれよ」


 それきり真顔に戻ったニケフォルスが振り向くと、そこではキュリロスとソテリオスが、複雑そうな表情で隊長の動向を見守っていた。無言のまま、じっと命令を待っていたらしい。

 ニケフォルスはそんな彼らの顔を交互に見比べると、ニヤリと口元をほころばせた。


「今回の戦……オレたちにとっては存亡をかけた、正念場になりそうだ。いいか、規律を保て。任務は怠りなく遂行しろ。部下の独断専行を許すんじゃねえ。わかったか」


 どこか興奮した表情ながらも、深刻な内容の訓戒を与えるニケフォルス。それを耳にしたキュリロスとソテリオスは思わず、生唾を飲み込んだ。

 そして最後、真顔になったニケフォルスは、彼らと肌が触れるのではないかと思うくらい近くまで顔を寄せ、噛んで含めるように、ゆっくりと言葉を結んだ。


「そうでないと……。てめぇらの命がねえぞ」


 もはや一も二もなく、こくこくと何度もうなずくキュリロスとソテリオス。海千山千を自称する彼らも、ニケフォルスの前では緊張を隠せないらしい。

 それを確認し、にこりと破顔したニケフォルスは、ふたりの頭越しに整然と並び、直立不動で命令を待つ傭兵たちの方に視線を移すと、馬を引き寄せてその背にまたがった。


 そして中年男性独特のだみ声を張り上げ、馬上から総勢五十人に向け、いっせいに号令。


「てめぇら、待たせたな! そろそろオレたちも、行くとしようぜ!」


 荒々しく拳を振り上げるニケフォルス。傭兵集団「ヒューリアック解放戦線」の面々は、緊張した面持ちで直立不動を崩さず、じっと耳をかたむけている。


「オレたちの立場は複雑だ。不満に思うことがあるかもしれねえ。だがよ。精鋭だか何だか知らんが、帝国軍はいわば商売がたきだ。あいつらに先を越されねぇように、お前ら、せいぜいしっかり働けや!」


 帝国軍の本隊や別の傭兵団にも聞こえるように、ニケフォルスは夜空に向かって怒鳴り上げる。それは彼らの士気を鼓舞しようという以上に、競争心をあおり立て、理想に向けて邁進する傭兵たちの戦意を、盛り上げるためでもあった。

 それを聞いた「ヒューリアック解放戦線」の面々約五十名は、最初のうちこそ互いの顔を見合わせていたが、ある種の興奮がわき起こってきたのか、大音声で応じた。


「お、おおーーッ! 待ってました!」

「行くぜ! 俺たち『ヒューリアック解放戦線』の底力を、奴らに見せてやる!」

「俺たちが大陸を救う日のための、輝かしい第一歩だ。やるぜ!」


 勢いよく拳を夜空に突き上げ、大声で意気を挙げる部下の傭兵たち。さまざまな思いが渦巻く異郷の戦場へ、いよいよ出撃するときが来た。

 今は異郷で人知れず戦う、このちっぽけな武装組織がいずれ、荒れ果てたヒューリアック大陸と混迷する祖国とを救う、その日のために。


「行くぞ、出撃だ! これより、オレたち『ヒューリアック解放戦線』は、旧市街東端にある敵拠点『第十七区』の制圧に向かう! 気張れや、野郎ども!」


 上等だが使い古された木綿のマントを風になびかせながら、馬上で片手を挙げ、号令をかけるニケフォルス。たった五十人とは思えないほどの鬨の声が、すかさず返ってくる。

 そのひと声を最後に、騎馬のニケフォルスが先頭となり、幹部のキュリロスがそれに続く。そして馬を持たない一般の傭兵たちが、続々とその後に続いていった。


「……しかし、隊長。申し訳ありませんが」


 意気揚々と出発していく傭兵団を見送った後、痩せこけた馬に乗ったままその場に停止したソテリオスはそう言うと、片膝で控えさせていた奴隷のような男に、ふと目を向け、さらに言葉を続けた。


「独断専行を厳に慎めというご命令、僕には守れそうもありません」


 その言葉は、誰かに向けたものではない。無論、この奴隷のような男に向けたものでもない。彼の決意表明なのであろう。

 言葉をかけられても無言を通す、その男。ソテリオスよりずっと年上で、すでに中年に達しているようにも見える彼は、ここに来てから、ひと言も声を発していない。


 彼の痩せ細った手には、ほの明るく光を発する緑色の石が装着された、高価そうな腕輪が装着されている。どう見ても身分不相応な腕輪。緑色の石が発する光は、夜空に照り映えるふたつの月と比べて格段にはかなく、弱々しく見えた。


「――お前たち、いよいよ出番だ。準備はいいか?」


 真正面を向いたままのソテリオスがそう言うと、今までどこに隠れていたものか、背後の暗がりから、さらに四人の男が進み出てきた。

 先に出てきた二人の男は、帝国軍兵士の軍装を身につけている。そしてソテリオスと同じようにみすぼらしい奴隷のような男をひとりずつ、鎖でつないで引き連れていた。


 鎖でつながれた男たちは、どちらもやせ細っていて、ソテリオスが連れている男と同様に粗末な服を着ている。だが二人の年齢はそれほど高くなく、一般の兵士と同じく二十代前半のようだ。

 そして彼らもまた、腕に緑色の石がついた、同じデザインの腕輪を着けている。


「では僕たちも、行くとしようか……。この世に『わが王』の力を呼び戻す、大いなる実験場。その入り口の鍵となる存在を探し求めに、ね……」


 馬上でそう呼びかけ、徒歩で続く五人の先頭に立ったソテリオス。

 そんな彼の手には、いつも離さない大事な幼女人形と並び、表紙に金色の象嵌が施された、黒く不気味な写本がしっかりと握られていた。

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