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3-9:思い出される夜会

 夜明けが近づく薄明かりの寝室。少女は広いベッドの中で小さな呻き声を漏らし、うなされていた。

 閉じたまぶたの内に見ているのは、きらびやかな王城の廊下の風景。

 どこかへ向かって歩いていて、窓に映った自分の姿が大人の女性であることに、夢の中だと少女はおぼろげに思った。

 黒髪に菫色の瞳。ああ、これは記憶だ。

 婚約者の第二王子が臣に下っても何故か王城で暮していた、前々世の侯爵令嬢セシリア・ヴァストの記憶。

 不意に目の前が暗くなり、バサッと耳元で紙の音が聞こえて、投げつけられた書類が頬にぶつかる。


『どういうことだ!』


 豪奢な金髪を掻き上げ、高圧的な口調でセシリアを怒鳴りつける男は、王太子オスカー・アリアス・シルベスタ。

 場所は彼の執務室。セシリアは床に投げ出されたように、美しいドレスの裾を広げて膝をついていた。

 何故こんなことになっているのだろう。

 夢を見ているセシリアと、夢の中にいるセシリアの境界が曖昧になっていく。

 なにか失敗したのだろうか。王太子の仕事の一部を隠れて押し付けられているけれど、間違いを犯した心当たりはない。でもきっと半時間は叱責ともいえない罵詈雑言を彼からぶつけられる。怯えと焦りと言い返しても無駄という無力感。


『黙ったまま、やり過ごせるとでも思っているのか!? 裏切り者が』


 裏切り者? なにが、どうして? 

 セシリアは頭や頬にぶつかり散らばった書類へ目を落とす。それは教会の記録だった。


『我が婚約者は覚えていたのだよ。同じ教区で、たまたま祝福の儀式の日が同じだった貴様のことを』

『ベアトリス様がなにを……これは……?』


 散らばった書類は二種類あるようだ。どちらも同じ、セシリアの名と日付、司祭の名書かれているが、何故か魔力の数値だけが違う。


『測定値一四四……?』

『こちらは測定値四八とある。教会記録を改竄するとは神をも恐れぬ所業だな……侯爵に突きつけたら白状した。王家から預かった古代遺物を魔力過多で生まれた娘に使ったと。貴様も知っていたのだろう?』

『嘘ですっ、そんなっ……知りませんっ!』


 自分の声が耳の奥に響いて、頭の奥がぐらぐらする。

 再び目の前が真っ暗になる。

 いや……見たくない、と夢の中ではなく、ベッドの中でセシリアは目を閉じたまま首を振って、横に臥せてシーツを握る。暗闇の中でオスカーの怒鳴り声が追いかけてくる。


『まだしらばっくれるのか!? 貴様のせいで父上や私はっ……それ以前によくこれまでクリストファーの婚約者面をしてこられたものだっ! あいつの魔力過多を知りながらっ!』


 やめて……違う、違うのっ。


『兄弟の情などないが、奴が苦しむ様なら見ている。王族と思えぬ扱いを受け誇りを奪われ……それが貴様のせいだったとは……はっ、まさしく王家を食い物にする悪女だな! 貴様は何故ここにいる!』


 オスカーの怒号の背後でざあざあと音がしている。雨音と風の音。徐々に強まり、やがてセシリアを責め立てる声は打ち消される。

 不意にしんっと静まり返った闇の中で、彼女の名をぽつりと低く呟く声が聞こえた。


『……セシリア・ヴァスト』


 威圧的な声よりも、セシリアを凍り付かせる抑揚のない冷淡な声。

 暗闇の中で、ぎらりと剣の刃が冷たい光が浮かび、無感情な氷色の眼差しに射抜かれる。

 いやぁぁぁっ――!

 叫びながらセシリアは起き上がった。はねのけた寝具の縁を握ったまま、はあはあと荒い呼吸を繰り返し、込み上げてきた吐き気にうっと口元を覆う。

 小さくノックの音がして「セシリア様」と入ってきたマリーが、慌てて駆け寄りセシリアを落ち着かせるように背中を撫でた。


「大丈夫ですか……お水を」


 サイドテーブルの水差しからコップに移した水を受け取って飲んで、セシリアは少しばかり落ち着く。

 その間もずっと、マリーはセシリアの背や肩をさすってくれていた。


「こんなに冷や汗をかいて……また怖い夢ですか?」


 夢ではない、前々世の記憶の断片だ。けれど今世においては夢としか言えないから、セシリアは黙ってうなずく。ひどく生々しく、恐怖の感覚だけを残してセシリアの心身を苛む夢。

 最近、見ることはかなり少なくなっていたはずなのに。


「お湯をご用意しましょうか?」

「いい……」

「でしたらお着替えだけでも。今日は夜会の日なのに……もう一眠りして、お支度まではゆっくり過ごしましょう」

「……うん」


 マリーが持ってきてくれた着替えに腕を通しながら、大丈夫大丈夫と心の中でセシリアは唱える。

 今世は前々世とはまったく別ルートを歩んでいる。

 古代遺物の不正使用の件も、フランシス王に自ら告白して王家の呪いを解呪したことで償い、清算済だ。

 冷静に考えればオスカーの怒りには、彼の父フランシス王や彼が玉座についた時に呪いに蝕まれる恐怖もあったに違いない。王家を苛む呪いは無効化したのだから彼等は後の子孫も含めて安全だ。


(クリストファー様とは婚約どころか、一度挨拶しただけ……ほとんど見知らぬ他人同然だもの)


 だから夢に見たことが、今世で繰り返されることはない。大丈夫。

 いま王家や魔術との関わりを引き受けているのは、セシリア・リドルという架空の人物でセシリア・ヴァストではない。


(いざとなれば、セシリア・リドルを消してしまえばいい。処分する対象さえいれば王家だって体面を保てる……あとは領地に引きこもって暮らして……)


 だけどと、セシリアは胸の内で呟く。

 息をひそめてじっと隠れ住むのが平穏な人生と言えるのだろうか。ふと、魔塔で関わる人々やいまのクリストファーの顔を思い浮かべながら、そんなことを考える。


「……大丈夫。ありがとう、マリー」


 ほうっ、と息を吐いてセシリアは再びベッドに横になった。そのまま朝までうとうとして、マリーの言葉通り日中はゆっくり過ごし、昼下がりから夕方にかけて夜会の支度をした。


「セシリア〜! ああああっ我が妹ながら、神々しいのに愛らしいってどういうことだい!? 完璧じゃないかっ!!」

「アーサー様っっ! せっかく綺麗にしたのを台無しにするおつもりですかっ!」


 支度を終えた頃を見計い、セシリアを迎えに部屋にやってきた兄のアーサーが両腕を広げ、彼女を抱き締めようと近づいたのを阻むようにマリーが止める。

 賑やかな二人に重くるしかったセシリアの気分が少し軽くなった。薄く苦笑いしながら、セシリアは姿見に映った自分の姿を確認し、これならセシリア・リドルの姿を見たことがある人がいても大丈夫かなとひとりごちる。

 鏡に映っているのは、亜麻色のフードを被った普段の地味な姿とはほど遠い、高位貴族令嬢の姿だ。


(小説冒頭三行で処刑される、名無しの悪役令嬢だけど……主人公クリストファーの婚約者だけにセシリアは美少女ではあるよね……こうして綺麗に装うと自分じゃないみたい)


 淡い藤色のドレスは、繊細なレースを襟口や袖口、裾にふんだんに重ね、小さな真珠が縁に縫い留められ静かな輝きを放っている。

 両サイドで編み込みんで下ろした腰まで伸びた黒髪も、ドレスに合わせて小さな真珠を連ねる銀細工の留め具の髪飾りで飾られ、たしかに少女らしい可愛らしさにどこか大人びた品の良さがある。


(自分で言うのもだけど……)


 明け方に見た夢のせいで顔色が優れないのは、マリーがお化粧で上手く誤魔化してくれた。


「お姿に合わせて、変態ぶりは自重ください。アーサー様!」

「いつもながら辛辣だねえ、君は。でもその言葉はエスコート役として及第点をもらえたかな?」


 鏡の中でくすりと濃い紫の瞳を細めたアーサーを振り返り、セシリアはしばしぼんやりと見惚れた。

 家で見る兄の姿は、大抵室内着のざっくりした格好で、外出着も飾り気のないものが多い。だがセシリアをエスコートするために、夜会用の衣装に身を包んだアーサーの姿は、侯爵家次期当主に相応しいものだった。

 顎先で切り揃えた、セシリアと同じ黒髪を軽く後ろに撫で付けるように整え、深い青紫に銀糸の刺繍を施した白襟の上着に、紺色の片マントを羽織っている。

 家族の贔屓目(ひいきめ)を抜いても、知的な優雅さがあり魅力的だ。


「どうしたんだい、セシリア?」

「……お兄様って、素敵だったのですね」

「セシリアあああ〜!!」

「アーサー様っ、お触り厳禁ですっ! お嬢様も、学園にいらした頃からアーサー様は正装すれば一見はったりはきく姿ですが、喋ると台無しないつもの変人です。騙されてはいけません」

「ひどいなぁ。学園の先輩で次期当主の私をなんだと思ってるの。だけどまあ、はったりはきくとお墨付きももらえたことだし、行こうかセシリア」

 

 アーサーから白手袋をはめた手をエスコートに差し出され、少しばかり面映さを感じながらセシリアは目の細かなレースの手袋の手を乗せて、はいと小さく答えた。



 ******



「ええ、そうなの。こんなに愛らしいお嬢さんなのに、お茶会ではさすが“学究のヴァスト”の一員と感心する博識ぶりでしたのよ。同席の令嬢達も楽しい時間を過ごして……ねっ、ヴァスト侯爵令嬢」


 どうしてこんなことになっているのだろう。

 王城の大広間のシャンデリアが輝く下、華やかな姿で親しげにセシリアをほめる王太子の婚約者ベアトリス・ラッセル公爵令嬢を目の前に、セシリアは目眩を起こしそうになっていた。


「きょ、恐縮です……」

「あの時のお友達の白リスは? 今日はお留守番かしら?」


 もちろんだ。夜会の場、それもいまとなっては魔塔に登録もされているリトラを連れてくるわけがない。

 こくこくと勢いよく首を縦に振りたい気分で、セシリアは「はい」と微笑んだ。

 いまは侯爵令嬢の振る舞いを忘れてはいけない。日頃、セシリア・リドルとして儀礼をあまり意識せずに過ごしているだけに気が抜けない。


(前々世では、わたしを嫌って目も合わせなかった人のはずなのに……ベアトリス様が優しい)


 近い将来の王太子妃のお茶会にリスを連れてくるなんて、どう考えても失礼で変な令嬢だとセシリアは思うが、何故かベアトリスは少しばかり残念そうな表情をしている。これはなにか試されているのだろうか。


「まあ、ベアトリスお姉様ったら。そんな楽しそうなお茶会、わたくしもお仲間に入れてほしいですわ」

「あらアメリアはだめよ。王女殿下がいては皆さん緊張してしまうもの」

「ベアトリスの言う通り、交流どころではなくなってしまうな」

「お兄様まで!」


(どうして……ベアトリス様だけじゃなく、王太子殿下や王女殿下まで)


 王家主催ということは、当然、王族も参加する。

 王太子オスカーとのファーストダンスを終えたベアトリスに呼ばれて、兄アーサーと一緒に婚姻も近いお祝いと挨拶をしたはずが、いつの間にかセシリアの側からアーサーはいなくなり王族に囲まれている。


(お、お兄様はどこに……)


 セシリアが会場を軽く見回せば、アーサーならあそこだとオスカーに言葉をかけられた。少しばかりびくっと肩を揺らしてセシリアがオスカーを見上げれば、彼はセシリアをまじまじと見つめてくる。

 マリーから、学園在学中は彼が生徒会長で、兄のアーサーが副会長を務めていたと聞いてはいるが、前々世でそんな話あったかなと思う。そもそも、アーサー自体がかつてのセシリア・ヴァストの記憶にはほとんど出てこない。


「一緒にいるのはエルダー卿だな。研究馬鹿同士少々話が長くなりそうだ」


 だとすれば、助けは望めそうにない。

 おそらく挨拶して、セシリアがベアトリスに話しかけられている間に声をかけられたのだろう。

 兄より年配の人で研究者同士なら、きっとすぐには戻ってこないとセシリアは絶望する。


「セシリア嬢は十五歳だったな。デビュー前にベアトリスの口添えで、突然招かれさぞ困惑しただろう?」

「まあ、ヴァスト家のご令嬢はわたくしの一つ年下ですのね」


 オスカーとアメリアから話しかけられて、やはり試されているのだろうかとセシリアは警戒する。

 前々世で、セシリアを敵視していた二人。

 けれど、その表情はにこやかにセシリアを受け入れているように見える。


(そうか、考えてみれば……二人からすれば初対面のデビュー前のただの侯爵令嬢だものね)


 前々世では、貴族が第一王子派閥と第二王子派閥に割れて泥沼の後継者争いになっていたけれど、今世では派閥の争い自体が起きていない。クリストファーが子供の頃から魔術にしか興味がないと公言していたためだ。

 とはいえ、なにがどう処刑に結びつくかわからないから、不興を買わないに越したことはない。


「その……お引き立ていただき心強いです。王太子殿下やアメリア王女殿下ともお会いできて光栄です」

 

 きりきりする胃に力を込めて、セシリアは静かに答えた。

 淡々と愛想の欠片もない口調になってしまったけれど、この緊張で微笑みながら和やかに話すなんて、とても無理だから許して欲しいと思いながら。

 

「ふむ……驚くような能力資質を持ち、(おご)ることなく、聡明で芯が強く、愛らしく可憐で楽しい、か」

「ベアトリスお姉様はさすがですね」


 ははは、うふふと笑い合う王族兄妹に、一体なにとセシリアがぽかんとしていたら、すっと影が差し身に馴染んだ気配を感じた。

 ただそこにいるだけで圧倒される、その威圧感。


「楽しそうだな」


(こ、こここ国王陛下までがどうしてえええっ!!)


 重々しい声と威厳に満ちた姿は紛れもなく、吹き抜けのバルコニーに設けられた席から、何故か降りてきたフランシス王だった。

 気のせいではなく会場中の視線をセシリアは感じる。それはそうだ。大広間の一角に国王、王太子とその婚約者、王女といった、王家の人々が集まってセシリアを囲んでいるのだから。

 しかし周囲を気にするよりも、貴族令嬢として王に敬意を示す方が先である。

 セシリアはドレスのスカートを手にすっと誰の目にも淑女として完璧な礼をした。専属侍女で作法の教師も兼ねるマリーの日頃の指導が実を結んだ瞬間だった。


「久しいな、ヴァストの娘よ」

「父上はセシリア嬢と面識が?」

「二年ほど前に父親と共にな。こうして見ると、成長したものだ」


 オスカーの疑問の声に、しみじみと懐かしむような口調でフランシス王が答える。

 面識もなにも、一昨日、定期報告で顔を合わせたばかりだ。<深園の解錠師>セシリア・リドルとしてだけれど。


(た、たしかに、『深園の書』解錠時はセシリア・ヴァストでしたけど……)


 どうやらフランシス王は、王家でただ一人、彼女の正体を知る人物として、セシリアをからかい楽しんでいるらしい。父親と同世代の、国王で上司でもある人が意地悪すぎる。

 どう反応したらいいものか、セシリアは途方に暮れる。

 アーサーが側にいたら、きっと侯爵家の令息としてそつのない対応をしてくれただろう。魔塔の見学ツアーに参加して、クリストファーと偶然遭遇した時のように。

 だがいまは少し離れた場所にいて、王族相手に割って入ることもできない。

 今世の王家の人々が、前々世とは違うとセシリアも頭ではわかっている。実際に彼等はセシリアに対して親切で、好意的だ。まだ若い侯爵令嬢だからと優しく接してくれている。


(だけど、この人達がわたしを虐めたこともたしかにあった。出会い方と状況が違うだけで、こんなに変わってしまうものなの?)


 夢のせいで緊張となにかを間違えれば一気に変わってしまいそうな気がして怖い。

 そういえば前々世でも、一人で孤立無援で夜会の場にいたなとセシリアは思い出した。

 

(そう、一人で。来ないと諦めながら婚約者の彼を待っていた。記憶で見た、前々世の王城でのセシリアは孤独で諦めた様子ばかりで……)


 王家の人々を前に黙り込んだままでいたセシリアは、急に会場で人々がどよめいたのにはっと我に返る。

 どれぐらいぼんやりと黙ったままでいたのだろうと焦ったが、オスカーもアメリアもセシリアとはまったく違う方向へと目を向けていた。

 ベアトリスも大広間の入口へと目を向けてにっこりと微笑んでいる。


(誰か来たのかな? 随分遅れてだけど)


「来たか」

「……ええ、来いと言われましたので」


 セシリア越しに声をかけるフランシス王に応じる声につられて、彼女は振り返った。

 きらめく灯りの下で、ふわりとセシリアのドレスの裾と袖に重ねた銀糸を編んだレースが揺れて放つ光よりもずっと美しい。銀色の髪が視界に入ってセシリアは驚きに目を見開く。

 王家を出てからは、必要最小限しか社交の場には現れないとマリーから聞いていたのに。

 魔塔主の白ローブではない。元王子の公爵の姿。白に紫紺の彩りを合わせ、銀の装飾が輝く装いのクリストファーだった。


「セシリア……ヴァスト侯爵令嬢?」

「っ……ロウル公爵閣下……」


 ついクリストファー様と呼びそうになり、セシリアは慌てて深く礼をして誤魔化した。

 公式の場で、元王子の魔塔主のクリストファー・ドゥクス・シルべスタは継承権を自ら放棄し、王家を出て臣に下り領地を与えられて独立したロウル公爵だ。そして、いまのセシリアは彼と会うのは二度目となるヴァスト侯爵令嬢である。

 夜会での再会を驚いたのはセシリアだけではなかったようで、どうして君がと尋ねられる。


「わたくしがお誘いしたの。デビュー前の令嬢は、交流のある夫人の伝手で練習がてら社交の場に参加するものでしょう? 長く領地にいてあまりお知り合いがいないと聞いたものだから」


 ベアトリスの説明に、たしかにお茶会でリトラが飛び出してきた時、少しそんな話をした気がするとセシリアは思い出す。


「……随分と親切ですね」

「とても愛らしい方だもの」


 そこそこ序列の高い侯爵家の令嬢が社交デビューで気まずい思いをしないよう、ついでに政治や社交界から一歩引いた“学究のヴァスト”との接触も見込んでなら、未来の王太子妃に相応しい気配りだ。

 そういえば、前々世で彼女を慕う人は多かったなとセシリアは考える。

 華やかで明るく面倒見もよい人なのだろう。残念ながらセシリアは敵視されていたけれど、直接ベアトリスからなにかされた記憶はない。

 一方、クリストファーはセシリアが夜会にいることに、少しばかり困惑しているように見えた。

 やはり初対面で内気で失礼な令嬢だと思われたに違いない。


「ところで、お二人はお知り合いなのかしら?」

「魔塔に彼女が見学に来ていて、たまたま挨拶をしただけです。令息のアーサー殿も一緒でしたので」


 にこやかに尋ねるベアトリスに、どう答えたものかとセシリアが思案しているうちに、さらりとクリストファーが答える。とりつくしまのない返答にベアトリスがまったくとため息を吐く。


「物言いが理屈ぽいのだから。可哀想に不安そうになっていてよ、クリストファー様」

「そんな、つもりは……」


 バツが悪そうにセシリアを見たクリストファーの眼差しが優しいのに、少しばかりどきりとする。

 彼は警戒心の強い人だからベアトリスの思惑を考えて、セシリアにも気を回してくれたに違いない。


「あの……閣下も、ベアトリス様も、お気遣いくださってうれしいです」

「あら」

「そんなに簡単に気を許してはいけないよ。なにを企んでいるかわからないからね」

「えっ」

「冗談だよ。またお目にかかれてうれしいな。侯爵と来たのかい?」

「いいえ、兄とです」


 これは、普段の満遍なく優しくそつのないクリストファーだと、セシリアは少しばかりほっとする。 

 さっきはなにか居心地が悪かった。

 

「クリス、折角だからアーサーが戻るまでセシリア嬢の相手をしてあげるといい」

「え、あの……王太子殿……!?」

「そうだな。ヴァストの娘を招いておいて、ただ立たせておくのもない。丁度、曲も変わる」


 ダンスの相手をとクリストファーを暗に促したフランシス王に、セシリアは頭の中が真っ白になる。

 クリストファーに正体を悟られるなと命じておきながら、悪ふざけが過ぎる。


「兄上、父上も彼女の意志を……、セシリア嬢」


 反対しかけて、周囲の視線で自分が拒否すればセシリアの立場に響くと思い直したのだろう。

 クリストファーがごく自然な動作でセシリアの目の前に手を差し出した。

 見慣れた白手袋の手。けれど眼差しはセシリア・リドルである時に向けられるものとは、明らかに違う。

 前々世の記憶にもない。そもそも夜会の場で、彼がセシリアに手を差し出すことなどなかった。

 こんなの、悪ふざけが過ぎる。

 セシリア・リドルとして日常的に接しているのに……それなのに、気づけば彼の手の上にそっとセシリアは指先を乗せていた。




ベアトリスによる、『クリストファーの理想の令嬢を見つけたから引き合わせよう作戦』。

アメリアはセシリア・リドルとも会っているためわくわくしています。

3−8でクリストファーが国王陛下に招待状を再度渡されたのはベアトリスの工作。フランシス王は人の悪い愉しみで付き合ってます。(彼からすると生意気なセシリアとクリストファーへの意地悪心もある)

セシリアとクリストファーの二人は、前々世と回帰記憶があるので、結構胃が痛い……。


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