3-2:物理対策は大事なのに
「もう……勘弁してくださいぃぃ……」
ぐるぐると目が回るような気分で、セシリアは座っているソファの背もたれに体ごと斜めにしてすがりついた。
魔力欠乏について、「経験から」と、うっかり口を滑らせたのをクリストファーに追求されている。
「ふうん、興味深いね……なにしろ僕の魔力制御は“とにかく我慢せず出し切る”と師とひたすら魔術戦闘だったから。あ、特殊結界内だから安心して」
「で、ですか……」
魔術師が実践訓練で魔術戦闘を行うのは知っているけれど、なんの安心……だろうか。そんなことを考えながら、「なるほどねえ、微量魔力を精緻に操作する訓練か」とひとりごちているクリストファーを横目に眺める。
(魔塔主じゃなかったら、お父様やお兄様みたいな研究者になっていそう)
セシリアは自分の正体が侯爵令嬢セシリア・ヴァストであることを隠しながら、彼の追求を逃れ誤魔化すという高等話術を強いられ、もう頭がパンクしそうである。
途中、リトラがセシリアの作業用ローブから飛び出し、クリストファーに構ってアピールをする援護に出たものの、彼が「あとでね」とにっこり微笑んで、毛並みを撫で、ルコの実一つで終了。
お昼寝していたのに、いまはテーブルでまた丸まってうとうとしている。なに一つ役に立たなかった。
元王子の魔塔主のリス手懐け術が、すごい。
(うぅ……誰か助けてぇぇ、ネイサンおじさまぁぁ!)
魔術の実践訓練は、ヴァスト家の領地屋敷でやっていたのだ。その時点でもう色々誤魔化さないといけない。
セシリア・リドルがリドル家に引き取られた年齢を、ネイサンがセシリアの先生になった年にしておいたのは幸いだった。
師匠についてヴァスト家の領地屋敷にいても不自然ではない。
セシリア・リドルの設定を作ってくれたのはネイサンだが、本当のことをベースに適度にセシリア・リドルの虚構が混ぜてあり、セシリアが動揺しても一通り無難に話せるように練られているのがさすがである。
「侯爵家は君によくしてくれるけれど、本邸と関わりないとか。領地屋敷にまで出入りしているのに、いまひとつ君がリドル家の養女として存在感が薄いとか。疑問は残るけれど……魔力制御の訓練はやり過ぎてはいけないよ」
きらきらとした微笑みで、両膝に立てた腕の先、組み合わせた両手に顔を乗せたクリストファーに、「はぃ……」と答えて、ほうぅぅと息を吐く。
クリストファーに挨拶だけのはずが、仕事する前から疲れた。
(王族の尋問怖い……にこにこふんふん聞きながらいつの間にか、リドル家に引き取られてから王都に来るまでの設定をほとんど全部喋らされて……どうしてそんなに興味持つの?)
「じ、じ……自分の立場は弁えていますので……」
「その言葉もう八度目だね。侯爵家は友好的なようだからもう少し甘えていいと思うけどな」
利用出来るものは利用すべきだとでも言わんばかりのクリストファーの言葉に、はぁとセシリアは相槌だけ打つ。
「ああ、話し込んでいたらもうお昼近いね。今日は牛の臓物をトマトで煮込んだものだよ。白い蜂の巣みたいな部位でね、煮込みにすると美味しいんだ。蜂の巣つながりで巣蜜にミルクの氷菓を合わせたものも……」
「氷菓?」
「氷系魔術はそれほど得意ではないけれど、まあ魔獣を氷漬けにしたり氷塊で撃ち抜くわけじゃないから、その程度なら不自由しない」
(ああ、ジェフさんのいう「魔力と魔術の無駄遣い」だ……)
人の器の限界値を超える魔力量と、《白焔》の二つ名の由来である高出力な火属性魔術が有名なクリストファーだけれど、彼の魔術の真髄は器用さだとセシリアは思う。
(得意分野の属性があるのが普通だけど、話を聞いていると、火、水、風、土の四大属性ほぼ満遍なく使えそうな雰囲気。というよりお料理に遺憾無く発揮されている……)
調理に火属性魔術を使っているけれど、熱耐性付与した金属板を敷いた台に、固定位置だけ熱くなる魔術回路を付与しているらしい。“前世”の世界にあったIHコンロのようだ。
もちろん火加減は料理の状態に合わせ都度計算しないと成り立たない、魔術のことを理解している人なら本当に震える無駄遣いである。氷菓もそうだ。水も魔術で生成しているようであるし、クリストファーの住居は彼の魔術によってその居住性が維持されているに違いない。
もともと、階と階の間の空間を利用している住居であるし、歴代の魔塔主が住んでいたとも思えない。
(王城の客間を手配できるってことは、自分も居住できるはずなのに。彼は領地持ちの公爵だけど王都に屋敷を所有せずにもいる)
これまで接してきたクリストファーの人となりから考えられることは一つ、警戒してあえて王城にも王都の街中にも居を構えていない。
関係者しか出入りできない、防御結界に守られた魔塔の最上部が最も安全ということなのだろう。
「少し時間は早いけれどいいか。まあ、待っておいで」
そうセシリアに言って、クリストファーは執務机よりも奥の部屋の隅にある床下へと降りていった。
階下の住居へと降りる階段の入口は、一見、寄木の床に見えるよう偽装結界が施されている。彼と彼の許可がないとただの床だ。
昼食の準備にかかるクリストファーの横顔は、どことなく楽しげで、本当は王族に生まれなかったほうが彼は幸せになれるのじゃないかといった考えがふとセシリアの脳裏をよぎる。
彼は元王子というには、手まめで生活力を感じさせるし、社交に長け知略にも優れているからお金を稼ぐことにも困らなさそうである。様々なしがらみがない方が自由に楽しく生きていけそうだ。
(前々世でわたしという婚約者をあてがわれることもなかっただろうし……)
自炊の理由や住居、先ほどセシリアへの助言も彼の人生の暗部を思わせる。今世の彼に触れ、“前々世”や“前世の小説世界”での冷ややかな彼の姿を思い出すと、今世の方が彼の素に近い気がする。
そんなことを考えていたら、執務室のドアが開いてジェフが入ってきた。後ろに深緑色の膝丈のロングジャケットに濃い灰色のスカートのアルバスの制服を着たエヴァを連れている。
「あいつは?」
挨拶も前置きもなく、ジェフに尋ねられてセシリアは「し、下です」と、指で床下を示した。
「す、少し早いですが、お昼だからって……」
「ああ。なら俺も便乗するかな。コレット嬢も食ってくか?」
「え? は? 食うって」
振り返ったジェフの問いに、明らかに戸惑うエヴァの声にそれはそうだとセシリアは胸の内で呟く。
まさか元王子の魔塔主が、執務室階下の住居で自炊しているとは思わない。
「あ、えっと……く、クリストファー様、いつもお昼ご飯を作って用意してくれていて」
「は? まさか自炊ですか!? 王子様が!?」
「あ〜、まあ、そこらで食うより美味いから心配すんな」
そういうことではと困惑しているエヴァの相手を、頬を掻きながらしているジェフの様子をセシリアは眺める。
言葉を濁したということは、ジェフはクリストファーの自炊理由を知っているのだ。
そしてセシリアはそういったこととはまったく別件に、以前からジェフに伝えたくでむずむずしていたことを、伝えようと両手を拳に握った。
「じゃっ……じぇ、ジェフさん!」
「ん、なんだ嬢ちゃん。ていうかさっき噛んだよな」
「す、すみません……」
人の名前を言い間違えるなんて、貴族令嬢失格である。
ずんっ、と落ち込んだセシリアに「いや、別に気にすんな」とジェフが気遣うのに優しいと、彼女の中で彼への好感度が上がる。貴族社会で名前を間違えるなんて、格上の相手だったら不敬罪を訴えられても文句は言えない。
ヴァスト家は幸い上から数えた方がはやい序列の家なので、その手の難癖はつけられにくくはあるけれど。
「で、なんだ?」
「ああの、前からちょっと気になっていたのですけど……」
「ん?」
あの入口と、セシリアは執務室のドアを指した。
「扉の鍵って、たぶんジェフさんの魔道具ですよね?」
「あー、嬢ちゃんには天井のやつ読まれてるからなあ……また改良とかか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて……すごく精巧で、とてもとても綺麗で強いと思うのですけど……その、防犯なら物理要素も加えた方がと、思いまして……」
執務室の入口の鍵はとても洗練された術式が組み込まれている。
クリストファーのところへ挨拶に出向くたびに、セシリアは鍵を見てはほれぼれしていた。正直それを見るのが楽しみで挨拶を続けられているようなものである。重ねがけされた数々の術式も完璧だ。
「物理……ですか?」
ひょこっとジェフの右側から顔を出したエヴァに、はいとセシリアは頷いた。
「いまの鍵だと扉は守れても、扉部分の枠や周辺の壁は守れません」
クリストファーの警戒を考えても物理対策はやっておいた方がいいと思う。
防犯や盗聴防止といえば空間ごと対策を施す、ネイサンという師を持つセシリアは大真面目な助言だったのだが、なぜか目の前の二人は彼女に微妙な反応を見せた。
「……ええと。<深園の解錠師>様……ここ一応、魔塔なんですが……」
「どんだけ物騒な状況想定してんだ……嬢ちゃんは」
(え、えええ!? どうして……?)
「え、だって……防犯ってことは悪い人の対策ですよね?」
「あーうん、そーか、そうだな……嬢ちゃん、田舎の下町暮らしが長いのだったな……俺もまあ出自が出自なんで言ってることはわかるが、王都自体がそこまで物騒じゃないから心配すんな」
「ですよっ! 私は地方の街出身ですけど! 王都すごく治安いいですから! それにここは中級魔術師以上の方がたくさんいらっしゃいますし!」
なにか二人してひそひそとセシリアには聞きとれない声で話して、気の毒そうな目を向けられている。
どうしてそんなことになるのか、理解できない。
王都の治安はたしかにいいけれど、治安は問題じゃない。
(だって……防犯なのに……)
「で、でも……」
「おや、騒がしいと思ったら、お客さんが増えている」
二人の反応への戸惑いと遠慮で、蚊が鳴くような小声になったセシリアの言葉を、階下から執務室に戻ってきたクリストファーが遮って、話は中断となってしまった。
それにしても、現れた彼を見て、セシリアはあらためてすごい光景だと思う。
高貴さの塊みたいな、金銀の刺繍きらめく白ローブ姿の銀髪氷目の美貌の青年が赤い鋳物の深鍋を両手に持ち、右腕にはパン籠をぶら下げ、重厚な趣きの魔塔主の執務室にいる姿に。
そう思ったのはセシリアだけではなかった。
「ま、魔塔主様!? 一体なにされてるんですかあぁぁっ!」
「キュ?」
目を覚ましたリトラが、ローテーブルからセシリアの膝の上に飛び移ってくる。
その背中を撫でながら、エヴァの叫びはごもっともだと、セシリアも思う。
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